デジタル動画は売り手市場だ。パブリッシャーはテレビネットワークのように考えはじめた。Facebookで儲けられないパブリッシャーはプラットフォーム向けにコンテンツ制作し、質の高いコンテンツやオーディエンスを求める外部配信チャネルにライセンス提供する取り組みをはじめている。
デジタル動画は売り手市場だ。パブリッシャーはテレビネットワークのように考えはじめた。
6月には、科学専門のパブリッシャー、インバース・プレス(Inverse Press)が、8つの新番組の制作をはじめたことを明かした。そのうち、「サイエンス・アンド・チル(Science and Chill)」と「ミーム・ハンターズ(Meme Hunters)」の2つは、すでに2つのプラットフォームに販売された。また、さらに2つの番組で、広告によるマネタイズが期待できるという。
インバースは、動画パブリッシャーとして知られた企業ではない。だがいま、プラットフォーム、OTT(オーバー・ザ・トップ)サービス、そしてパブリッシャー各社が、オーディエンスとコンテンツをこぞって追い求めている状況だ。そこで、インバースのようなパブリッシャーは、プラットフォーム向けにコンテンツ制作し、質の高いコンテンツやオーディエンスを求める外部配信チャネルにライセンス提供する取り組みをはじめている。彼らはそのために、配信プラットフォーム向けのショートフォーム動画を次々と制作するのではなく、少ないリソースを活かして動画コンテンツを制作することで利益を得ようとしている。
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「このやり方なら、1日に20本の動画を制作できるほど大量のスタッフを抱えていなくてもいい」と、インバースの創設者、デイブ・ネメッツ氏はいう。「クリエイティブなスタッフの確保が重要になる」。
ほとんどのパブリッシャーにとって、ライセンスはまだ大きな収益源になっていない。だが、早くからはじめたパブリッシャーは多くの可能性を見出している。「カレッジ・ヒューマー(CollegeHumor)」や「ドークリー(Dorkly)」の親会社であるエレクタスデジタル(Electus Digital)は、2015年から10を超える異なるプラットフォームに自社のデジタル動画シリーズをライセンス販売している。エグゼクティブバイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーのシェイン・ラマニ氏によれば、今後5年間で、同社の動画関連収益の3分の1はライセンス収入が占める見込みだという。
「我々は、知的財産の開発とマネタイズを手掛けている」とラマニ氏は語った。
量から質へ
3年前には、ほとんどのパブリッシャーが動画に参入すべき理由を見い出せなかった。動画はテキストよりも多くのリソースが必要になるうえ、オーディエンスを構築できるプラットフォームがYouTubeを除けばほとんどなく、自社でマネタイズを行わざるを得なかったからだ。
しかし、状況はあっという間に変化した。プラットフォームやOTTネットワークが次々と誕生したほか、ベライゾン(Verizon)のストリーミングサービス「ゴー90(go90)」、「YouTube Red」、コムキャスト(Comcast)の「ウォッチャブル(Watchable)」といったサブスクリプションサービスが続々と現れたのだ。それらの多くは、ベライゾン、Google、Amazonなどの資金が潤沢な企業の支援を受けている。また、さらに注目すべきことに、Facebookも自社を一大動画メディアにするための取り組みを開始した。Facebookは、広い意味での視聴者数に関して、記録的な速さで驚くべき数を達成。2014年10月には、月間動画視聴数でYouTubeを上回った。
動画が大きな収益をもたらす可能性に目をつけたパブリッシャー各社は、ショートフォーム動画の制作にリソースを注ぎ込み、大規模に配信しはじめた。なかには、動画制作の効率をさらに高めることに注力したパブリッシャーもいた。
だが、もっぱらショートフォーム動画に取り組んでいたFacebookが、ユーザーの利用時間の拡大が見込めるロングフォーム動画を優先する方針に変更した結果、パブリッシャーは戦略の転換を余儀なくされた。Facebookでの視聴から得られる利益が限られていることに嫌気がさしたパブリッシャーは、ほかの方法で利益を生み出すことを考えはじめたのだ。
「レガシーメディア企業ではなく、新興メディア企業がコンテンツを所有すれば、大勢のオーディエンスと投資家の関心を集めることができる」と、法律事務所トロイグールド(TroyGould Attorneys)のエンターテインメント担当弁護士で、「ハリウッドレポーター(Hollywood Reporter)」の寄稿編集者でもあるジョナサン・ハンデル氏はいう。
値札と収支
Facebookは最近、パブリッシャーと提携して、4~10分程度の動画を制作しはじめた。ハンデル氏によれば、こうした提携はライセンス市場の形成に役立つ動きだという。また、動画を配信する場所には事欠かない。実際、コンデナストエンターテインメント(Condé Nast Entertainment)は、Spotify(スポティファイ)、スカイ(Sky)、Amazonに動画をライセンス提供している。また、リファイナリー29(Refinery29)は、「ゴー90」などのモバイルサブスクリプションサービスやデルタ航空(Delta Air Lines)などに動画をライセンス販売。エレクタスデジタルのラマニ氏によれば、同社は、以前から世界規模で手がけている権利販売ビジネスのノウハウを活かして、多くの国に動画をライセンス提供しているという。
ライセンス期間は、数週間にすることも1年以上にすることも可能だ。そのため、同じコンテンツが新しいプラットフォームで配信されるたびに、パブリッシャーはライセンス料を請求できる。とはいえ、現時点ではそれほど大きな金額を請求できない。ライセンス購入企業のほとんどが、まだ多くのオーディエンスを獲得できていないからだ。たとえば、「ゴー90」の月間アクティブユーザー数(MAU)は210万人に過ぎないと、モバイルアプリ市場調査会社のアップアニー(App Annie)は報告している。
「ライセンス契約はいつも期間が短いわけではないが、金額が少ない場合には当然、契約期間も短くなる」と、大手会計事務所PwC(プライスウォーターハウスクーパース)でエンターテインメントとメディア分野のアドバイザリー責任者を務めるグレッグ・ボイヤー氏はいう。
もうひとつの問題は、独自の番組制作に取り組むプラットフォームが存在することだ。加入者がようやく150万人に達した「YouTube Red」は、いまのところ、以前にほかの場所で公開された動画コンテンツのライセンスの取得を行ってはいない(ただし、映画祭で上映されたコンテンツについては、ライセンスを取得している場合がある)。
短くなる配信期間
その昔、テレビ向け番組を放送局にライセンス販売していた制作会社は、1シーズン分の番組がその放送局で一定の長い期間、放送されることを期待できた。だがいま、ひとつの番組のために確保される放送期間はせいぜい数週間だと、パブリッシャー各社は述べている。理屈上では、番組を何度も繰り返し配信してオーディエンスを増やすチャンスがパブリッシャーにはあるのだが、実際にはそうとは言い切れないということだ。
「番組が人気を得るペースはかつてないほど速くなっている。だが、人気がなくなるペースも、いままでにないほど速くなった」と、コンプレックスネットワークス(Complex Networks)のCEO、リッチ・アントニエロ氏はいう。「そのため配信期間は、今後も短くなるばかりだろう」。
したがってパブリッシャーは、オーディエンスに負担を感じさせない範囲で、ライセンス購入企業に代わって番組を宣伝する方法を見つけ出す必要がある、とアントニエロ氏は指摘する。「オーディエンスを惹きつけるやり方については我々は理解している」と同氏。「たくさんのプレーヤーたちが少しでもマネタイズできるようにと奮闘しているところだ」。
諦めないことが肝心
動画中心のパブリッシャーは、昔の人気ドラマ「となりのサインフェルド(Seinfeld)」のように、複数のシーズンを手がけて収益をあげられるようになりたいと考えるだろう。だがいまはまだ、あらゆることが初期の段階だ。そのため、コンテンツをできるだけ多くの人の目に触れさせ、番組コンテンツ制作会社としてブランドを確立できるのなら、ライセンス料金に対して柔軟なアプローチを採ることをいとわないパブリッシャーもいる。
一部のパブリッシャーが異なる方向で取り組みを進めているのはそのためだ。チャイブTV(Chive TV)は、レジグネイション・メディア(Resignation Media)が提供する家庭外の視聴者向けバイラルコンテンツ動画を無音声でストリーミングしている。場所は、ロイヤル・カリビアン・クルーズ(Royal Caribbean Cruises)のクルーズ船、ウェスティンホテル(Westin Hotels)、デイブ・アンド・バスターズ(Dave & Buster’s)のレストランなどだ。チャイブTVでは、無料でコンテンツの配信利用をはじめられるようにすることで、世界中で1400以上のスクリーンを確保している。また、ストリーミングデバイスの「ロク(Roku)」を購入してコンテンツ配信に利用することもある。
2017年の夏には、バーを対象として、月額200ドル(約2万2500円)でチャイブTVのストリーミングコンテンツにプログラマティック広告を挿入できるサービスをはじめる予定だ。
レジグネイション・メディアの創設者兼プレジデントのジョン・レジグ氏は、最終的にはチャイブTVにアクセスするための月額または年額のライセンス料を高額で設定できるようになると予測している。だが、いつそうなるのか、また本当にそうなるのかについては、仲間内でも議論が続いているという。
レジグ氏の考えでは、チャイブTVが高額のライセンス料を毎月請求できるようになるためには、世界中の2000を超える場所で見られるようにすることが必要だ。それが実現すれば、チャイブTVを見る旅行者の数がクリティカルマスに達すると同氏はいう。
「まず人々を夢中にさせなければ、次に進むことはできない」とレジグ氏は語った。
Max Willens(原文 / 訳:ガリレオ)