ブロックチェーンのイノベーションはまだ開発のごく初期段階にある。しかしパブリッシャーたちはメンバーシップ、コマース、オーディエンスのエンゲージメントといった分野が現代ではどのような形を取ることができるのか、その可能性をどのように実現できるのか、を模索している。
表面上を観察する限りでは、メディア各社によるNFT遊びは終わったように見える。
2021年の初夏、ブリーチャー・レポート(Bleacher Report)、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)、タイム(Time)、クォーツ(Quartz)をはじめとする多くのパブリッシャーたちが、初のNFT(非代替性トークン)を作成した。続いて起こったのは、メディア企業のコラムや記事、デジタル雑誌のカバーやGIF画像の所有権に、数少ない熱狂的なファンたちが1800ドル(約20万円)から65万ドル(約7240万円)を支払うことによって生まれた大騒ぎだった。
しかし、広告テクノロジーの透明性の問題の一部を解決し、不正行為と戦うことが期待されていたブロックチェーン技術をメディアが初めて導入しようとしてから4年近く経った今、NFTをめぐる熱狂を真剣に受け止めるのは難しい。
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だが、時代は違う、とNFTの支持者たちは述べている。これらの最近の事例は、ビジネスラインを作ることよりも実験に根ざしているからだ。
アドバンス・ローカル(Advance Local)の自社テックおよびメディア・インキュベーター部門であるザ・アルファ・グループ(The Alpha Group)の研究開発責任者デーヴィッド・コーン氏は、「完全なビジネスモデルになるという名目で(NFTを)実験した人はいないと思う。人々はただ慎重に最初の一歩を試していただけだと思う」と述べた。「人びとが(記事や見出しをNFTにしたものを)買っているのは、虚栄心か、後になってもっと高額で売ることを目的にしたものかどちらかで、どちらも大きなオーディエンス規模ではない」。
しかし舞台裏では、メディア企業はNFTや、さらに広範なブロックチェーン技術の可能性により深い考えを注ぎ込んでいる。
将来的にライセンス供与が狙いのタイム
タイムはサブスクリプション加入者が30種類以上の暗号通貨で料金支払いをできるようにしており、広告主たちもキャンペーンの支払いをビットコインで行うことができる。ビジネスの収支にすでに暗号通貨が取り込まれている形だ。しかしそれ以上に、同社の社長キース・グロスマン氏は、NFTを取引によって少しの利益を上げるコレクターアイテムではなく、より目的のあるデジタル資産に変えることに強気だ。
「今日、ほとんどの人は『コレクターアイテム』の側面に執着している。これは、より大きな変化のひとつの要素にすぎない」と、同氏は米DIGIDAY宛のメールに書いている。「NFT、ブロックチェーン技術、そして最終的にはメタバースによって、ブランドやメディア業界は、消費者や加入者とのアナログな関係を、よりダイナミックで(ブランドやメディアへの)ロイヤリティ重視のコミュニティへと進化させることができる」。
8月、同社はクール・キャッツ(Cool Cats)とNFTのコラボレーションを立ち上げ、タイムのブランドを利用した猫のデジタル漫画NFTを制作した。グロスマン氏は、クール・キャッツとの契約条件を明らかにしなかったが、この提携関係の魅力は知的財産の創造だと述べた。NFTの「ドロップ(限定販売)」モデル以外にも、同社はNFTマーケットプレイスを作り、同雑誌のデジタル表紙を販売するショップを展開する。このショップがマーケットプレイスでの販売内容のモデルとなる。そして将来的には、タイムは自社のNFT事業のために開発した技術をほかのパブリッシャーにライセンス供与することになる。
ブリーチャー・レポートはコミュニティ目的
ブリーチャー・レポートも、最初のNFTドロップだけでは止まらなかった。
もっとも高値がついたNFTがオークションに出品されてから1日で7万ドル(約780万円)以上の収益を上げたあとも、同社はスポーツファンが購入するだけでなく、同社のNFTを広範に購入し、使用してもらう習慣を早くから作ってもらうために、NFTドロップを続けた。
ターナー・スポーツ(Turner Sports)とブリーチャー・レポートでデジタルリーグ事業運営、成長、イノベーション部門のシニアバイスプレジデントであるヤン・アディージャ氏は、「スポーツは本質的にコミュニティの性質を持つため、スポーツが(NFTに)役立つ道筋は非常に多い。スポーツは競争が激しく、人々はそこでエンゲージメントを持つのが好きだ」と述べた。NFTは所有者が少ないことと、NFT所有者の排他的なクラブを結成できることから、こうしたオーディエンスの習慣を活用するチャンスをNFTにブリーチャー・レポートは見出している。
同氏によると、次のステップは、オーディエンスへの報酬システムのように、販売するNFT内に何らかの効用を作ることでNFTの価値を高めることだ。たとえば、所有者が視聴する番組の数に基づいて同社アプリ内や、ウェブサイトにおけるNFTの価値を高めるといった具合だ。彼のチームが現在取り組んでいるNFTの別の効用として、イベントへの参加権があると付け加えた。
エンゲージメント促進のためのデクリプト
パブリッシャーのなかには、ブロックチェーンのほかの側面についてもクリエイティブに取り組んでいるところもある。たとえば、ユーティリティトークン(特定のサービスへのアクセス権を与えるトークン)を利用して、読者のエンゲージメントを促進している。
暗号通貨ニュースサイトのデクリプト(Decrypt)はアプリ内でのユーティリティトークンを独自に作成し、記事をシェアしたり、気に入ったり、コメントしたりすることで読者が得られるようにし、それをスポンサーからの賞品や報酬と交換している。
同社の最高収益責任者であるアラーナ・ロアジ-ラフォレット氏によると、同社のアプリ内でしか価値がないユーティリティトークンは5カ月のテストのあと、7万5000の(トークンのための)ウォレットが作成されたという。これは7万5000人のアプリユーザーがトークン収集プロセスに参加したことを意味している。
ロアジ-ラフォレット氏は、今月の初めにトークン所有者からのフィードバックに基づいて、トークンを単なる報酬・商品ベースのトークンから「より主流」のトークンに変更し、所有者が同社の運営に発言権を持つことができるようにしたと語った。デクリプトが何についての記事を書いてほしいか、といった意見を出すことができる。
「私たちはトークンを通して、コミュニティと関わること、コミュニティの所有の進路を進みつつあり、トークンを運営メカニズムとして考えている」と同氏は言う。
先行投資を惜しまないパブリッシャー勢
パブリッシャーたちがどのような方向性でブロックチェーンの世界に進出しようとしているかにかかわらず、これらのチームを成長させるための投資が行われている。
今年の初め、タイムはテック部門を40人に倍増させた。広報担当者によると、同社全体では現在、20人の従業員と協力者が暗号通貨のイノベーションに関わっているという。ロアジ-ラフォレット氏によると、デクリプトは現在、この分野の製品開発に特化した新たな職務として、スマートコントラクトエンジニアやコミュニティーマネージャー、トークン製品の開発を支援するクリエイターなど、14人から15人を採用しようとしているという。アディージャ氏によると、ブリーチャー・レポートは、メディア権利部門を含むいくつかの部署の職務記述書に「NFTの試験運用」を追加し始めているという。
ブロックチェーンのイノベーションはまだ開発のごく初期段階にある。しかしパブリッシャーたちはメンバーシップ、コマース、オーディエンスのエンゲージメントといった分野が現代ではどのような形を取ることができるのか、その可能性をどのように実現できるのか、を模索している。これらは、わずか5年で業界の展望を変える可能性のあるペースで展開している。
「我々はますますSFの領域へ入っていっている」とコーン氏は語る。
[原文:‘More dynamic, loyalty driven communities:’ What comes next for publishers on the blockchain]
KAYLEIGH BARBER(翻訳:塚本 紺、編集:長田真)