世界的な事件や政治的な対立が起こると、インターネット上では決まって誤情報が飛び交う。それ自体はいまに始まったことではない。しかし、TikTokというプラットフォームが新たな問題を提起している。そのため、報道各社はTikTokへの投稿に関して特段の対策を講じているようだ。
世界的な事件や政治的な対立が起こると、インターネット上では決まって誤情報が飛び交う。それ自体はいまに始まったことではない。
しかし、TikTokというプラットフォームが新たな問題を提起している。ニュース速報に不向きなアルゴリズムと、ユーザー同士のインタラクションにかかる制限ゆえの問題だ。ロシアとウクライナの戦争が進行するに伴い、ウクライナの現状について誤解を与えるような動画や誤った説明が投稿されると、その衝撃的な内容のゆえに、それらは瞬く間に拡散し、ひょっとすると永久に野放しの状態ともなりかねない。
報道各社、たとえばCBSニュース(CBS News)、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)、ワシントン・ポスト(The Washington Post)、バイスワールドニュース(Vice World News)らは、いつもの通り、真実を伝えるために手を尽くしている。その一方で、TikTokへの投稿に関しては、たとえば質疑応答のコーナーを設けたり、担当の記者を繰り返し画面に登場させて、信頼できる顔として視聴者に覚えてもらうなど、特段の対策を講じているようだ。ミサイル攻撃やパラシュートで戦場に降下する兵士の姿など、若いオーディエンスがTikTokで反応しがちなバイラルコンテンツに目を配り、場合によってはそれがフェイクニュースだと証明することが狙いだ。
Advertisement
この取り組みの一環として、誤情報を具体的に例示し、どこに誤りや虚偽があるのか解説することもある。
しかし、事実情報でエンゲージメントと視聴回数を獲得するための戦略は、このようなケースよりもう少し複雑だ。まずは、TikTokがフェイク情報の拡散に独特の影響をおよぼす理由について説明しよう。
TikTokの問題
いまやモバイルファーストの若者の多くがTikTokを習慣的に利用している。ウクライナとロシアの紛争に際し、彼らTikTokユーザーの多くは、生まれて初めて現在進行中の戦争をじかに見聞きし、あるいはその監視カメラの映像を目の当たりにすることにとなった。そのニュースが刻一刻と更新されるなか、若い視聴者が常に最新の情報を把握するのは難しく、自分たちの見ている映像の真偽や正誤を評価するいとまもない。
クリスティアン・トリバート氏は、ニューヨーク・タイムズの映像調査チームに所属し、インターネット、特にソーシャルメディアに投稿される世界中のさまざまな出来事の動画や画像を検証している。同氏は2017年の創設当初からこのチームに参加。それ以前は、ソーシャル動画の検証に特化したベリングキャット(Bellingcat)という企業に勤務していた。
トリバート氏は10年余の経験を通じて、ネット上の偽の動画や画像を見抜く力を身につけた。同氏によると、誤情報は「どんな紛争や緊急事態にもつきもの」だが、このロシアとウクライナの戦争に特有の傾向は、TikTokで偽の動画や画像が急速に拡散していることだという。
「TikTokの誤情報は、Twitterのそれとはまったくの別物だ」とトリバート氏は話す。「TikTokでは、ときに驚異的といえる速さで動画が拡散される」。
トリバート氏によると、TikTok動画はほんの数時間または数日のうちに何百万回も再生されうるが、TikTok動画にコメントをつけて誤った主張に反論したり、あるいはフェイク動画だと述べたりすることはTwitterほど容易でないという。自分の主張を証明する画像や動画を添付できないからだ。しかも、最初の投稿は誤った情報のまま拡散され、多くの注目を集めるが、その嘘を暴く後続の動画は、集合住宅を直撃するミサイルの動画に比べて注目されにくいとトリバート氏は指摘する。
解決策1:バイラル動画を完全に回避する
一部のパブリッシャーは、最初の投稿者がTikTokユーザーであれ、通信社であれ、バイラル動画は一切投稿しないと決めている。
バイスワールドニュースも、万一に備えて、ウクライナやロシアの人々が投稿した動画を含め、一般ユーザーが作成してTikTokに投稿したコンテンツ(UGC)は一切配信しないと決断した。その理由は、真偽の検証に長い時間がかかることだ。
バイスニュースでグローバルニュースを担当するシニアバイスプレジデントのケイティ・ドラモンド氏はこう述べている。「流動的な状況に鑑みて、ソーシャルメディアを情報源とせず、ジャーナリストを通してこの人間の物語を語ることにした。率直にいって、いまこの瞬間、この紛争の性質を考えれば、不用意な扱いは非常に危険でもある」。
ワシントン・ポストでTikTokコンテンツの制作を指揮するデイヴ・ジョルゲンソン氏によると、ロイター通信(Reuters)のある動画をワシントン・ポストのTikTokページで配信したところ、視聴回数は6万3000回程度で、思ったほどのパフォーマンスは得られなかった。むしろ、取材内容を台本化してスキット風にまとめたオリジナルの動画コンテンツや、同紙のコンテンツ戦略の要ともいえる現地報道のほうが高い数字を達成しているという(動画1本あたり50万からから100万回)。
「多くの人が通信社のコンテンツを投稿している。例のロイターの動画もすでに投稿されているだろう。TikTokのアルゴリズムもこのようなコンテンツに適しているとはいえない。我々としても、コンテンツの重複を避けるように気をつけている」と、ジョルゲンソン氏は語った。
解決策2: 誤情報と真正面から戦う
ニュースメディアはこのような誤情報にただ反論するだけでなく、もともとの誤情報と同じくらいインパクトのある反論を展開する必要に迫られている。
なかには、潜在的な誤情報を特定し、対処する取り組みに、オーディエンスの協力を求めるためのTikTok動画を制作しているメディアもある。
ワシントン・ポストのジョルゲンソン氏は、TikTokのコメント欄で視聴者から質問を募り、同紙の記事を情報源として、数日以内に回答した。
バイスワールドニュースは、TikTokライブを活用して、上級記者のソフィア・スミス・ゲイラー氏と、バイスの現場取材の大部分を担当している特派員のマシュー・カッセル氏のやりとりを配信した。このライブ配信では、さきにコメント欄で募集した質問を取り上げ、スミス・ゲイラー氏がカッセル氏に回答を求める場面もあった。
ドラモンド氏によると、同社所属のジャーナリストや特派員をTikTokページのホスト役として繰り返し登場させ、彼らがこのテーマに精通していることを視聴者に印象づける試みをおこなっているという。
「マシュー・カッセルやベン・ソロモンは、我々の視聴者にとって顔なじみの、信用できる特派員だ。そういう彼らが視聴者たちに現場を見せる。これはバイスが常々得意としてきたところだ。この手法をうまく使って、視聴者に何をどう伝えられるか模索している」とドラモンド氏は語った。
一方、ジョルゲンソン氏は、同僚のカーメラ・ボイキン氏およびクリス・ヴァスケス氏とともに、ワシントン・ポストのTikTokページの顔として、ウクライナにいる特派員たちに自ら顔を出して主要な出来事を取材・撮影させるなど、現地との協力体制を進めている。
「私やカーメラやクリス、あるいはウクライナ現地の記者たちが、TikTokで顔を出してニュースを伝えることには意味がある。視聴者は私たちの顔を見て、確かな情報源から発信されるニュースだと安心できるだろう」と、ジョルゲンソン氏は述べている。
一方、ナウディス(Now This)は、ナウディスポリティクス(NowThis Politics)のSNSアカウントの顔に上級政治特派員のセリーナ・マーシャル氏を起用するなど、在米の編集局員を使って同様の戦略を展開している。また、ポリティクスアカウントとナウディスのメインページでバイラルコンテンツや最新ニュースを配信する際は、同社のスタッフによるナレーションで解説を付けている。
TikTokのユーザーたちは、「つながることを望み、相手が自分に語りかけているという実感をほしがる」と、ナウディスでソーシャル動画の編集責任者を務めるサマラ・マッケレス氏は話す。「我々にとっては、より複雑なニュースを拡散し、視聴者が身近に感じたり話題にしたくなる方法で情報を発信する得がたい機会だと認識している」。
解決策3:高い検証基準を維持する
2月最終週、トリバート氏はTwitterにあるスレッドを投稿した。ロシアによるウクライナへの攻撃と思われるバイラル動画の例を示し、その真正性の検証プロセスを解説するスレッドだ。
2月27日の日曜日に初めて投稿されたこのバイラル動画は、ウクライナと思われる場所の道路付近で爆発が起こる様子を映し出している。しかし最終的に、(ジオロケーション技術によってこの動画の発信地と判明した)ウクライナのチェルカースィ州のオレクサンドル・スキチコ州知事が、この動画は本物ではないと確認した。
「政府関係者の発言はあまり重視しない。我々が求めているのは視覚的な証拠だ。政府関係者が真実を語っているか否かはどうでもいい。ほかの画像や映像で裏付けを取りたいだけだ」と、トリバート氏は話す。
一連の視覚的な検証作業では、ロシアの攻撃による爆発であるか否かは確認できなかった一方、その爆発が実は2月24日の木曜日(ロシアのウクライナ侵攻が始まった日)に起きていたことが、その日の地元メディアの報道によって判明した。ほかの攻撃とほぼ同時に起こったことがわかり、今回の弾薬庫の爆発がロシアの仕業である可能性が非常に高くなった。
すべての検証作業がこの事例のように地道で退屈なわけではない。トリバート氏によると、Googleの逆引き検索をするだけで、10秒から30秒以内にフェイクだと判明する動画や画像もあるという。
しかし、複雑なケースとなると、その正当性の確認に10時間近くかかることもある。トリバート氏いわく、「問題の動画の検証に1時間以上かかるようなら、その動画のニュースバリューと作業負担の兼ね合いを図る必要がある」ということだ。
KAYLEIGH BARBER(翻訳:英じゅんこ、編集:黒田千聖)