2015年、Facebookの「Messenger(メッセンジャー)」の月間利用者が8億人を超えました。このアプリではいまや単にメッセージが送れるだけでなく、プラットフォームとして写真や画像、動画の共有、ビデオ通話、バーチャル名刺、送受金、交通、人工知能のアシスタント「M」などさまざまな機能が追加されています。
Facebookは今後、「Messenger」のプラットフォーム志向を強めていくと発表していますが、メディア(パブリッシャー)についてはどのような機能や場所を提供していくのでしょうか。現状においても、「Messenger」からソーシャルマガジン「Flipboard」や画像共有サイト「Imgur」などにアクセスすることはできます。
Facebookの本体アプリでは、2015年に良くも悪くも議論を呼んだ「Instant Articles」というホスティングサービスを提供しています。しかし、「Messenger」にも多くの人が集まっているので、少しずつメディア展開の場としても盛り上がっていくはずです。
この記事は、メディア業界に一目置かれる、海外メディア情報専門ブログ「メディアの輪郭」の著者で、講談社「現代ビジネス」の編集者でもある佐藤慶一さんによる寄稿です。
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2015年、Facebookの「Messenger(メッセンジャー)」の月間利用者が8億人を超えました。このアプリではいまや単にメッセージが送れるだけでなく、プラットフォームとして写真や画像、動画の共有、ビデオ通話、バーチャル名刺、送受金、交通、人工知能のアシスタント「M」などさまざまな機能が追加されています。
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Facebookは今後、「Messenger」のプラットフォーム志向を強めていくと発表していますが、メディア(パブリッシャー)についてはどのような機能や場所を提供していくのでしょうか。現状においても、「Messenger」からソーシャルマガジン「Flipboard(フリップボード)」や画像共有サイト「Imgur(イメージャー)」などにアクセスすることはできます。
Facebookの本体アプリでは、2015年に良くも悪くも議論を呼んだ「インスタント記事(Instant Articles)」というホスティングサービスを提供しています。しかし、「Messenger」にも多くの人が集まっているので、少しずつメディア展開の場としても盛り上がっていくはずです。
無視できないメッセージアプリ
これまでメッセージアプリからの流入はノーリファラーである場合も多かったため、「ダークソーシャル(Dark Social)」とも呼ばれる不透明なソーシャル情報として捉えられていました。その場合、分析できず、コンテンツ制作や流通に活かせないため、軽視されてきたところがあるのだと思います。
ただ、メッセージアプリ利用者はSNS以上に多く、メディアにとって無視できる存在ではありません。Facebookが2014年に160億ドル(約1兆9200億円)で買収したWhatsAppが提供する「WhatsApp Messenger」も大きなプレイヤーです。Facebookとは違い、年間99セント(約118円)の利用料(初年度は無料)がかかりますが、2015年9月には、利用者が9億人を超えました。
「NYタイムズ」「USA TODAY」も
このWhatsAppをすでに利用するのが、「ニューヨーク・タイムズ」です。2015年7月にはローマ法王が中南米を訪問した際、プッシュ通知を使いながら続報を配信していきました。
the @nytimes, for the first time publishing on Whatsapp. pic.twitter.com/211j6dPwko
— Sam Dolnick (@samdolnick) 2015, 7月 5
また、米DIGIDAYによれば、モバイルサイトにのみ「WhatsApp」のシェアボタンを設置したUSA TODAYのスポーツサイト「For The Win」では、シェア全体の2割ほどを占めるようになったというデータも出ています(Twitterは13%)。いまだ実験的な利用が多いものの、「WhatsApp」がメディアに対してシェアボタン以上のメニューを提供するような新展開が今後ありえるのかもしれません。
流入の2割が「Snapchat」
メッセージアプリとメディアの関係を考える上で、しばらくはFacebook帝国が話題や議論を牽引していくことになるのでしょう(今回は取り上げませんが、インスタグラムも分散型時代にはずせないプラットフォームです)。そのあとを追いかけるのは、ミレニアル世代を中心に支持を集めている動画メッセージングアプリ「Snapchat(スナップチャット)」です。
日本でも広まりつつある「Snapchat」は2011年にスタート。送信者が10秒以内の閲覧時間を設定、受け手はその時間以上コンテンツを見ることができないという特徴があります(課金してリプレイすることは可能)。毎日1億人以上が利用し、動画再生数は月に70億回を超えています(Facebookは80億回。「Snapchat」のほうが伸びは速いですが動画再生の定義やユーザー数が異なるため比較はむずかしいようです)。
comScoreの調査によれば、ユーザーの71%が18~34歳。それでもやはり、サービスの拡大にともない、少しずつ上の世代は増えているようです。そんな「Snapchat」が2015年1月にはじめたのが「Discover(ディスカバー)」というメディアが集まるセクションです。「BuzzFeed」や「Vice」などミレニアル世代を惹きつけるメディアに加え、「CNN」など歴史のあるメディアも参加しています。
記事の概念を変えた「Discover」
24時間限定のコンテンツをそれぞれのメディアが入稿しているのですが、記事を開いたときのアニメーションを筆頭に工夫がいくつも見られます。先述の「インスタント記事」は「記事(Articles)」とあるように、あくまでこれまでの記事体験の延長線上で、読み込みを速くするというものでした。しかし、タテ型動画の「Discover」は記事の概念を変え、新しいコンテンツのフォーマットを定義しようとしているのです。
どの媒体も1日分として10本前後の記事を配信。記事と記事の間に動画広告が差し込まれています。USA TODAYによれば、「Snapchat」の縦型動画は通常の横型動画よりもエンゲージメント率が9倍高いことがわかっています。
さらに、「Snapchat」の影響力が上がっていることは、「BuzzFeed」の流入経路を見ても明らかです。同メディアCEOのジョナ・ペレッティが「Re/code」に明かしたところによれば、27%がFacebook動画、23%が直接もしくはアプリ、21%が「Snapchat」だそう(Google検索はたった2%)。なんと「Snapchat」がトラフィックの5分の1を占めているのです。
作り手が少ない「Snapchat」
そんな勢いをもつ「Snapchat」ですが、斬新なフォーマットに作り手がついていかなければうまく機能しません。いま、「Discover」への参画の有無を問わず、各媒体社は「Snapchat」に通じたスタッフ募集をかけているところです。企業によっては、研修をしてまで「Snapchat」に慣れようと動いています。
いままでにないユーザー体験をもった「Snapchat」は、利用することでのみ理解を深めることができる。ニューヨーク・ブルックリンに本社をもつエージェンシー、ヒュージが「Snapchat」研修を従業員に課す理由も、そこにある。同社は2016年の夏を「『Snapchat』に完全に対応するためのシーズン」だと位置付け、社内研修「夏の飛躍の日」に「Snapchat」講習を組み込んだ。また、ヒュージの「Snapchat」のアカウントで、休日の様子を投稿することを奨励した。
グローバルエージェンシー、ハヴァスでも同様の取り組みをしている。アプリ内で全米オープンゴルフの無料チケットを入手できる社内イベント「『Snapchat』トレジャーハント(宝探し)」を開催したのだ。
「マーケターとして、我々は最新のプロダクツやテクノロジーに習熟しておかねばならない」と、ヒュージのソーシャル・ディレクターであるジョー・マカフィー氏は語る。「ソーシャルチームの全員が、すべてのプラットフォームの専門家になることを期待している」。
BBDOニューヨークでは、この夏にユニークなゲームに興じた。オフィスの全員を「Snapchat」に精通させようと、日々の日課に組み込ませたのだ。
「Snapchat」の24時間消えない「ストーリーズ機能」を使って、毎日異なるお題に関する体験談やエピソードを投稿する試験を実施。このテストには100人超の従業員が参加し、最終的に「BBDOストーリーズ」と呼ばれた1本のハイライト映像にまとめあげられた。
「『Snapchat』研修」を社員に課すエージェンシー。プラットフォーム攻略で主の心を掴む」より
「Snapchat」の2016年は重要な年
しかし、再生数に応じて広告費が発生するにもかかわらず、企業の動画広告がほぼゼロ秒でも再生カウントされているなど、ビューアビリティ基準に課題が残ります。それでも、「約70%のユーザーは3秒で動画広告をスキップしている」というデータもあり、そのなかではユーザーの約3割が視聴完了しているとされています。まだ広告事業が順調とはいえないですが、それでも「ビジネスインサイダー」によれば年間1億ドル(約120億円)の売り上げも見えてきているといいます。
特に「Snapchat」にとって2016年は重要な年となるでしょう。大統領戦があり、サービスを国全体に知ってもらうきっかけとなるからです。伝統メディアと比べて若いユーザーを抱え、新しいフォーマットのコンテンツを流通できる場として高い価値があると思います。元CNN政治記者を引き抜きニュース部門トップに据えていますが、どのような報道をおこなっていくのか楽しみです。
TwitterにしてもFacebookにしても、大統領戦の情報発信に欠かせないツールとなっています。現在では候補者らがSNSでの情報発信を行いながら、メッセージアプリの活用法を模索することも当然となるでしょう。
各メディアのトライアル
Facebook「Messenger」と「Snapchat」の2大巨頭のほかにも、「WeChat」(月間アクティブユーザーは6.5億人)や「Viber」(月間アクティブユーザー2.5億人)なども活用の余地があるでしょう(リーチさせたい国や地域でメッセージアプリの配信を使い分けるなど)。
30個のプラットフォームにコンテンツを配信し、月間50億以上のアクセスを集めているという「BuzzFeed」は、「WeChat」にも「Viber」にもアカウントを開設しています。そのほか、「ハフィントン・ポスト」は「Viber」、「ワシントン・ポスト」は「Kik」を活用するなど、各メディアの試験期間はまだ続いていくでしょう。
日本では「LINE」も参戦
メッセージアプリとメディアの話題は海外のほうが多いものの、日本でも「LINE」が2015年12月から、公式アカウントを利用したニュース配信機能をメディア向けに開放しています。24媒体からスタートし、いまでは40近くの媒体のニュースを「LINE NEWS DIGEST」や「LINE NEWS マガジン」のような見せ方で読むことができるようになりました。
参加メディアは自分たちで「LINE」のCMSを用いて、写真やテキスト、タイトル、配置などを決め、配信することができます。「LINEアカウントメディア プラットフォーム」は、公開後1日で登録者が300万人、1月7日時点で1000万人を数えています(「LINE NEWS」の月間アクティブユーザー数は2200万人)。
「LINEアカウントメディア」は「インスタント記事」や「Discover」などと対照的に、単体の記事ではなくパッケージとして配信できることが特徴です。この対比はとても興味深いです。SNS全盛の時代、1本1本の記事がバラバラに消費され、メディア名も気にされなくなっていくなか、パッケージで配信できる価値はこれから増していくのではないでしょうか。
参考になる「BBC」の取り組み
もちろん、「BBC」のように「LINE」のアカウントを取得し、速報ニュースを流す手法もひとつの手です。「BBC」のアカウントにはすでに120万人以上の友だちがいます。毎回丁寧に1枚の画像素材とテキストメッセージが送られてくるので、文量としてもちょうどいいです。
「BBC」は過去に「WeChat」と「WhatsApp」なども活用しており、また、ソーシャルメディア上の話題のニュースを拾う「#BBCTrending」や注目のストーリーをインスタグラムの15秒動画で発信する「BBCShorts」など分散型コンテンツを実験的に試している様子がうかがえます。次の情報流通を見据えていてしっかり取り組んでいます。
メッセージアプリの今後
SNSを通じたメディア発信の次は、メッセージアプリ上でのメディア戦略が語られるようになるかと思います。たとえば、メッセージのトップページ上部に天気予報や次のスケジュール、速報ニュースなどが表示されたり(Facebookは「Notify」といった通知アプリを出してはいるが)、人工知能のアシスタントがユーザーの状況に応じた記事をメッセージしてくれたり……いくらでも展開を想像することができそうです。
海外における「インスタント記事」や「Discover」はアンバンドルの流れの究極体のようなサービスですが、「LINEアカウントメディア」に限っては、ひとつの記事でなくパッケージで配信できます。この差異がメディアにとってどのような影響を与えていくのでしょうか。
BuzzFeedのジョナ・ペレッティCEOは「ニューヨーク・タイムズ」の取材に対し、「メディアとコミュニケーションはひとつになりつつある」という言葉を残しています。メディア、コンテンツ、コミュニケーション、コミュニティ……メディアを取り巻くすべてが一体となるなか、巨大なプレイヤー群がいるメッセージアプリ市場には新たな希望を見出したいですね。
Written by 佐藤慶一
Image by Thinkstock / Getty Images