テレビ・映画に進出する、ニューヨーク・タイムズの狙い:すべてはサブスクライバー獲得のため

ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)が映画に進出する。同社は2020年の前半に少なくとも2本の長編ドキュメンタリー作品の公開を計画。うち1本はタイムズ社のテレビチームによる初の長編ドキュメンタリー作品で、同紙の記者が監督し、同紙のジャーナリズムを体現するものになると、広報は語る。同社は2019年、タイムズ紙のさらなる認知度向上を図り、3つのテレビシリーズを開始した。また、すでにポッドキャストもはじめている。これらすべての狙いは、オーディエンスとリスナーの読者化およびサブスクライバー化にある。

「我々がテレビに関心を寄せる理由は、アメリカ人が数十年にわたり、日々の少なくない時間を過ごしてきた場であるリビングルームに入り込みたいからに尽きる。我々のビジネスはサブスクリプションビジネスだが、人々の運転時間の過ごし方にも大いに関心がある。ニューヨーク・タイムズが奪える時間はほかにないか? 常にそれを考えている」と、同社のTV&オーディオ部門エグゼクティブディレクター、ステファニー・プライス氏は語る。

こうした番組はすでにタイムズ社のビジネスを後押ししている。第3四半期には4800万ドル(約52億円)を「その他」の収益で生み、前年比26%増を記録しているが、これは主に6月にFXとHulu(フールー)で配信したドキュメンタリーシリーズ「ウィークリー(The Weekly)」の力による。広報担当によれば、18エピソードを通じ、リニア(従来型)TV、オンデマンド、ストリーミングの合計で1話平均120万人の視聴者を獲得した。

オーディエンス拡大の機会

ただし、こうした番組が同社のビジネス全体に貢献しているかとなると、話は別だ。番組の視聴者増がサブスクリプションビジネスに与える直接的影響は定かでない。テレビCMの放送と商品購入との直接的関連性が広告主に見えにくいのと同じだ。ただそれでも、これらの番組がタイムズ紙の関連記事やポッドキャストへの関心を高めているのは確かなようだ。同紙コラムのテレビ版『モダン・ラブ(Modern Love)』のAmazon配信は、同社ポッドキャストのダウンロード数とコラムの読者数の急増に繋がったと、プライス氏は語る。

また、Amazonプライムビデオ(Prime Video)、Hulu、Netflix(ネットフリックス)でストリーミングされる同社のテレビ番組は、既存のオーディエンスにタイムズ紙の存在を再確認させるだけでなく、オーディエンス拡大の機会にもなる。

「タイムズ紙が提供するものに長年親しんでいる世代よりも、若年層はストリーミングサービスとソーシャルメディアを頻繁に利用していることが、我々のリサーチ結果が示している」と、リサーチ企業カンター(Kantar)のストラテジー&グロース部門EVPアン・ハンター氏は語る。

「まったく別次元のもの」

テレビを使って人々のリビングルームにおける存在感を確立する戦略は、ポッドキャストを活用して通勤中の人々の車内に入り込んだ手法と同じものだと、オーディエンスデベロプメント・エージェンシー、トウェンティ・ファースト・デジタル(Twenty-First Digital)の創設者でCEOのメリッサ・チョーニング氏は指摘する。ヴォックス・メディア(Vox Media)アクシオス(Axios)といったほかのメディア企業も同じく、家庭における最大のスクリーン上に自社ブランドを確立するべく、テレビネットワークおよびストリーミングサービス用の番組制作に乗りだしている。

一方、タイムズ紙が制作するドキュメンタリー映画の劇場公開については、いまだ不明だ。同紙幹部は具体的な公開方法など、計画の詳細を明かさなかった。ただし、タイムズ社が映画への進出をテレビへの進出と切り離して考えていないのは間違いない。実際、同社の動画部門が制作し、自社サイトやYouTubeといったプラットフォームで配信中のデジタルビデオとは別物になると、アシスタントマネージングエディター、サム・ドルニック氏は断言している。「私とステファニーが現在構築しているのは、はっきり言うと、ストリーミングプラットフォームにフォーカスする作品を制作する新ユニットだ。テレビと映画を分けては考えていない」。

ただし、テレビがほかのメディアと明確に異なる点は、ドルニック氏も認めている。ヴォックス・メディアをはじめとするほかのパブリッシャーと同じく、タイムズ社はテレビをまったく別のビジネスと見なしており、アクシオスなどと同様に、レフト/ライト(Left/Right)といった外部制作会社に頼る一方、社内チームの拡充を図っている。「テレビについては皆が軽く考えていたと思う。しかし、いまは多くの点でまったく別次元のものと感じている」と、ドルニック氏は語る。

各作品における制作体制

「ウィークリー」の制作では、ニュース記事に特化したチームがリードエディター、ジェイソン・ストールマン氏と氏が率いるニュース編集室のメンバーらと協力し、テレビ形態に合う記事の選定にあたる。チームの人員には、タイムズ紙の元コラムニスト、ダン・バリー氏、米非営利報道機関プロバブリカ(ProPublica)のリサーチ部門ディレクターから転身し、HBOの「ラスト・ウィーク・トゥナイト・ウィズ・ジョン・オリバー(Last Week Tonight With John Oliver)」のシニアニュースプロデューサーになった経歴を持つリズ・デイ氏、タイムズ社制作の画期的動画で監督を務め、ピューリッツアー賞候補に挙がったリズ・ベイレン氏などがいる。

一方、ほかの2番組については、制作態勢がまったく異なる――ニューヨークタイムズ・マガジンのコラムに基づくNetflix配信番組「ダイアグノーシス(Diagnosis)」 と タイムズ紙のコラム「スタイル(Styles)」にもとづくAmazon配信番組「モダン・ラブ」だ。「ダイアグノーシス」にはプライスとドルニックの両氏が関わり、「モダン・ラブ」ではドルニック氏が顧問を務めたが、後者のテレビ版には文字版に関わったタイムズ紙の社員がより多く関わっていると、ドルニック氏は語る。

一方、ドキュメンタリー映画の制作陣は、プライス氏とドルニック氏が率いるテレビチーム内に存在する。同社が配信するショートドキュメンタリー動画シリーズ「オプ・ドック(Op-Docs)」でオスカー候補に挙がったキャスリーン・リンゴ氏が専門チームを構築中であり、「ストリーミングチャンネルや劇場のほか、ドキュメンタリーが見られるあらゆる場に向けて、シリーズものや長編映画を制作していく」と、ドルニック氏は語る。

あくまでも戦略的に展開

過去の記事を使用しないリンゴ氏の手法と異なり、同社のテレビチームにはクリエイティブスタジオ、ニューヨークタイムズ・マガジン・ラボ(NYT Magazine Labs)のエディトリアルディレクターを務めるケイトリン・ローパー氏がおり、記事に基づく番組制作に携わる。ローパー氏はプロデューサーやディレクター、脚本家らと打ち合わせをし、彼らが関心を抱く番組の種類を知ったうえで、タイムズのアーカイブのなかからテレビ化できそうなニュース記事を見つけていく。同社はそうした番組をすでに「モダン・ラブ」で配信しており、さらに「多くが制作初期段階にある」とドルニック氏は語る。

ただし、番組数を急速に増やしているようにも見えるが、同社の目標は「テレビ番組や映画を数百本、その他を数十本規模で揃え、多岐にわたる場で公開/配信できる態勢を整えることではない」とプライス氏は語る。「ウィークリー」の場合と同様、同社はあくまでも戦略的にプロジェクトを進めていくという。同シリーズはすでに30エピソードが制作されているが、いずれもタイムズ紙が2019年に取り組む「もっとも強力なジャーナリスティックなプロジェクトのひとつ」になるという。

Tim Peterson(原文 / 訳:SI Japan)