デジタルメディアに印刷の制約を考える必要はない。スピードがすべてで、そこに締め切りはないからだ。そのため、始業時刻も早いところが多い。そうした動きにレガシーメディアも歩調を合わせてきている。デジタルメディアが成熟するに従い、こうしたニュース編集室での長時間勤務が誇りだった時代も過ぎ去ったのだ。
米紙ボストン・グローブ(The Boston Globe)のスタッフは1月上旬、「ニュース編集室改革」の一環として、彼らの大半が午前9時に始業するよう求められることを知った。同紙でエディターを務めるブライアン・マグローリー氏からの覚書には、以下の文言が含まれていた。
「我々は間もなく、編集室の大部分が早朝から始業し、終日にわたってスクープ記事に特定の締め切りを設定しない体制に移行する。その目的は、読者が目にする可能性がもっとも高いときに、新鮮なニュースを途切れることなく配信できるようにすることだ。依然として、あまりにも多くのニュースが夜間にサイトに投稿されている。それは我々が印刷版の旧態依然とした締め切りにこだわってきたからだ。この習慣は断ち切るべきだ」。
「そぐわないと感じられるかもしれないが、実行に移せる可能性は大いにある」と、マグローリー氏は付け加えた。
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この叱咤激励の必要性が示すのは、どれだけ経験を積み重ねようと、いまなお従来型のニュース編集室は、おそらくはいまだ組織の売上を牽引する役割を保っている印刷版をなおざりにすることなく、ウェブの需要に適応しようとする姿勢だ。一方で、デジタルからスタートしたメディアに、印刷の制約など考える必要はない。
デジタルではスピード重視
「現代へようこそ、ボストン・グローブ」と、Business Insider傘下で一般ニュースを扱うスピンオフ「インサイダー(Insider)」で編集長を務めるニコラス・カールソン氏は、得意気に笑った。
カールソン氏は8時に出社しているが、同氏が一番乗りというわけではない。ソーシャルメディア部門のスタッフが7時半までに出社しているのだ。「デジタル業界ではスピードを重視すべきだ」とカールソン氏。「そこに締め切りはない。だが、常に締め切りはあるのだ」。
ボストン・グローブが遅れを取り戻そうとしている一方で、ほかのレガシーメディアのニュース編集室では、昼近くの始業時刻(デジタルメディアで容認されることはまずない)は、時間をかけた昼食、プライベートオフィス、午後の飲み物を載せたカートなどと同じ運命をたどってきた。これらレガシーメディアの多くは、自分たちがデジタルオンリーのニュース編集室と歩調を合わせていることをしきりに示したがっているのだ。
出社前から始業している
「私が配属されている旅行およびレジャー部門では、いまだに表向きの始業時刻は10時になっているが、出社が始業を意味するような従業員はほとんどいない」と、タイム社(Time Inc.)のライフスタイルグループでエディトリアルディレクターを務めるネイサン・ランプ氏は語る。「たとえば私の場合、タイム社でチーフ・コンテンツ・オフィサー(CCO)を務めるアラン・マーレーと午前6時半にメールでやりとりしている」。
その昔、印刷版が優位を誇り、いまよりスタッフ層も厚かったころは、印刷版の出版予定を中心にスケジュールを組めばよかった。それはつまり、シニアエディターにとっては、10時を過ぎての出社や、ゆったりとした昼食を意味した(ただし公平を期すために言うと、そんな彼らも締め切り日には、しばしば夜遅い時間まで働いていた)。印刷版のベテラン勢は、まるで大昔のことでも話すかのように、当時を振り返る。
「コンデナスト(Conde Nast)は始業が遅く、昼食も長くとれる環境だった」と、ランプ氏は回想する。90年代、同氏はコンデナストでエディトリアルアシスタントとして奮闘していた。「私は、エンターテインメント・ウィークリー(Entertainment Weekly)に勤務していた昔の頃をよく覚えている」と語るのは、女性向けオンラインマガジン「バッスル(Bustle)」で編集長を務めるケイト・ウォード氏だ。「私は夫に言っていた。10時前にはじまる仕事には絶対に就かない、と。それが当時のメディアだった」。
オープンオフィスの意味
スタッフの規模が縮小し、デジタルの需要が作業量を拡大する昨今、従来型のパブリッシャーは効率性を向上させる必要に迫られている。いま、もし昼前までに何も配信しなかったら、それはトラフィック獲得の大きなチャンスをみすみす逃したことになるのだ。
「従業員が10時に出社するようになったのは、それほど前のことではないと思う」と、タイム社でグループデジタルディレクターを務めるエドワード・フェルゼンタール氏は語る。同氏の一日は午前9時のスタンディングミーティングで始まる。「いまもニュース編集室にいるのなら、それはあなたが年中無休で行われる会話に参加することを望んでいるからだ。環境に適応ができなかった、あるいはしたくなかった人々の大半は去っている」。
こうしたトレンドの強化に役立ってきたのが、今日のニュース編集室の多くに採用されているオープンオフィスの設計だ。「その場にいるのかいないのかが、誰の目にも一目瞭然だ」と、ランプ氏は指摘する。「誰かが11時ごろにフラフラ現れたら、皆がそれに気づく。誰にも気づかれずに、オフィスにコソコソ忍び込むことは不可能だ」。
成熟するデジタルメディア
もちろん、始業時刻は地理にも関係しており、ニューヨーク州西部では、人々が動き出す時刻はほかよりも早い。Vice Mediaが運営する科学・技術のデジタルチャンネル「マザーボード(Motherboard)」で特集エディターを務めるブライアン・アンダーソン氏は、6時前に起きて、9時にはオフィスにいる。同氏は、故郷のシカゴにいた頃には「人々の1日は8時か9時にはじまっていた」と振り返る。だが、「ニューヨークの暗黙のルールでは、1日が本格的にはじまるのは午前10時だ。私には遅いと感じられる」。
デジタルメディアが成熟するに従い、こうしたニュース編集室での長時間勤務が誇りだった時代も過ぎ去った。Business Insiderが発足してまだ間もない頃は、5時半に起きて、6時半に同サイトの制作に取りかかっていた、とカールソン氏は振り返る。いま同社には、早朝シフトに対応できる英国支局がある。
「かつて、デジタルメディアが搾取工場のようだった時代があった」と、カールソン氏は指摘する。「いま、こうした企業も10年の歴史を有するようになり、燃え尽き症候群を引き起こさないようなアウトプットを体系づける優れた方法も確立されている」。
Lucia Moses (原文 / 訳:ガリレオ)
Photo by Thinkstock / GettyImage