アフターコロナ : メディア業界は「未知の未知」の領域へ

2002年2月、米国主導の有志連合による侵攻の結果、イラクは混沌に陥り、当時の米国防長官ドナルド・ラムズフェルドは質問の集中砲火を浴びた。戦争の口実だった大量破壊兵器を、米軍はいつになったら発見できるのか? これに対するラムズフェルドの有名な返答は、いまこそ振り返る価値がある。「物事には既知の知、つまり我々が知っている自覚のある事柄がある。既知の未知、つまり答えはわからないが、存在には気づいている問題もある。しかし、未知の未知、つまり我々自身が知らないという事実にすら気づいていないこともあるのだ」

3月下旬の10日間、米DIGIDAYは複数のメディア幹部社員と会話を交わし、現段階の既知の未知と未知の未知を十分に把握することができた。既知の知はいくらでもある。新型コロナウイルスはビジネスに恐るべき損害をもたらし、それは何カ月も続くだろう。「9.11同時多発テロにリーマンショックを足したものの2倍」だと、元ピュブリシス・グループ(Publicis Groupe)のリシャド・トバコワラ氏は、米DIGIDAYのララ・オライリー記者に語った。一部のパブリッシャーはとりわけ危機的状況にあるが、筆者が取材したかぎり、大部分は30%程度の売上減を予測している。

痛みをともなう大幅な予算削減が、まもなく必要になるだろう。あるCEOが言うには、多くのパブリッシャーはよそが先陣を切るのを待っている。「ニュース速報で悪しざまに言われたいとは誰も思わない」と、この人物は述べた。しかし、3月下旬の10日かそこらのあいだに、誰もが暗澹たる損益計算書に目を通し、いくつものシナリオを検討した。メディアビジネスは人で成り立っており、しかも資本集約的だ。支出削減による調整能力はほとんどなく、どれをとっても社員の給与に響く。多くのパブリッシャーが全面的な給与削減に踏み切り、(理想をいえば)幹部社員の削減幅が最大になるだろう。自ら報酬を返上し、社員の大部分の給与削減額を抑えたBuzzFeedのCEO、ジョナ・ペレッティ氏には拍手を送ろう。承認されたばかりの景気刺激策にも、労働者のレイオフに対する準備金が含まれており、パブリッシャーにとっては社員が被る損失を軽減する助けになる見通しだ。それでも、多くのパブリッシャーは深手を負うだろう。

「(予算削減を)やりすぎなくらいでちょうどいい」と、あるCEOは語った。「回復には時間がかかる。広告費はまっさきに削られ、戻ってくるのは最後だからだ」。

「既知の知」と「既知の未知」

あらゆる危機と同様に、今回のコロナショックも、弱者に対して無慈悲により深刻な打撃を与える。これもひとつの既知の知だ。事業をほんの数カ月存続させるだけのキャッシュフローしか持っていないなら、「スモール・イズ・ビューティフル」などという美辞麗句は通用しない。ある大手パブリッシャー幹部は、不況が続くあいだ、予算削減の痛みを耐え忍ぶだけで済むことへの安堵を口にした。存亡の危機に直面するよりはましだ。誰もがそんな幸運に恵まれるわけではない。メディア企業のバランスシートはふつう、資金は潤沢とはいえず、固定費は高額だ。そのうえ、やっかいな支払期限が復活するだろう。現在、広告主による支払が70日後だとしたら、その日数は180日に膨らむのだ。負債を抱えるパブリッシャーは、支払を続けるのが困難になるだろう。多くの企業が倒産するはずで、その日は想像以上に早くやってくる。

これらすべてに加えて、既知の未知がある。そのなかでもっとも重要なのは、米国と資本主義経済圏において、二重の危機がどんな経過をたどるかだ。課題は大きく分けて2つある。我々は、30年に1度とも思われる公衆衛生上の危機と、経済危機に同時に対処しなくてはならない。どちらか一方だけに全力を注ぐのは、トランプ大統領が何と言おうと、まったくの愚策だ。わたしが話した幹部社員たちは、危機がどんな経過をたどるかは未知数だと認識していた。もっとも楽観的なシナリオは、少し前にグループエム(GroupM)のフォアキャスター、ブライアン・ワイザー氏を招いたポッドキャストで言及された、中国のような展開だ。中国はすでに、公衆衛生とビジネスの両側面で回復の兆しを見せている。1カ月前には考えられなかったことだ。「広告掲載の申し込みも復活しはじめた」と、ある世界的パブリッシャーの幹部は私に語った。

もちろん、イタリアのような悲観的シナリオもありうる。同国でも改善の兆しはあるものの、全体として「感染例を減らす」ことに苦戦している。イタリア経済はまだ、どこからどう見ても固く閉ざされている。「ヨーロッパは悲惨な状態だ」と、ある幹部社員はいう。経済が正常に機能せず、いつ回復するか見当もつかない状態では、パブリッシャーは未知を受け入れ、あらゆる可能性に備えるほかない。「本当の未知は、この危機がいつまで続き、回復にどれだけ時間がかかるかだ」と、あるパブリッシャー幹部は語った。

さらにもうひとつ、繰り返し耳にした既知の未知がある。若い管理職や社員たちがこの危機にどう対処するかだ。「くたびれたミレニアル」のステレオタイプは脇に置くとしても、彼らの多くは危機的状況のなかで仕事をした経験がない。9.11の混沌の時期、彼らはまだ小学生だった。リーマンショックの頃もまだ高校生や大学生だった。仕事への退屈はさておき、若い社員のほとんどは危機に襲われるショックを感じたことがない。「我々の現場のマネージャーは、困難を乗り切ることに関してまったくの素人だ」と、ある幹部社員は話す。あるCEOはディレクター全員に、1日の最初と最後にチーム全員参加のビデオ会議を開くよう命じたという。「全員の顔を見て、誰かが遅れをとっていないかを確認するため」だ。リモートワークでは、こうした作業にふだんの何倍も手間がかかる。

立ちはだかる「未知の未知」

そして最後に、未知の未知が立ちはだかる。ここ数週間の事態の推移は、まるでそのための短期集中研修のようだった。2020年の予測のなかに、「パンデミックが発生して数百万人の命を脅かし、世界のほとんどの国境が閉鎖され、外出禁止令が敷かれ、世界恐慌の再来と恐れられる」を挙げた人はどこにもいない(誰もがウェビナーを受けるなんて、想像できただろうか?)。ショックが去ったあとには、これまで知っていた世界が根底から覆されたという、寄る辺ない不安感が残るだろう。幹部社員との対話のなかで、私はこうした心情をしばしば感じ取った。無気力になるのは最悪の反応だ。理想をいえば、たとえ強いられたものだとしても、我々は謙虚になるべきなのだ。世の中には、制御どころか影響を与えることすらできない強大な力が存在すると認識し、それでも先へと進むため、強い意志をもってとにかく適応していく必要がある。

Brian Morrissey(原文 / 訳:ガリレオ)