デジタル化によって、国や地域という制限を飛び越えられるようになったいま、拡大戦略にグローバル化は欠かせない。そんななか、集英社の「少年ジャンプ+」編集部は2年前、海外向けサービス「MANGA Plus(マンガプラス)」をローンチした。現在は、当初の50万MAUから10倍の500万MAUにまで伸長しているという。
デジタル化によって、国や地域という制限を飛び越えられるようになったいま、拡大戦略にグローバル化は欠かせない。
そんななか、集英社の「少年ジャンプ+」編集部は2年前、海外向けサービス「MANGA Plus(マンガプラス)」をローンチした。現在では、英語・スペイン語・タイ語・インドネシア語・ポルトガル語の5カ国語に対応しているこのサービス(日本語は非対応)。「週刊少年ジャンプ」「少年ジャンプ+」「ジャンプSQ.」「Vジャンプ」における作品群の最新話が日本を除く全世界でリアルタイムに、しかも「無料」で楽しめるようになっている。
「これまでは日本でヒットした作品が、世界へ伝播するのがスタンダードだった」と、同サービスの編集長を務める集英社の細野修平氏は語る。「だが、これからヒット作品は、世界同時に生まれる。『MANGA Plus』はそのプラットフォームになる」。
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DIGIDAY[日本版]が3月25日にザ・リッツ・カールトン東京で開催した、パブリッシャーエグゼクティブのためのイベント「DIGIDAY PUBLISHING SUMMIT 2021」。本記事では、そのイベントで細野氏が登壇したセッション「『MANGA Plus』が挑む、 世界同時ヒットの青写真:ジャンプのグローバリゼーション」の内容をサマリーにしてお届けする。
想定外だったデジタルの海外展開
もはや伝説となった『DRAGON BALL』や『ONE PIECE』だけでなく、いまも『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』などのメガヒット作品を量産し続ける集英社の「ジャンプグループ」。細野氏が統括する「MANGA Plus」は、そうした人気作品の最新話が、日本を除く全世界でリアルタイムに、しかも無料で読めるプラットフォームだ。
これまで圧倒的なコンテンツパワーと、その強力なIP(知的財産)を駆使した戦略で、日本のマンガカルチャーを牽引してきたジャンプグループ。だが、「MANGA Plus」ローンチの背景には、グローバル市場において、ある意味後塵に拝した、苦々しい想いがあるという。そのエピソードの発端は、2017年まで遡る。
当時、集英社の「少年ジャンプ+編集部」では「少年ジャンプ+」「ジャンプBOOKストア!」などのデジタルサービスを運営していた。現在は累計で1700万ダウンロードを突破している「少年ジャンプ+」は、『週刊少年ジャンプ』の電子版を購入出来るだけではなく、アプリオリジナル作品を連載し、無料で読めるマンガ誌アプリのサービス(電子版「週刊少年ジャンプ」を月額980円で定期購読することも可能)。また「ジャンプBOOKストア!」は、新作はもちろん過去作品の単行本を購入できる、電子書籍のアプリサービスだ。
「日本に限っては、十分なデジタルサービスを展開できている自負はあった」と、当時の状況を細野氏は振り返る。だが、これまで培ったナレッジとアセットを使い、デジタルにおいて海外進出を目指すことは想定していなかったという。「海外の読者は意識していなかった。しかし、デジタルサービスを推進していくなかで、国内外でさまざまな課題があることを知り、それが次第に『MANGA Plus』の立ち上げへと繋がっていった」。
集英社の細野修平氏
キッカケとなった3つの課題
ジャンプグループが直面した課題とは、次の3つだ。
1つ目は、「海賊版の横行」。日本では「STOP! 海賊版」など撲滅に向けた活動が周知されているが、2017年ごろ、海外では大量に海賊版が流通している状況だった。そもそも、ライセンス許諾を得た正規版のマンガが読めるデジタルサービスが少ないため、特に英語圏やスペイン語圏で大量に複製されていたという。ちなみに、2017年といえば、日本でも海賊版のマンガビューアサイト「漫画村」が大きな影響力を持ちはじめたころだ(「漫画村」は2018年4月に閉鎖)。
2つ目が、「新たなマンガプラットフォーマーの台頭」だ。2017年当時、Google Playのコミックスカテゴリーで世界的に人気を得ていたのは、韓国の「Webtoon(ウェブトゥーン)」や「comico(コミコ)」、「レジンコミックス」だった。海賊版のサービスを含めると、中国のアプリも目立っていた。
そして、3つ目が「海外におけるマンガの存在感の薄さ」である。現代ビジネスに掲載されていた講談社の推計によると、世界におけるマンガの市場規模は日本が約4400億円に対し、海外は約1000億円程度。海外市場の売上推移は好調だが、それでも日本の1/5程度にしかならないという。「海外におけるマンガの立ち位置は、日本でのアメコミに近いイメージ」と、細野氏は指摘する。「国内ではメインカルチャーであっても、海外においてはマニアックな人向けのコンテンツになっている」。
マンガは日本が世界に誇る文化だ。それは、国外であっても、異論を唱える人間はいないだろう。しかし2017年当時、ことデジタルのグローバル市場においてマンガは、海賊版や海外の新興プラットフォーム、そしてその他のエンターテインメントに押され、存在感が希薄になっていた。そうした状況が、「MANGA Plus」立ち上げの機運を高めていったという。
データドリブンで新規読者を創出
そして2019年1月、「MANGA Plus」はローンチされた。当初は、英語版のみでスタートしたが、その後、スペイン語版、タイ語版、インドネシア語版、ポルトガル語版を追加し、現在に至る。スタートから約2年が経過したが足元の数字は好調だ。
現在はMAU(マンスリーアクティブユーザー)が、サービス開始当初の50万MAUから10倍の500万MAUにまで伸長。特にトラフィックが高いのはアメリカやメキシコ、タイ、インドネシアだ。ユーザー数が堅調に伸びているのは「MANGA Plus」のコンテンツパワーだけが理由ではない。細野氏は「閲覧数や閲覧実績などのユーザーデータを、デイリーやマンスリーごとに参照しつつ、施策を打っていることが奏功した」と分析する。
「MANGA Plus by SHUEISHA」のトップページ
たとえば、当初はタイ語に対応していないのにもかかわらず、国別ランキングでタイが頻出することがあった。現地の出版社にリサーチをすると、タイのマンガファンはわざわざ英語を勉強して読むほど熱量の高いファンがいることが判明した。そこで、「MANGA Plus」をタイ語対応にアップデートすると読者が増加。同様にインドネシアにもファンが多いことから、タイの施策と同様のネイティブ対応を行い、読者数の増加が見込めるという。
また、海賊版への抑止効果も見られた。米国の掲示板サイト「レディット(reddit)」では、これまでジャンプ作品の海賊版へと遷移するリンクが掲載されていたが、管理者がそれを禁止するサイトポリシーを発表するという動きもあった。「このような動きが世界各地であり、読者の意識も変わってきた。海賊版サイトへの抑止効果についても一定の成果が得られた」と、細野氏は語る。
世界同時ヒットを生むための青写真
国内外における、マンガのデジタルサービスの課題感からスタートした「MANGA Plus」。サービスを続けていくなかで、ヒット作品を生み出すための新たな手法が芽吹いてきた。そのカギとなるのが「世界同時」だ。
たとえば「少年ジャンプ+」で連載されている人気作品『SPY×FAMILY』。現在、コミックスを6巻刊行し、累計発行部数は800万部を超えるヒット作品となっている。『SPY×FAMILY』は、「少年ジャンプ+」と同時に「MANGA Plus」でも連載をスタート。すると日本だけでなく、海外でも人気を獲得する作品へと瞬く間に成長した。ちなみにこの作品は、『週刊少年ジャンプ』では連載されていない(予告マンガや出張掲載の経験はあり)、「少年ジャンプ+」発のオリジナル連載作品だ。
従来の手法であれば、日本での売上実績をリサーチしたうえで、海外のライセンシーが自国での出版権利を獲得するべくパブリッシャーに交渉することが多い。しかし、同作では「MANGA Plus」の反響を鑑みて、日本でコミックスが刊行される前に翻訳のオファーが来たという。さらに国内メディアよりも早く、作品の映像化についての打診もあった。
「これまでは日本でヒットした作品が世界へ伝播するのがスタンダードだった」と、細野氏は指摘する。「だが、これからは日本を含めて世界同時にヒットする作品が出てくる」。
ファンの「熱量」が集まる場づくり
競争が苛烈になるなかで、「MANGA Plus」は勝ち残るためにどんな戦略を描くのか。「Webtoon」のようなプラットフォーマーが影響力を増しているが、「MANGA Plus」は「プラットフォーム」「ファンコミュニティ」「ヒットを作る場」として、ユニークネスを発揮していくと細野氏は語る。
まず、「プラットフォーム」として未来のヒット作品に備える。世界同時にヒット化したときの受け皿としてのプラットフォームがあれば、多くのファンが集う場所となる。そのためには作品数だけでなく、対応言語も増やすことが求められる。次に「ファンコミュニティ」を醸成することで、ヒット作品の下地作りを担う場所へ育てていくという。具体的には、アニメやマンガの分野で人気のチャットツール「ディスコード(Discord)」を導入。運営側とユーザーだけでなく、ユーザー同士でコミュニケーションが取れる場所を用意し、ファンの熱量が集まる場づくりを目指した。
ポルトガル語に翻訳された「ONE PIECE」
そして、最後が「ヒットを作る場」としての成長だ。今後はさらに海外市場が拡大し、自動翻訳などのテクノロジーの向上で、国や言語の壁を超えて、マンガが読まれる機会が確実に広がるという。だからこそ、海外市場に対応した作品づくりも求められることになる。
マンガのグローバリゼーションは止まらない。しかし、そのなかで誰が覇権を握るのか、まだ誰にも分からないのが実状だ。しかし良質なマンガを生み出せるのは、コンテンツホルダーであることは間違いない。
「世界同時にヒットする作品は、アニメ、ゲーム、ドラマでも、グローバリゼーションとともに加速度的に増えている」と、細野氏は締めくくる。「『MANGA Plus』はマンガのフィールドで、世界同時ヒット作品の創出にチャレンジしていきたい」。
Written by 海達亮弥、長田真
Photo by Courtesy of 集英社(キャプチャー)
Photo by 渡部幸和(人物)