ニューヨーク・タイムズ(The New York Times:以下、NYT)が、ダイナミックなペイウォールの導入を計画している。既存購読者を維持し、解約率を減らす取り組みに集中することで、サブスクリプションビジネスを次のフェーズに移行させようとしているのだ。
ニューヨーク・タイムズ(The New York Times:以下、NYT)が、ダイナミックなペイウォールの導入を計画している。既存購読者を維持し、解約率を減らす取り組みに集中することで、サブスクリプションビジネスを次のフェーズに移行させようとしているのだ。
NYTのCEO、マーク・トンプソン氏が決算発表で語ったところによると、同社の第3四半期は、デジタル購読者の数が300万人を超え、有料購読者の数が全体で400万人に達するなど、好調に推移したという。特にデジタル購読者数は、2016年の米大統領選挙直後にトランプ効果が起こって以来最大となった。もっとも、購読者数の増加は、いくつかの犠牲によって実現したものだ。ユーザーあたりの平均収益は、前年同期比でも前期比でも1%減少した。また、第4四半期なっても1契約あたりの平均収益(ARPU)は減少を続ける見込みだと、同社の幹部らは述べている。
収益が落ち込んだ主な原因は、大胆なディスカウントにある。NYTは、新規購読者を対象とした週1ドルキャンペーンを6週間にわたって展開して、購読者数を大きく伸ばしたが、収益は損なわれた。また、サイト訪問者がペイウォールに達するまでに読める記事の本数を、1カ月あたり5本から4本に減らしている。
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NYTでは、第4四半期から2019年にかけても、新規購読者向け価格、無料で読める記事の数、ユーザー登録、セット価格などの取り組みで実験を続ける予定だと、トンプソン氏は決算発表の場で明らかにした。
さまざまな実験を通じて
NYTで消費者収益担当シニアバイスプレジデントを務めるハナ・ヤン氏によれば、こうしたさまざまな実験を通じて、メーター制課金がコンバージョンにもたらす影響を調査することで、登録者の拡大と購読者のライフタイムバリュー(顧客生涯価値:LTV)の向上を図っているという。ほかのパブリッシャーと異なり、NYTは表示される記事を読者に合わせてカスタマイズできる機能を提供しておらず、無料で読める記事の数を増やす場合は、すべての読者に対して一律に行う予定だと、ヤン氏は米DIGIDAYに語った。
「我々は、エンゲージメントファネルのさまざまな層から購読者を獲得している」と、同氏はいう。「購読者層ごとに適切な価格や適切な記事制限数を把握するという、初期のフェーズに我々はいるのだ」。
NYTは、消費者向けビジネスとデジタルペイウォールで成功した数少ないパブリッシャーのひとつで、収益の3分の2をサブスクリプションから得ている。だが、以前から目標にしている購読者1000万人の達成にはほど遠い。あらゆるサブスクリプション型パブリッシャーが、獲得できるサブスクリプションの数に上限はあるのか、あるとすればどれくらいなのかという問題に直面しているのだ。NYTの場合、熱心な購読者をすべて獲得してしまえば、あとはもっと価格に敏感な人たちを、ニューヨーク外では年間1000ドル(約11万円)もするような宅配サービスに向かわせなければならない。
同社が、大幅なディスカウント、無料で読める記事数の削減、フレキシブルなペイウォールの導入といった策を講じるのはこのためだ。また、「クッキング(Cooking)」(週1.25ドル)や「クロスワード(Crossword)」(週6.95ドル)といったニッチな製品を開発している。第3四半期には、新規購読者の30%をこれらの製品から獲得した。
フレキシブルなペイウォール
それでも、NYTにはまだ多くの可能性があると、メディアアナリストでNYTのウォッチャーでもあるケン・ドクター氏は指摘する。トランプ政権がまだ2年以上続くなか、学歴の高い人が増え、ニュースにお金を払う価値があるという考え方が広まっているからだ。ドクター氏によれば、NYTは価格抵抗感を和らげようとしている可能性が高い。そのため、ウォールストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal:WSJ)やハーストニュースペーパーズ(Hearst Newspapers)などのパブリッシャーと同じく、ディスカウントやフレキシブルなペイウォールを導入して、価格に敏感な読者層にリーチする方法を探っていると同氏はいう。
WSJでメンバーシップ担当ゼネラルマネージャーを務めるカール・ウェルズ氏によれば、同社はダイナミックペイウォールを導入したことで、購買ファネルの各読者層に合わせてユーザー体験を調整し、人々が有料購読する可能性を判断できるようになったという。このおかげで、コンバージョン率が大幅に改善したとウェルズ氏は述べている。
「ペイウォールが導入されてから10年近く経ったいま、デジタルサブスクリプションは、多くの人が利用してきたサブスクリプションサービスより、はるかにカスタマイズできるようになっている」と、ドクター氏はいう。「つまり、汎用的なアプローチではだめなのだ。人々が有料購読してくれる可能性を、価格、読んだ記事の種類、読んだ記事の量に基づいてテストできる手段がたくさんある。さまざまなマーケティングの取り組みを試せるのだ」と、ドクター氏は語った。一方、NYTのヤン氏は、こうしたさまざまな実験を行ううえで大切なこととして、サブスクリプションビジネスに関する豊富な経験ではなく、優秀な人材を挙げている。
ユーザーあたりの収益への影響については、短期的には影響が出ても、長期的には購読者のライフタイムバリューの向上につながるとNYTは考えている。また、ニッチなサブスクリプション製品とニュース製品をセットにする方法で、販売価格を月額10ドル以上に引き上げている。
未来と現在の適切なバランス
無料で読める記事の数を減らしたり、ユーザー登録を義務付けたりする取り組みは、デバイスやブラウザを変えてペイウォールの制限を回避する行為を取り締まり、適切な料金を払ってもらうようにするのに役立つ。
ただし、有料購読者を増やそうとして制限を強めすぎると、次の購読者を育てるのに必要な認知度の向上や購読習慣の形成に失敗するリスクが高まると、スクロール(Scroll)の創設者であるトニー・ハイル氏は指摘する。同社は、1回の支払いで複数のパブリッシャーの記事にアクセスできるバンドル製品を手がけるスタートアップだ。「未来のオーディエンスの開拓を犠牲にすることなく、適切なペイウォールで購読者を最大限に増やすることは、非常に難しいチャレンジだ」と、ハイル氏は語った。
Lucia Moses(原文 / 訳:ガリレオ)