現行の広告ID技術といえばサードパーティCookieだが、これに「だまされた」と感じているパブリッシャーがいる。Cookieの代替ソリューションが求められるいま、パブリッシャーは自社が保有するファーストパーティデータの提供を前提とする技術には振り回されない、と決意を固めているようだ。
パブリッシャーの懸念とIDソリューションの現状
- パブリッシャー各社は、サードパーティCookieの代替となる広告識別子(ID)が、サードパーティCookieと同様のデメリットがあるのではないかと警戒している。
- プレビット・オーグ(Prebid.org)が推進するUnified ID 2.0等、メールアドレスを利用したIDは、パブリッシャーに自社提供データの主導権を渡さない仕組みになっている。
- アカマイ・テクノロジーズ(Akamai Technologies)が、パブリッシャーのニーズに応えるソリューションを提供できるかもしれない。
わずかな儲けを追うつもりはない
現行の広告ID技術といえばサードパーティCookieだが、これに「だまされた」と感じているパブリッシャーは少なくない。そして、Cookieの代替ソリューションが求められるいま、パブリッシャーはかつての二の舞を避けるべく、自社が保有するファーストパーティデータの提供を前提とする技術には振り回されない、と決意を固めているようだ。
米DIGIDAYが3月末コロラド州ベイルで開催したDigiday Publishing Summit(以下DPS)の非公開セッションで、あるパブリッシャーの経営幹部が次のように発言した。「Cookieの後継ソリューションとして、ハッシュ化したメールアドレスを広告IDとして使う方法は避けたい。現行の技術と実質的に変わらないからだ」。
このように、ポストCookie時代がCookie時代と同様の展開になる可能性について警戒心を抱く者は多い。今回のDPS参加者のなかには、パブリッシャー同士の交流が進むうちに議論があらぬ方向に発展するのではないかと、半ば冗談で口にする幹部もいた。多くのパブリッシャーが法に触れるリスクをおかしてでも結託し、統一戦線を組んで、ファーストパーティデータ提供を求めるアドテク企業と闘うというシナリオだ。
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「パブリッシャーはみな、自社保有のデータを求められるがまま他社に提供した場合の顛末を覚えているはずだ」と、サミットに参加した別の経営幹部は語る。「問題は、ポストCookie時代が訪れたとき我々がいかに賢くファーストパーティデータをコントロールできるか。わずかな儲けを追わず、十分な事業利益を確保できるかどうかだ」。
パブリッシャーにとって、オーディエンスに関するファーストパーティデータは利益の源泉だ。アドテクベンダーに提供したデータはしばしば第三者企業にも利用が許可され、アドテクベンダーの収益源となる。サードパーティCookieを利用してパブリッシャーのサイト閲覧者を特定し、オンライン行動履歴をトラッキングしてきたアドテクベンダーは、Cookieの代替ソリューションでも同じことをしようとしている。結果として、オーディエンスデータが「コモディティ化」し、広告主との取引でパブリッシャーが提供できる価値が低くなる恐れが生じる。パブリッシャーの懸念はそこにある。
「信用も透明性も確保できない状態」
DPS中に取材に応じた3人目のパブリッシャー幹部はこう語っている。「もしパブリッシャーがオーディエンスデータを入札にかけて、落札されたデータがサードパーティCookie利用時と同じように共有・複製されて、DSPの収益増に寄与することになったらどうなるか。パブリッシャーはデータの主導権を取り戻せず、『オーディエンスデータは公開入札で入手してはいけないのか?』という疑問に答えるすべも失ってしまう」。
4人目の幹部が所属するパブリッシャーでは、社内のデータマネジメントプラットフォームに「マーケットプレイスで競合する広告取引」の情報を集約すべく、パブリッシャーのクライアント全社のデータを収集している。この経営幹部が目指すのは「ハッシュ化したメールアドレスの件数を倍にする」ことで、「ハッシュ化したメールアドレスなら我々のコントロールが効くから、どの企業とも連携が可能で、自らの判断で必要なときに必要なデータを他社に提供できる」という。
しかし、その認識は正しいとはいえない。パブリッシャー側がある程度までコントロールできるのは、ハッシュ化したメールアドレスの文字列データを他社に提供する方法だけだ。この種のIDとしてもっともよく知られているのはUnified ID 2.0だが、このIDでは、パブリッシャーの望むようなレベルでデータ提供先を管理することはできない。
「Unified ID 2.0はプラットフォームをベースに運用されるIDで、開発者であるトレードデスク(The Trade Desk)やGoogleのDV 360などのDSP向けにつくられている。ただ我々としては、シートライセンス単位で管理して、当社がパートナー契約を結んだ代理店やグループ企業がIDをどう活用しているか把握したい。とはいえ、技術はまだそこまで成熟していない」と、サミット参加者で取材に応じた5人目のパブリッシャー幹部は指摘する。
さらに別の経営幹部は次のように述べている。「現在の運用環境では、(IDへの)アクセス権は『1対多』の関係にもとづいて付与されていて、我々は情報の追跡把握もままならず、信用も透明性も確保できない状態だ。そんな代替ソリューションは導入したくない」。
パブリッシャーが取るべき道は?
となると、パブリッシャー各社はどうすればいいのか? 今回のサミット参加者からは、「Cookie廃止後の未来で、パブリッシャー保有のデータがコモディティ化する恐れのない状況を思い描くのは難しい」とする意見も出た。しかし、「Life After the Cookie」(Cookie後の世界)と題する作業部会セッションで紹介された新たなID技術に希望を見いだした参加者もいた。
そのID技術の開発者が、米マサチューセッツ州に本社を置くアカマイ・テクノロジーズだ。作業部会のミーティングに出席したあるパブリッシャー幹部は、「データを他社に共有されずにすむという点で、適切なソリューションだといえる。データの扱いもマーケター中心だ」と評価する。アカマイは、コンテンツデリバリーネットワーク(CDN)として、事実上のデータクリーンルームの役割を果たすことになる。広告主が広告配信対象のオーディエンスセグメント情報を提供すれば、ユーザーのメールアドレスを開示しなくてもアカマイがターゲティング広告を配信してくれる。
「私はこの技術を支持する。マーケターがメッセージを訴求したいオーディエンスにターゲティング広告を表示でき、外部にデータを提供する必要がない。理論的には、最良のIDソリューションだろう」と、パブリッシャー幹部はいう。
それでも、この話には「ただし」が付く。前出の発言にあるように、「理論的には」が問題だと、作業部会に出席したもう1人のパブリッシャー幹部は指摘する。「アカマイのソリューションもたしかにいいと思う。ただし、現時点ではまだこの技術に投資しようという動きがない」。
[原文:Media Briefing: Publishers rail against opening up their first-party data in a post-cookie world]
Tim Peterson(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)