デジタルデバイスで人がコンテンツを消費するようになり、コンテンツ産業ではさまざまな収益化方法が試されてきた。音楽コンテンツ産業はコンパクトディスク(CD)販売が急激に落ち込む中、ストリーミングによるサブスクリプション(定額制)モデルにメドがつき、18年間続いた市場縮小から持ち直した。
ソフトウェア・デジタルマネーの活用によりコンテンツの売り方を変える、少額決済を可能にするテククノロジーは前進している。デジタルの波を最初にかぶったのは音楽業界だが、パブリッシング業界にもその波が訪れるかもしれない。
デジタルデバイスで人がコンテンツを消費するようになり、コンテンツ産業ではさまざまな収益化方法が試されてきた。音楽コンテンツ産業はコンパクトディスク(CD)販売が急激に落ち込むなか、ストリーミングによるサブスクリプション(定額制)モデルにメドがつき、18年間続いた市場縮小から持ち直した。ソフトウェア・デジタルマネーの活用によりコンテンツの売り方を変える、少額決済を可能にするテクノロジーは前進している。音楽業界・テレビ映像業界で起きた「イノベーション」は、他のコンテンツ産業にも広がるかもしれない。
ストリーミングで息吹き返す
音楽はカセットテープ・CD・レコードなどで消費されるフィジカルなものから、デジタルなものに変化している。デジタルの中身をみると、コンテンツのダウンロードよりもストリーミング(サブスクリプション)の成長が著しい。
1982年に本格的に生産開始されたCDは音楽業界に巨額の利益をもたらしていた。1998年音楽コンテンツの収益(ライブなどは含まない)は最高潮を迎えた。日本の歴代CD売上ランキングも、1999年に「First Love」(宇多田ヒカル)が765万枚で歴代トップ。以下、B’z(98年)、Glay(97年)と98年周辺にトップ3タイトルが集まっている。
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しかし、2001年にAppleが最初のiPodを発売し、以降デジタル化の荒波に最初にもまれた。YouTubeのようなインターネット上のコンテンツ流通の発達に加え、スマートフォンが普及した。ユーザーが違法ダウンロードを探す時間よりも、曲単位でお金を払いダウンロードすることを好む傾向がわかりはじめ、iTunesのようなダウンロードプラットフォームに光明が差したかに見えた。
しかし、近年、デジタルはダウンロードからストリーミング(=サブスクリプション)に向かっている。これは音楽業界の大きな転換期になるとみられ、動画コンテンツのストリーミングサービスを率いるNetflixなどにも同様の傾向が見て取れる。
IFPI(国際レコード産業連盟)のレポートによると、2016年のレコーディドミュージック(録音された音楽)による収益では、ダウンロード、ストリーミング、YouTube広告などのデジタル関連が全体の45%を占め、CDなどの物理的な販売(39%)を上回った。収益全体では、18年間続いた「急流下り」にストップがかかり、2015年を底として、2016年は3.2%伸び返したのだ(注:おそらく予測値を含む)。
2015年に底打ち、サブスクリプションが拡大の予測(出典:クレディスイス)
ここで大きな役割を果たしたのがストリーミングだ。デジタル全体の収益は10.2%伸びたが、ストリーミング単体は45.2%伸び、ダウンロードと物品販売の落ち込みを補った。クレディ・スイスのアナリストは2015〜2020年にストリーミングサービスがおよそ6倍の規模まで成長すると予想。スウェーデン、ノルウェーがミュージックストリーミングのモデルケースとした。このような高速の無線ネットワークが発達し、スマートフォン利用率が高い国では、2020年に有料ストリーミングの利用率が25%に上ると考えられると説明する。
動画サイトより断然儲かる
音楽業界はYouTubeなどのコンテンツ流通プラットフォーム隆盛の流れに乗るため、コンテンツを配信し、広告収益のプラットフォームとのシェアなども進めてきた。だが、以下の図をみると、ストリーミングによる定額制の方が効率的に収益を生んでいることは明白だ。左の定額制だとユーザーは6800万人で、収益は20億ドル(約2100億円)に達した。YouTubeなどを含む広告型では9億人のユーザーで6億3400万ドル(660億円)。収益の総量、成長性、ユーザー1人当たり収益のすべてで定額制が優っている。
量より質、サブスクリプションが断然儲かる(出典:クレディスイス)
課題は決済手数料
定額制には決済のハードルがある。決済にはクレジットカードが利用されるが、たとえば月額10ドルとしたときに、事業者側が負担する決済手数料が少し重たい。また、サブスクリプションは常に機会損失の可能性をはらんでいる。1カ月のサービスに10ドルを払いたくないが、数曲聴くのに今日は1ドルなら払いたいという心理の消費者もいる。サブスクリプションはすべてのニーズに応えられるわけではないのだ。
もっとも成功している定額制音楽ストリーミングサービスSpotifyが採用するのは、原則無料だが、利用レベルを上げるためには有料化が必要になるという仕組みだ。Spotifyはユーザーベースの拡大を最大の目標とし、収益は拡大こそしているが小幅の赤字を出し続けている。テンセントの「QQ Music」はすでにユーザーベースを築き、利益を上げているので、Spotify も追随できるという観測もある(関連記事)。
著作権をデジタル上でオープンに管理
「著作権の管理は『スマートコントラクト』で行うほうがいい」。スマートコントラクトとはマシーンによりさまざまな手続きをセキュアな形で分散された形で自動化していくことだ(さまざまな解釈がある)。音楽コンテンツ製作者用のコンテンツ少額売買プラットフォームUjo Music取締役のジェシー・グルシャック氏は、7月下旬に東京・虎ノ門ヒルズで開催された「Smart Contract Conference 2016」で語った。「音楽産業の収益はデジタル上からのものに移行している。しかし、興味深いことに、消費者の関心はデータを所有するところからアクセスすることへと移っている」。従来型の著作権の管理方法では難しい。
Ujo Musicはエンターテインメント業界用のインフラ。スマートコントラクトにより透明で非中央集権的な権利関係のデータベースをつくることで、ライセンスの登録、ロイリティの支払いを自動化することができる、とグルシャック氏は語った。
グルシャック氏は作曲者・編曲者などが7人に及び、ロイヤリティ分配でもめにもめた大ヒット曲「Uptown Funk」を、既存の著作権管理の難しさの例に挙げた。もし、これがスマートコントラクトで運用されていれば、最初に著作権とロイヤリティ分配を取り決め、以降は分散型ネットワークのなかでマシーンが管理するため、透明性が高く、改ざんもされないと主張している。
また、Ujo Musicプラットフォームによるデジタル上の楽曲の販売では、アーティストがレコード会社と売上のシェアを行う必要もなくなる。レコード会社はCDの流通網・マーケティングノウハウをもつが、CDの時代は静かに終わろうとしており、大きなパイをもっていくことの正当性が薄れている。デジタル上で製作され販売される楽曲の場合は、ラップトップ一台から数台で製作・販売プロセスが完結する。
Ujo Musicは開発中(㊤)だが、古今東西のアーティストがステークホルダーとロイヤリティ分配を争ってきた経緯があり、アーティストにとって極めて魅力的だろう。有名DJ・プロデューサーのジョン・ディグウィードや有名バンド「レディオヘッド」のトム・ヨークとも協働をしているという。レディオヘッドは2007年のアルバムでダウンロード者がアルバムの価格を決められる販売方法(「価格はあなた次第」)をとり、大手レコード会社を驚愕させた。
Ujo Musicでの決済はデジタルマネーによって行われる。スケーラビリティとセキュリティの課題を乗り越えられるならば、少額決済にはコストの安いデジタルマネーがいい。クレカなどの銀行システムを経由した決済手段だと、小額決済をするには決済手数料が重すぎる。またクレカ決済は利用者にとって瞬時に終わっているように見えるが、実際は時間差が生じることもある。ステークホルダーが多く、各者のあいだで取引を確かめ合う必要があるためだ。
一記事販売、少額決済のニーズ
欧米のパブリッシャーは昨年のアドブロック騒動以降、ディスプレイ広告がブロックされる可能性を加味し、マイクロペイメントの可能性を探っていた(関連Podcast)。ニュースコープUKの最高顧客責任者クリス・ダンカン氏は2月、米DIGIDAYに対し、少額決済を効率的にするプラットフォームが必要だと指摘していた。
オランダのブレンドル(Blendle)は媒体社が深く関与する実験だ。ブレンドルは3月、大手パブリッシャーとともに米国内でマイクロペイメントのベータテストを開始したと発表している。ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナル、米タイム、独アクセル・シュプリンガーなどがブレンドルのプラットフォーム上で自社配信記事への少額決済のテストをしている。プリント版での特集の長尺記事などがブレンドル上に提供されている。
ブレンドルによると、価格は新聞記事が19~39セント(約20~40円)、雑誌記事は9~49セント(約9~50円)だという(関連記事)。 ブレンドルの株式をアクセル・シュプリンガーとニューヨーク・タイムズで23%保有しており、パブリッシャー肝いりのプロジェクトだ。
ライトニングネットワークは救世主?
ただしブレンドルは媒体に少額決済のチャンスを与えはするが、決済手数料の問題を解決していない。
このためビットコインなどの暗号通貨による小額決済の検討もされはじめている。ビットコインは安全に資金が移転したことを確認するまでに比較的長時間かかる部分が、一般層の実用化の壁になっていた。しかし、この処理速度と拡張性の問題を解決するとされる「ライトニングネットワーク」が期待されている。
ビットコインライトニングネットワークの開発者で、三重大学准教授を務めたこともあるタデウス・ドライジャ氏(写真㊤)は7月初旬のTHE NEW CONTEXT CONFERENCE 2016 TOKYOで、「暗号化技術により、いくつものノードを経由して通貨を移転するライトニングネットワークでは、暗号技術により中間者を信用する必要がなくなる。多数を経由してもセキュアなまま、お金の移転が可能になる」と語った。
「中間が銀行、証券会社であろうと遅延は起きるかもしれないが、資金の移転は可能だ」と語り、拡張性を強調した。 「記事をクリックしてもペイウォールがあれば、私はサブスクライブしてまで読もうとしない。ライトニングネットワークを利用すれば少額決済が可能になるので、1秒以内1円のような支払いができる。(小額決済がすべての人の手に渡れば)株の売買、バンキングとか、誰でもできるようになる。誰でもできるから、(銀行などの)名前(=信用)が関係しなくなる」と語った。「どのブロックチェーンでも実現できる。決済の速度が速く(暗号通貨の)スケーラビリティの問題を解決してくれる」。
Written by Takushi Yoshida
Photo by Thinkstock