家電大手のべスト・バイ(Best Buy)が2022年1月、自社サイトに広告プラットフォームを設置してリテールメディア・ネットワークを確立した。これに乗じてビジネスチャンスを拡大すべく、パブリッシャー各社は小売事業者のサイトに自社サイトと同一のコンテンツを掲載するシンジケーション契約を結び始めている。
リテールメディア(Retail media)とはやっかいな用語だ。通常は、自社ECサイトなどのメディアプロパティで、顧客データにもとづくターゲティングが可能な広告を販売する小売業者またはビジネスモデルを意味する。しかしその定義からすると、記事に見せかけたサイト内の広告は、リテールメディアに含まれないのだろうか。いや、そのうち含まれるようになるのかもしれない。
主なキーポイント:
- 小売業各社はメディア事業を強化すべく、コンテンツ提供元としてのパブリッシャーに注目している。
- 広告主は、自社が広告を配信する小売店のECサイト上で、キュレーションをカスタム化したコンテンツやカスタム制作したコンテンツが増えることを期待している。
- 小売業者とパブリッシャー間の協力関係がより緊密になれば、広告主は、パス・トゥ・パーチェス(path to purchase)、顧客が購買にいたるまでの道のりが把握しやすくなる。
「判断がつかない、奇妙な状況」
家電大手のべスト・バイ(Best Buy)は2022年1月、自社サイトに広告プラットフォームを設置して「リテールメディア・ネットワーク」を確立し、ウォルマート(Walmart)やターゲット(Target)などの仲間入りを果たした。このトレンドに乗じてビジネスチャンスを拡大すべく、パブリッシャー各社は、小売事業者のサイトに自社サイトと同一のコンテンツを掲載するシンジケーション契約を結ぶなどの動きを見せている。
市場ではいま、小売業者が運営するリテールメディア・ネットワークとパブリッシャーが展開するアフィリエイト事業の境界線が薄れつつある。そんななか、ECサイトで商品販売とコンテンツ提供を織り交ぜる方法は、広告主が直面している課題の対策となる場合もあり、小売業者とパブリッシャー双方にメリットをもたらす。
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「小売各社はパブリッシャーの機能を果たそうと取り組んでおり、パブリッシャー各社は以前から小売業者のような機能をもっている。どちらを選ぶべきか判断がつかない、奇妙な状況だ」と、グループエム(GroupM)でグローバルコマース部門長をつとめるアンドリュー・ルーガー氏はいう。「パブリッシャーの規模とデータのほうが小売業者保有の広告在庫より魅力的と考えるか、それとも、小売業者が提供するデータとプログラマティック広告取引ツールを利用して、パブリッシャー保有の在庫から広告枠を買いつけるのが得策か?」
リテールメディアと提携するメディア企業
すでに取引関係にあるパブリッシャーと小売業者の例をみてみよう。BuzzFeedやメレディス(Meredith)といったメディア大手のパブリッシャーは、家庭用品などの自社ブランド商品をウォルマートのECサイトで販売するというライセンス契約を同社と締結している。また、パブリッシャー配信の記事中にECサイトに掲載された商品へのリンクを埋め込むアフィリエイト事業も広くおこなわれている。しかし、いま注目度が高まっている分野は、パブリッシャーが自社記事などのコンテンツを小売業者に提供し、サイト上で配信するビジネスだ。
あるメディア企業の幹部は次のように述べている。「リテールメディア事業を運営する会社はどこもみな、しかるべきコンテンツを求めている。当社でも、自社コンテンツを小売業者のサイトにシンジケート配信したり、そのサイト専用のコンテンツを制作したりといった可能性について議論を重ねている」。
コンテンツシンジケーションに関する議論はまだ緒に就いたばかりで、パブリッシャーと小売業者の収益配分方式を選ぶか、小売業者がシンジケーションのサービス料金をパブリッシャーに支払う方式にするかについてはまだ結論が出ていないという。こうして検討を続けているのはこのメディア企業だけではない。
バイス・メディアグループ(Vice Media Group)の最高デジタル責任者、コリー・ハイク氏は、同グループが複数のラグジュアリーブランドとのあいだで進めている商談について、米DIGIDAYポッドキャストの2月1日配信のエピソードで語った。バイス・メディアグループが考慮すべき点は、料金体系に加えて、コンテンツの表示方法の取り決めだ。提携先のECサイト上で配信するコンテンツに同グループのブランド名を記載するか否かの議論も含まれるという。
「契約条件については慎重に判断しなくてはならないが、当社は、ECサイトのコンテンツ充実をめざす小売各社から提携の打診をいただいている」とハイク氏は述べた。
広告主にとっての魅力
小売店における買い物客とPOSのデータは、広告主にとって魅力的だ。しかし小売業者のECサイトは概して、コンテンツ豊富とはいいがたい。おすすめ商品やレビューをはじめとするコンテンツが提供できれば閲覧者の行動に影響を及ぼし、見込み顧客の購買を促す可能性もあり、それにより広告主のニーズに応えることができる。
小売大手が運営するサイトのなかでもAmazonのオンサイト・アソシエイト・プログラム(Onsite Associates Program)は、コンテンツの豊富さでは例外といえる。しかし最近、注意すべき課題も出てきている。広告主としては、小売業者によるコンテンツシンジケーションの取り組みが、レコメンドウィジェット広告の真似に終わるのは望ましくないだろう。
「小売業者のコンテンツ強化における最大の課題は、成果を出すにはかなりの経営資源を要することだ」と、ティヌイティ(Tinuiti)で戦略マーケットプレイス・サービス部門のシニアディレクターを務めるエリザベス・マーステン氏は指摘する。「パブリッシャー配信の記事を上からスクロールしながら見ていくと、下のほうにタブーラ(Taboola)のプラットフォームを利用した、何でもありのレコメンド広告が表示されることがあるが、ああいう情報は見たくない。問題は、小売業者が運営するECサイトでは、不要なコンテンツが多すぎることだ」。
広告主が求めているのは、小売業者のサイトに配信される、キュレーションをカスタム化したコンテンツ、またはカスタム制作したコンテンツだ。リテールメディアに着目した広告主の狙いは、ダイレクトレスポンス広告だけではない。ブランド認知度を高め、商品の購入検討を促し、パス・トゥ・パーチェスの短縮を図ろうとしているのだ。
「消費者は、感情にもとづく判断を経て、短時間で購買の意思決定に至ることがあるものだ」と、OMDの米国コマース/成長戦略マーケティング部門長のジェイソン・コロン氏は述べる。
コンテンツとショッピング体験
小売業者がパブリッシャーとの連携強化を求める理由がコンテンツ不足対策だとすれば、パブリッシャーが小売業者と組む理由は、ショッピング体験の短所を補うためと思われる。
「価値あるアフィリエイト事業をめざすパブリッシャーのほとんどが、サイト利用者の購買行動の促進が想像していたより難しいことに気づいている」と語るのは、前出とは別のメディア企業の経営幹部だ。「パブリッシャー配信の記事が検索結果に表示されるとしよう。そのリンクをたまたま誰かがクリックして商品を購入する可能性はあるだろう。だが、ショッピングを意識しながらサイトを閲覧するユーザー行動の習慣化を促すのは難しい」。
もうひとつの課題は、自社に帰属する売上がいつ立ったかの判断で、3社目のメディア企業の幹部はこう述べている。「アフィリエイト事業では、ユーザーが広告へのリンクをクリックした事実は把握できる。だが、ユーザーが最終的に商品を購入したかどうかは、その情報が小売業者側から提供されないかぎり知りようがない」。
パブリッシャーのeコマース事業が伸びつづけているのはたしかだ。ただしここへきて、難しい時期を迎えている。「成長にともなう痛みを抱える段階に達すると、事業の発展度合いがよくわかる」と語るのは、1社目のメディア企業の経営幹部だ。「コロナ禍で我々は多くのことを学んできた。そしていま、ECサイトを介したビジネスの可能性を探るなか、業界における自社の影響力や支配権をどう活用すべきかを学んでいる」。
パブリッシャーにとって幸いなことに、小売各社のリテールメディア事業もまた、自らの成長にともなう痛みを経験しつつある。売上増を図るには、小売ならではの買い物客データが活用できるダイレクトレスポンス広告の需要を取り込むだけでなく、ブランド認知と商品購入検討の目標を達成しなくてはならない。それこそ、メディア企業が得意とする専門分野だ。
OMDのコロン氏はいう。「売上計測データの全体像を把握するため、今後、小売業者とパブリッシャーの協力関係がより緊密になるよう期待している」。
[原文:Media Briefing: Publishers eye opportunity to close the loop with retailers]
TIM PETERSON(翻訳:SI Japan、編集:小玉明依)