ニューヨーク・マガジン(New York Magazine)は自社のバーティカルメディアそれぞれに、独立したアイデンティティを構築することに成功した。この新しいサブスクリプションプロダクト、そしてそれを囲うダイナミックペイウォールは、それぞれが大きなパブリッシャーブランドの一部であることを読者に知らしめている。
ニューヨーク・マガジン(New York Magazine)は自社が有するバーティカルメディアそれぞれに、独立したデジタル上のアイデンティティを構築することに成功した、最初のパブリッシャーのひとつだ。彼らのバーティカルには、ヴァルチャー(Vulture)やカット(The Cut)などが含まれる。ニューヨーク・マガジンによる新しいサブスクリプションプロダクト、そしてそれを囲うダイナミックペイウォールは、これらの独立しているように見えるデジタルバーティカルが大きなパブリッシャーブランドの一部であるということを読者に知らしめるデザインとなっている。
先日発表された、デジタルサブスクリプションの利用料は、月額で5ドル(約565円)となっている。しかし、70ドル(約7900円)の年間利用料を払って登録した読者は、雑誌版のニューヨーク・マガジンも購読できる。さらに、ニューヨーク・メディア(New York Media)が所有するサイト、すべてのコンテンツにすべて無制限にアクセスできるという。どのサイト経由でサービスに登録したかは関係ない。プロダクトは今後、特典を追加することが予想されている。それにはプライベートなSlack(スラック)チャンネルへの招待から、メンバー限定のイベント参加なども含まれるかもしれない。
ブランドとしてのニューヨークに強い親近感を持つ行動を見せているオーディエンスにリーチすることが、今回のダイナミックペイウォールのデザイン目標となっている。ニューヨーク・メディアの複数のサイトにおけるコンテンツで時間を長く消費している読者に対しては、ペイウォールがすぐに現れるようになっている。逆に、同社のバーティカルのひとつインテリジェンサー(Intelligencer)の政治コンテンツのみを読むようなユーザーは、インテリジェンサーに加えてグラブストリート(Grub Street)やヴァルチャーを読むようなユーザーに比べて、ペイウォールなしにより多くのコンテンツを読むことができるだろうと、オーディエンス開発・消費者収益部門ゼネラルマネージャーであるジェイソン・シルバ氏は語った。同様に、1カ月のあいだに複数の雑誌の巻頭特集を読むユーザーも、そうでないユーザーに比べると、早くにペイウォールにぶつかることになる。
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こういったダイナミック・ペイウォールは、ハースト・ニュースペーパー(Hearst Newspapers)からニューヨーク・タイムズ(The New York Times)に至るまで、多くのパブリッシャーが採用している。これは「ハードペイウォール」と呼ばれる、すべてのユーザーがどのようなコンテンツに対しても料金を払わないといけないペイウォールや、一定期間に読める記事の数が決められている「メーター制ペイウォール」とは対照的だ。
ダイナミックの利点
データにフォーカスを当てたこのような戦略を取ることで、有料登録をする可能性が高いオーディエンスを見つけやすくなるだろう。そして同時に広告キャンペーンの取引に応じて、ペイウォールのレベルを上下させることができるようになる。しかし、コンテンツが抱える価値を曖昧にしてしまうのも事実だ。ユーザーによって異なるタイミングでペイウォールを提示されるためである。
FTIコンサルティング(FTI Consulting)のテレコム・メディア・テクノロジー部門マネージング・ディレクターであるピート・ドゥーセット氏は、「ダイナミックペイウォールによって不透明さが若干増す。しかし、オーディエンスとトラフィックを最適化し、収益のポテンシャルを最大化するというのがダイナミックペイウォールの目指すところだ」という。
ペイウォールが現時点でどのようなルールや記事数制限に基づいているか、詳細についてはシルバ氏は語らなかった。時期に応じて変化するトピックに対する興味や特定のイベントに対する記事に対応して、常に彼のチームが設定を調整しているから、とのことだ。数カ月現状のペイウォールを試すことで、チームが当初に設定していた仮説の正しさを評価するのに十分なデータが入手でき、その後に設定が調整されるようになる。
「これは大きな収益源となると自信を持っている。登録者が退会しないよう、価値のあるコンテンツを常に届けることが真の挑戦となる」と、彼は語った。
サービス開発の裏側
オーディエンスが興味を示しているトピックを中心に独立した消費者プロダクトを作ったパブリッシャーたちとは違い、ニューヨーク・メディアのバーティカルはどこも、具体的な登録者数ゴールを持っていない。サブスクリプションはあくまでも、一つひとつのバーティカルの目標ではなく、ニューヨーク・メディア全体を支えるためのプロジェクト投資となっている。
ニューヨーク・メディアはすでにカスタムメイドのCMSであるクレイ(Clay)を持っていたが、今回のペイウォールも既存のものを購入せずにカスタムメイドで構築され、クレイに追加した形だ。「ペイウォールプロダクトは真にカスタムメイドのプロダクトだ。特定のユーザーに対してはxを行え、といった判断はプロダクト内で処理して欲しい。そこに投資することは理に適っている」と、シルバ氏は言う。
その結果、大きな額の開発費がかかったようだ。シルバ氏がニューヨーク・メディアに参加した6月から数日後には開発チームが新しいペイウォールに取り掛かりはじめたとのこと。そしてその後、5カ月ほどは毎日5人から10人のスタッフが開発に関わったという。
社内から複数の関係チームたちがペイウォールの動向をモニタリングしている。ニューヨーク・メディアの最高プロダクト責任者の下に位置するプロダクト・データ部門のチームは、彼らが構築したオーディエンス部門がどのような行動を見せているかをモニタリングする。またサブスクリプションの目標に向けてどれほどの成果を見せているかもモニタリングする。シルバ氏がニューヨーク・タイムズから抜擢したデジタル・リテンション専門家は、プロダクトを通じた十分なコンテンツの確保にフォーカスするという。
広告とのバランス
シルバ氏が参加したときにはすでに、新しいペイウォール開発に向けての組織的なサポート体制が出来上がっていた。しかし、彼のチームはさらに、営業部門スタッフからのサポートも得られるよう取り組んだ。営業部門はニューヨーク・メディアが抱える、もっともエンゲージメントが高いオーディエンスをペイウォールが奪い取っていくことで、一番損をする部門だったからだ。コムスコアの数字では、9月の段階でユニークユーザー数を2900万人抱えている。
広告チームが持つべき予測を管理するためにも、シルバ氏のチームはペイウォールがサイトの広告在庫レベルをどう影響を与えるか、複数のモデルを準備したという。ペイウォールにぶつかった後のリーダーによって、短期的にはトラフィック減少が生まれるかもしれない。けれども、サブスクライバーのコンテンツ消費量は、登録後増える傾向にあるため、大きな視点では、サブスクライバーがより価値を生み出してくれるとのことだ。「プロダクトに対する興味にすでに投資している場合、そこでの消費はさらに増える」という。
さらに、深い興味を持ってサブスクリプションに参加している読者たちがいることで、ブランド力を証明する助けにもなるというのが、シルバ氏が述べるもうひとつのセールスポイントだ。「アクセスに対してお金を払っているエンゲージメントの高いオーディエンスを購入している」と、広告主を説得するのは簡単ということだ。「説得力をましてくれる」と、シルバ氏は言う。
今後狙っていること
彼らが抱えるサブスクリプション登録者たちがどのようなオーディエンスなのか、それが理解できしだい、シルバ氏のチームはどのようなプロダクトやサービスを追加していくかを検討開始するという。ニューヨーク・バイ・ニューヨーク(New York by New York)によって集められたデータも部分的にサポートに使われる。
そして何より、ダイナミックペイウォールによって、ニューヨーク・メディアは継続して収益源を伸ばし続けることができるだろう。
「お互いに競合してしまう可能性があるビジネスモデルを複数経営するというバランスを、改善させることができる」と、スターリング・ウッズ・グループ(Sterling Woods Group)のロブ・リスタグノ氏は語った。
Max Willens(原文 / 訳:塚本 紺)