デジタル化の波の中で、出版業界ではコンテンツのディストリビューションと顧客維持機能を果たしていた取次や書店が弱体化。デジタル領域で独自に読者データの保有し、流通・広告配信の最適化に取り組むことが急務だ。
スマホシフトがかつてないスピードで進む中、コンテンツのデリバリーや広告ビジネスのあり方はどう変わるのか、講談社 第一事業局 局次長の長崎 亘宏 氏に聞いた。同社は2016年3月に『クーリエ・ジャポン』を完全デジタル化し、有料定期購読モデルに移行した。
デジタル化の波のなかで、出版業界ではコンテンツのディストリビューションと顧客維持機能を果たしていた取次や書店が弱体化している。創業107年の老舗講談社もデジタル領域のビジネスを立ち上げることが急務になっている。
同社は2016年3月に『クーリエ・ジャポン』を完全デジタル化し、有料定期購読モデルに移行。JIAA(日本インタラクティブ広告協会)ネイティブ広告部会座長として、ガイドラインや広告効果指標の整備に取組む、講談社 第一事業局 局次長の長崎亘宏氏は「広告価値の再構築に必要なのはネイティブ広告と動画広告だ」と指摘している。
スマホシフトがかつてないスピードで進むなか、コンテンツのデリバリーや広告ビジネスのあり方はどう変わるのか、長崎氏に聞いた。
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ーーパブリッシャーのデジタルビジネスについて、どう見ていますか?
2016年は、インターネットネットメディアやデジタル広告の分野で多くのエポックメーキングな出来事が起きました。ひとつは、電通、博報堂という巨大広告会社がデジタルビジネスを推進する専門会社として電通デジタル、博報堂DYデジタルを立ち上げたことです。その対極にはコンサルティングファームのデジタル部門の台頭があり、組織や人の流れに大きな動きが見られました。
もうひとつは、ずっと本格化するといわれた動画広告、ネイティブ広告がいよいよ本格化してきたことです。その一方、ステルスマーケティング(ステマ)やアドブロックの問題など、デジタル広告に関するマイナスの話題も取りざたされ、多方面で問題意識の多い1年といえます。
ーーネット広告の単価が安いといわれますが、「量から質」への転換についてどんな解決策がありますか?
ネイティブ広告は、出版社にとって高収益型の広告ビジネスは何かを考えるひとつの契機といえます。生活者はスマホにシフトし、2015年、スマホのインターネット利用者がはじめてデスクトップ利用者を追い越しました。
また、従来型ディスプレイ広告枠のクリック率は低下し、換金率も低下。日本のネット広告のインプレッション単価は、米国市場に比べると3分の1とも5分の1ともいわれます。
広告主の「コンテンツ志向」は高まるなかで、業界は従来のCPCやCPAにかわる新しい広告価値の再構築を志向しています。その決定打となるのが、ネイティブ広告と動画広告だと考えています。
従来の評価指標はポストクリック、いわばマーケティングファネルでいうところの「理解」や「購入意向」といった領域を主にカバーしていました。ネット広告の価値を高めるためには、6兆円という国内広告市場全体の視野での最適化が必要です。すなわち、ネット広告が、企業のマーケティング活動における「認知」「ブランディング」の役割を真に担わないと、「量から質」への転換はできないのです。
つまり、「見込顧客の顕在化」という従来のネット広告の役割は、プログラマティック広告や高度なターゲティング広告などが担い、「顧客開拓」の役割はネイティブ広告や動画広告が担うという構造改革が必要だと考えます。
ーースマホシフトで利用者のメディアへの接触時間も大きく変わりました?
博報堂DYメディアパートナーズの「メディア定点調査2016」によれば、メディア総接触時間に占める「携帯・スマホ」と「タブレット」の割合が約3割に迫っています。広告主の広告配信先としては、事実上、スマートデバイスがファーストメディアといえるでしょう。
スマートデバイスではアプリとして雑誌のみならず、新聞もラジオもテレビも入っています。つまり、レガシーメディアである我々は、コンテンツのデリバリー先としてのファーストメディアが何かを考えなければなりません。
一方で、セグメントされ良質な読者を擁する紙の雑誌は、まだまだアクティブなメディアであることも事実です。そこで、たとえば、プライマリーメディアをスマートデバイスが担い、プレミアムメディアを紙が担うという可能性もあるのではないでしょうか。
我々パブリッシャーのコンテンツがどれだけデジタル化されているかという前提に立ち、セルフペイドメディアである雑誌が、生活者にどれだけの価値を提供しているかを戦略的に考える必要があります。たとえば、IT系のWebメディアが紙の定期購読誌を創刊する事例や、女性向けキュレーションサービス「MERY」が雑誌を創刊し、全国で約5万部を完売した事例もあります。MERYの事例では、書店に来店したのは普段あまり書店に来ないような若年層でした。
つまりO2O(オンライン・ツー・オフライン)は決して一方向ではないのです。そこの発想の転換が必要でしょう。
ーーオンライン上のコンテンツの価値についても考える必要があるということでしょうか?
ネット上の情報はタダという「共通認識」がインターネットビジネスの成長を阻害しているという指摘もありますが、私は、パブリッシャーが「何を読ませたいのか」を主体的に提示していくことも大事ではないかと思います。
もちろん、正しく情報を伝えることが大事なのはいうまでもありませんが、生活者にどういうオピニオンをぶつけて、どう導くのか、パブリッシャーがイニシアチブを握るのだという矜持を持つことが大事ではないでしょうか。
ーーコンテンツディストリビューションは、プラットフォームであるヤフージャパンがかなりの部分を握っているのが現状です。パブリッシャーは、ディストリビューションをプラットフォームに委ねて収益を分け合うのか、あるいはもっと積極的に関与すべきでしょうか?
いままでメディアはトラフィックが欲しかった。それが広告換金できた時代でもあったのです。しかし、直帰率が高い「顔の見えない」ユーザーのトラフィックがどれだけ必要かは真剣に議論すべきときに来ています。つまり、プラットフォームに対するメディアの向きあい方も変わっていく必要があります。
これまでは、トラフィックや規模の「拡大」「加速」「スピード」ばかりが重要視されてきました。これからはアクセルではなく、「制動力」の時代ではないでしょうか。
すなわち、オーディエンスを逃がさない、時間を止める、記憶を留めるということです。そして、この「留める力」がパブリッシャーのコンテンツの力なのです。オーディエンスの時間を止めることができれば、コンテンツの読了率も上がります。コンテンツの力がメディアブランドになるのです。
ーーフィナンシャル・タイムズは、ディスプレイ広告の新たな指標に、広告の表示時間をベースにした「CPH(Cost-Per-Hour)」を提唱しています。
「時間」という価値はわかりやすいです。コンテンツ力、メディアブランド力をどのように可視化するかは業界の関心事でもあります。
JIAAネイティブ広告部会でも、広告効果測定の実証実験を行っているところです。インフィード広告枠とコンテンツタイアップによるネイティブ広告と、通常のディスプレイ広告枠とランディングページの組み合わせとでは、エンゲージメントのスコアにどんな違いがあるかを検証していますが、こういうことの積み重ねが価値の証明につながるかもしれません。
ーーあらためて、メディアブランドを高めていくためには何が必要でしょうか?
パブリッシャー自身が、広告枠の最適化や全体のPDCAを回すことが求められています。たとえば、従来のメディアの純広枠でいえば、ある程度アクセスできるものは手売りで、それ以外のものはまとめてアドネットワークに配信というパターンが多くありました。
しかし、今後は、より高単価が維持できるプログラマティック広告にシフトしていく流れは必須で、しかもその選択肢も増えてきました。たとえば、参加できる広告主とメディアが限定されたPMP(プライベートマーケットプレイス)などは、その一例です。
いずれにしても、過渡期であるからこそ「生活者」「広告主」「メディア」の三者にとってメリットのあることは何かというのを考えていくことが大事です。
レガシーメディアがブランド力を高め、プレミアムでプライベートなポジションを確立するためには、たとえば、百貨店で売っているバッグと同じものが、ディスカウントショップで安く売られていては成立しません。つまり、ある程度、分散型の成功パターンを踏襲しつつも、コンテンツやニュースの配信先はパブリッシャー側で見極めていくという作業が、今後は必要になってくるはずです。
ーーインターネットはより高速化し、デバイスの処理能力はさらに上がっていくでしょう。モバイルシフトの先には何があると考えますか?
まずは、スマートデバイスがプライマリーメディアになる大きな可能性を秘めています。とはいえ、スマホのスクリーンサイズが、いまの倍のサイズになるわけではありません。
こうした物理的な制約や可処分時間の問題、たとえば、いくら予算をかけてコンテンツを作って、届けても「ポケモンGO」に奪われてしまうかもしれないという流動性の問題は、スマホの可能性とセットで考えなければならないでしょう。
ーーサブスクリプションモデルについては今後どのように取り組みますか?
講談社では『クーリエ・ジャポン』が2016年3月に完全にデジタル化し、月額1058円の定期購読モデルとなりました。『現代ビジネス』は一部有料コンテンツもありますが、基本的にコンテンツはオープンです。
我々にとっては、好きで読んでくれる読者=「好き者」が大事な資産です。「顔の見える」読者を集めたいというのがメディアとしては急務で、そのためにコンテンツ提供以外の体験型サービスを考えるなど、大きな課題意識を持って取り組んでいます。
ペイウォールを導入するのは収入面のみならず、読者を色々とセグメントしたいという思いもあります。ペイウォールを立てることで、顔の見えない読者を「ファン」に変えることができる。読者データの保有がメディアにとって、もっとも優先すべき課題だからです。
パブリッシャー自身が独自に「顧客ID」を構築し、それによって、進学、就職、結婚、出産、子育てなど、読者のライフステージに応じたライフタイムバリューを提供することが、出版社にとっての大きなチャレンジになると考えています。
▼長崎 亘宏
講談社 第一事業局 局次長 兼
ライツ・メディアビジネス局 局次長デルフィス、マッキャンエリクソンそれぞれのメディアプランニング職を経て、2006年、講談社に入社。雑誌、コミック、デジタルメディアの広告商品開発やイベント事業に携わる。2010年より、雑誌広告効果測定調査「M-VALUE」設立に従事。2014年より、JIAA(日本インタラクティブ広告協会)ネイティブ広告部会座長として、ガイドラインや広告効果指標の整備に取組む。2015年、第3回webグランプリ「Web 人 of the year」を受賞。
Written by 阿部 欽一
Interview by 吉田拓史、阿部 欽一
Photo by 渡部幸和