[ DIGIDAY+ 限定記事 ]米・テック業界が中国に目を向けるようになって久しい。同市場の規模の大きさとイノベーションは魅力的だ。FacebookはWeChat(微信)のプライバシー方針を模倣するようになり、Googleは中国に参入しようとしたが締め出されている。同時に、各プラットフォームは中国市場に注目して学ぼうとしている。
[ DIGIDAY+ 限定記事 ]バート・ベイカー氏は、何としてもYouTubeをやめたいようだ。同氏は2009年から定期的に投稿しているパロディ音楽動画で有名で、代表作にジェイソン・デルーロの「Wiggle」(6200万再生)、テイラー・スウィフトの「Blank Space」(6800万再生)、ニッキー・ミナージュの「Anaconda」(1億800万再生)などがある。ユーチューバーとして生きていこうと決意してシカゴからロサンゼルスに移り住んだ同氏だが、2018年頃にはYouTubeに嫌気が差すようになったという。
「ブランドは以前のように注目してくれなくなった。いまや誰もがインフルエンサーだ。みんながインスタグラム(Instagram)をやっているいま、どうすればインスタグラムで生計を立てられるかを考えてきた」と、ベイカー氏は語る。
昨年10月になって、そんな同氏の前に新たな道がひらけた。中国のタレントエージェンシーから、中国で伸びているソーシャルアプリと契約しないかというメールが届いたのだ。その頃もはや失うものはないと考えていたベイカー氏は、その話にとびついた。今年8月の時点で、同氏はTwitterのプロフィールに「ソーシャルメディアなんかどうでもいい。中国ではジャスティン・ビーバーより俺のほうが有名だし」と書いている。もちろん同氏は本当にソーシャルメディアに見切りをつけたわけではない。ただ米国にとどまらないスケールで考えているだけだ。ベイカー氏はいまや中国の人気アプリDouyin(抖音:中国版のTiktok[ティックトック])で1200万人、Kuaishou(快手:中国で一番人気の短尺動画アプリ)で600万人、Weibo(微博)で200万人のフォロワーを誇る。さらに同氏は上海に移り住んだ。
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中国のソーシャル事情
中国のソーシャルメディアアプリはいずれも米国のアプリとリンクできるようになっているが、それぞれのエコシステムはまったく異なっている。中国のメディア会社バイトダンス(字節跳動)提供のDouyin、テンセント(腾讯)提供のKuaishouはいずれもインスタグラムやSnapchat(スナップチャット)のような短尺動画をサポートしているのに対し、シナ(Sina)提供のWeiboはTwitterに近い。またテンセント提供のWeChat(微信)はそれまでのサービスに加えて2018年からエンターテイメントコンテンツも提供するようになり、月間アクティブユーザー数が10億人を突破した。
米国のテック業界が中国に目を向けるようになって久しい。同市場の規模の大きさとイノベーションは魅力的だ。FacebookはWeChatのプライバシー方針を模倣するようになり、中国企業が保有するTikTokは米国のFacebookで人気だ。Googleは中国に参入しようとしたが、どのプラットフォームも同市場で禁止され締め出されている。同時に、各プラットフォームは中国市場に注目して学ぼうとしている。
テック系大手のアリババ(阿里巴巴)、テンセント、バイドゥ(百度)はアプリ提供で一度は中国市場を独占していた。だが、2012年にバイトダンスを立ち上げたチャン・イミン氏が、まだ開拓されていない市場を見出し、この状況を打開している。「バイトダンスがここまで急激に伸びたのは、発展途上の農村地帯でエンタメコンテンツの需要が大きいことを見抜いたからだ。アリババはソーシャルネットワークで苦戦している。バイトダンスはこの空白地帯で大きく伸びたのだ」と指摘するのが、サンフランシスコを拠点とするマインドヒーロー(MindHero)の共同創設者であり、中国のベンチャーキャピタルで働いた経験もあるルイ・マー氏だ。現在同氏は中国のテックニュース分野のポッドキャスト番組を配信している。
中国のテック系企業の失敗の隙をついてバイトダンスが台頭したとする向きもあるが、バイドゥのシニアプロダクトマネージャーのナタリア・リン氏は、同社はそもそもそういった競争をするつもりはなかったはずだと指摘する。バイドゥの人気キーボードアプリ「Facemoji Emoji Keyboard」にも関わっているリン氏は、バイトダンスのTikTokとFacemojiもまた、GoogleのYouTubeやGboard(Googleのキーボードアプリ)と大きく異なることが強みとなっていると指摘する。
「バイトダンスは短尺動画で、バーティカルな強みがある。オフィスへの通勤時には短尺動画が暇つぶしに最適だ。Facemojiもバーティカルに、絵文字とDIYが好きな層を狙っている」と、リン氏は語る。
中国でスマホをよく見る層
米国の消費者もまたスマホが大好きだ。だがソーシャルアプリの利用者層は中国と米国で大きく異なる。中国で生まれ育ったマー氏によれば、米国と異なり中国でソーシャルメディアに入り浸るようなアーリーアダプターはZ世代の若者ではないという。中国の学生は忙しいため、むしろ郊外に住むより年配の労働者に人気なのだ。
北京に本社を置く教育関連企業のサンライズ・インターナショナル(Sunrise Internationa)の共同創設者、デイビッド・ウィーク氏によれば、中国でスマホをよく見る層にはいくつかの共通点があるという。「平均的な都市部の住人は、米国と比べてはるかに通勤時間が長い。とりわけ発展している都市部で顕著だ。中国の新入社員は、やることがなかったり退屈な仕事を押し付けられたりすることが多い。従来のメディアは検閲が厳しく、当たり障りのないことしか書かない」と、ウィーク氏は語る。
また、DouyinやKuaishouのような魅力的なコンテンツを提供するサービスであっても検閲は受けているという。ベイカー氏はこれまでYouTubeで培ってきたパロディ音楽動画のノウハウを活かして、英語で中国の歌を歌っているほか、卵を食べるなどの食事動画も上げている。ベイカー氏は検閲についてすぐに実感できたという。
「Douyinではコンテンツが大量にブロックされる。ショッピングモールに行った動画で、後ろに水着の人が映ったというだけで動画がブロックされたことがある。スケートボードもダメだし、タトゥーもアウトだ」と、ベイカー氏。
ソーシャルコマースと金盾
同氏は米国のマーケターと同じく中国のソーシャルコマースに驚かされたという。Kuaishouのイベントに参加したベイカー氏は、インフルエンサーのライブ配信では「5分間で商品が何千個も売れる」と明かす。インフルエンサーへの支払いは歩合制だ。TikTokは米国でソーシャルコマースを展開しているが、中国の規模とは比べものにならない。
フォレスター・リサーチ(Forrester Research)のシニアアナリスト、シャオフェン・ワン氏は「中国ではソーシャルとコマースは強く結びついている。Weibo、WeChat、TikTokなど、人気のソーシャルアプリはすべてソーシャルコマースを展開している」と指摘する。
バイトダンスがMusical.ly(ミュージカリー)を買収してTikTokと統合したとき、クリエイターはこれが米中の架け橋になることを期待した。だが実際のところ、両アプリは法規制で統合されていないのが現実だ。「同じように見えるが実際は別のアプリだ。デザインや見た目は確かに同じだが、検閲が違うし、ユーザーベースも異なる。すべての原因は金盾(中国のグレートファイアウォール)にある」と語るのがワッツオンWeibo(What’s On Weibo)の編集長、マニャ・コエッツェ氏だ。
ミーム文化が架け橋に
だが、流行は金盾で押し止めることはできない。一例がペッパ(Peppa)だ。昨年7月と8月にかけて、このアニメのブタはTikTokのフィードを席巻した。米国のティーンエージャーはペッパを至るところ、ときにはセクシャルな場面でも使用した。昨年夏にペッパはDouyinでも人気を博したが、こちらでも不適切な使用が見られた。
マー氏は次のように語る。「Z世代は太平洋をへだてた両国で結びついている。ミーム文化は中国でも盛んだ。ペッパは中国で非常に高い人気を誇る。あまりにも人気が高く、共産主義的価値観にそぐわないという理由で政府から検閲されたこともあるほどだ」。
Kerry Flynn(原文 / 訳:SI Japan)