コロナ禍を取材したり、自宅のソファやキッチン、ベッドルームで制作業務を行うジャーナリストにとって、この9カ月間は無慈悲なほどに長く辛い時間だった。しかし、メディア専門家やベテランジャーナリストによると、編集スタッフのメンタルヘルスに及んでいる影響は、十分な注目を集めるには至っていないという。
不安、孤独感、そして抑うつ感の増大は、新型コロナウイルス対応のために職場環境が変化を余儀なくされたことによる影響として、多くの人が経験していることのほんの一端にすぎない。
コロナ禍によって起きた変化を取材したり、自宅のソファやキッチン、ベッドルームで制作業務を行うジャーナリストにとって、この9カ月間は無慈悲なほどに長く辛い時間だった。しかし、メディア専門家やベテランジャーナリストによると、編集スタッフのメンタルヘルスに及んでいる影響は、十分な注目を集めるには至っていないという。
燃え尽き症候群、重度の不安感、うつ病、不眠症、孤独感などが、多くのジャーナリストにさまざまなレベルで生じている。「ジャーナリストたちは1日12時間、この絶え間なく憂鬱なストーリーを取材するなかで、自分たちがコロナ禍のなかに閉じ込められたように感じていた」と、ニュースルームの運営経験が長い、フリーランスの編集者兼メディアコンサルタントで、自身も燃え尽き状態に苦しんでいるというジョン・クラウリー氏は話す。
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現場の編集スタッフは、コロナ禍の影響であらゆる業界が抱えるリモートワークの課題を家庭と両立させるストレスに加え、自分がウイルスに感染して家族にも移すかもしれないという懸念に苛まれていると、ロイター(Reuters)のテレビプロデューサー、クリスティン・ノイバウアー氏はいう。同氏は、臨床医からアクティブリスニング、共感、セルフケアのテクニックを受けた48名のロイターのスタッフ(ピア・サポーター)によって構成される、ロイター・ピア・ネットワーク(Reuters Peer Network)のグローバルコーディネーター、およびピア・サポーターを務めている。このネットワークは、従業員と臨床医を結びつける架け橋としての役割を担っているという。「ロイターは、安全のための制度や仕組みの提供、そしてそのアップデートに努めているが、それだけのサポートがあってもなお、人々の不安を完全に拭うのは難しい」。
クラウリー氏は4月、世界のさまざまなメディア企業に属するジャーナリスト130人に調査を実施し、その結果を11月に報告書として公開。報告書では、回答者の64%がロックダウン中に仕事でポジティブな経験をまったくしなかったと答え、また77%が仕事関連のストレスを経験したと答えている。加えて、気分の落ち込みや不安に襲われた瞬間があると答えた人は全体の59%にのぼった。また、リモートワークの状況についての質問には、87%が雇用主は自分たちの勤務状況について責任を負うべき、あるいは一定の責任を負うべきだと回答した。
クラウリー氏が、英国、オーストラリア、ナイジェリア、南アフリカ、インドネシアのさまざまな出版物のジャーナリストに話を聞いたところ、3月にコロナ禍が発生した際には、報道業務を個々人の自宅から運営する体制への移行が急務となり、ジャーナリストたちのメンタルヘルスの問題は後回しになっていたという。「みんな圧倒され、それどころではなかった」と、クラウリー氏は話す。「新たな運営体制を探るという課題の陰に隠れ、人々はより多くの仕事をするように求められ、それ以外は余計なこととされた。最初のロックダウンがはじまり感染者が増えるなか、この流れはますます強くなっていった。しかしそこでは、燃え尽き症候群という疫病が静かに蔓延していたのだ。また、ジャーナリストだけでなく、ニュースルームの運営者たちにも同様の兆候が見られた」。
ストレスが多い
コロナ禍を受け、多くの企業が人員削減に踏み切っている。平常時なら、人員削減に関する指示や議論は対面で行われるもの。しかしパブリッシャー幹部たちによると、上層部から来る通達の大半は、現在ビデオ通話で行われているという。コロナ禍による売上減を受け、3500万ポンド(約48億5000万円)のコスト削減策の一環として、夏に550人のスタッフ(うち325人が編集と流通関連)の解雇を余儀なくされたパブリッシャー、リーチ(Reach)では、まさにこうした状況が見られた。
「今後の方針について話し合ったり、組合関連の相談をたくさん受けたが、どれも直接顔を合わせてでは実施できず、非常にストレスが多かった」と、リーチの英北西部オーディエンス担当、およびコンテンツエディターであり、エディターで組織される団体、ソサエティ・オブ・エディターズ(Society of Editors)のプレジデントも務めるアリソン・ガウ氏はいう。
マネージャーや編集スタッフとのあいだに、数字や目標を達成すること以外の会話を交わす場を設けることは「非常に重要だ」として、ガウ氏は次のように述べた。「あなたが(デスククラス)のニュース編集者であれば、コンテンツを扱うストレス、チームを管理するストレス、勤務表を作成するストレスを抱えることになる。また、互いに距離をとらなくてはならないなか、人々が自分たちのメンタルヘルスとどう向き合っているか、そして自分が十分なサポートを提供しているかどうかも気にかけなければならない。それが、さらなる負担になるのだ」。
また、リモートワークの広がりによって、編集チームが取材先とのコミュニケーションや、交流を持つことも難しくなっている。加えて、誰もが広々とした住環境を持てるわけではない。「シェアハウスや小さなアパートに住んでいる若手スタッフたちは、自宅で落ち着いて仕事ができないという人もいる。そして、この物理的課題は深刻化している」と、リーチのスポーツオーディエンス、およびコンテンツ担当ディレクターのジョン・バーチャル氏は述べる。「これは、ニューノーマルの世界を注視しなければならない立場にいる、すべての人が念頭に置くべき問題だ」。
組織を上げて支援する企業
メディア企業の多くは、ジャーナリストの負担が増すなか、課題の解決に組織を挙げて取り組んでいる。ロイターは上述したロイター・ピア・ネットワークに加えて、従業員支援プログラムを提供するCiCとの提携。従業員に対し、トラウマの改善支援とカウンセリングサービスをグローバルに提供している。後者には24時間365日対応で秘密厳守のホットラインが含まれており、ロイター所属のジャーナリストは、多言語でどこからでも専門家にアドバイスを求めることが可能だという。
ポリティコ(Politico)、ブルームバーグメディア(Bloomberg Media)、アクシオス(Axios)、およびガーディアン(The Guardian)はいずれも、全従業員を対象に、追加の有給休暇や休業日の付与、メンタルヘルスに焦点を当てた研修の実施といった福利厚生を提供している。またBBCも、24時間365日体制の従業員支援プログラムや、メンタルヘルス専門の初期対応者を用意。同社は現在、スタッフへの福利厚生サービスの周知強化とともに、リモートワークに関するワークショップと並行して、Zoom(ズーム)でメンタルヘルスや精神的回復力についてのセッションも開催しているという。
消極的な企業も見られる
しかし、一部レガシーメディアのニュースルームには、スタッフのメンタルヘルスについてオープンに議論することに、消極的な文化が残っている。また、ニュースルームの運営者には、共感的な人材管理スキルよりも、ストレスをはねのける能力を持つタイプが多いという意見も少なくない。
25年の経験を持つベテランジャーナリストであり、英国のすべての大手放送局のニュースルームで働いてきたシリシュ・クルカルニ氏は現在、うつ病と不安に苦しんでいる。同氏は、ニュースルームにおけるメンタルヘルス問題への対処は、言葉だけで行動が伴わないことが多すぎると述べている。
「ニュースルームには、写真記者や戦場記者のPTSD(心的外傷後ストレス障害:以下、PTSD)への対応マニュアルがある」と、クルカルニ氏はいう。「紛争地帯に行ってPTSDになった人については適切な対処法を知っていて、段階的な指針も用意されている。しかし、ニュースルームにおけるメンタルヘルスを理解している人間はいない。うつ病、不安、摂食障害など、PTSDよりもはるかに一般的で日常的な問題に対応するためのマニュアルはなく、スタッフの多くがそうした問題を抱えているのに、対処法を知っているマネージャーはほとんどいない」。
「いい訳ばかりしている」
ジャーナリストや編集者で組織する団体、「エシカル・ジャーナリズム・ネットワーク(The Ethical Journalism Network)」のCEO、ハンナ・ストーム氏によると、メンタルヘルスの問題を抱えている人は多くの場合、それをキャリアを妨げる弱点とみなされるのを恐れ、オープンに話そうとしないという。「メディア業界は『精神疾患が職を失う要因にはならないという事実』を受け入れず、いい訳ばかりしている」と、ストーム氏は話す。「ニュースルームには、精神疾患に対して強い恥の意識がある」。
メンタルヘルスの問題を抱えるのは多くの場合、伝統的に自身の性別、性的アイデンティティ、民族、人種、または障害を理由に疎外されがちな人々であり、彼らは一般的にその生活状況や人口統計的な特性のために、精神的な苦痛を受けやすいとストーム氏はいう。サポート制度のないインターンやフリーランスも同様だ。「ニュースルームが自分を守ってくれていると感じられなければ、自分の思いを表明しづらい。自身の経験を話すことで、それが自分のキャリアに影響を与えるかどうか、ニュースルームで自分がどのように評価されるかを心配してしまうのだ」。
しかし今回取材に応じた人の多くは、こうした文化はいま、徐々に変化していると感じているようだ。「継続的な取り組みやアウトリーチ、議論によって、ニュース業界が今後メンタルヘルスの問題にオープンな姿勢を取り続けること、そして質の高いジャーナリズムは、精神的に安定し、サポートを受けているジャーナリストから生まれると理解するようになることを期待している」と、ロイターのノイバウアー氏は語った。
[原文:‘It’s a silent epidemic’: Mental health in newsrooms needs more attention]
JESSICA DAVIES(翻訳:高橋朋子/ガリレオ、編集:村上莞)