書籍『世界一わかりやすいDX入門』の著者である各務茂雄氏は、3月25日に開催された「DIGIDAY PUBLISHING SUMMIT 2021」のセッション「パブリッシャーの未来を創る、「GAFAな働き方」とは?:KADOKAWAが実践するDX戦略」に登壇した。本稿では、そのサマリーをご紹介する。
日本文化を支えるパブリッシャーの価値を残し、再生するには、やはりDX(デジタルトランスフォーメーション)が欠かせない。特にいまは、コロナ禍によってテレワークが普及し、国からの後押しもある。まさに、DX推進には絶好の機会といえるだろう。
しかし、とりわけパブリッシャー業界は、スキルや経験値が属人化しやすく、標準化が困難だ。「データとデジタル技術を活用して、ビジネスモデルを変革し、競争上の優位性を確立すること」がDXだとしたら、それがもっとも難しい業界のひとつなのかもしれない。
「『クールジャパン』などともてはやされているように、日本の文化は世界でもっとも多様性に富んでいると思う。それにもかかわらず、パブリッシャー業界は、DXが十分には進んでいないために、本来得られるべき収益をGAFAのようなプラットフォーマーに取られてしまっている」と、KADOKAWA Connected(カドカワコネクテッド)代表取締役社長の各務茂雄氏は語る。「我々が適切にDXするためには、各社独自の強みを活かしたうえで、利益を生み出し、ビジネスを継続できるメカニズムが必要だ」。
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日本マイクロソフトやAWS(アマゾンウェブサービス)などを経て、KADOKAWA傘下のドワンゴに移籍した各務氏は、ニコニコ動画のインフラ改革を行い、20億円のコストダウンを実現した人物だ。現在では、KADOKAWAグループ全体のDXを推進するために、そのバックエンドを支える関連子会社KADOKAWA Connectedで、現職に就いている。
最近では、書籍『世界一わかりやすいDX入門 GAFAな働き方を普通の日本の会社でやってみた。』(東洋経済新報社)も上梓した各務氏。3月25日にザ・リッツ・カールトン東京で開催された「DIGIDAY PUBLISHING SUMMIT 2021」のセッション「パブリッシャーの未来を創る、「GAFAな働き方」とは?:KADOKAWAが実践するDX戦略」に登壇した。本稿では、そのサマリーをご紹介する。
KADOKAWA Connected 各務茂雄氏
DXの本質は「爆速経営」をすること
一般的に「パブリッシャーのDX」としてイメージされるのは、コンテンツの電子化、マーケティングや広告のデジタル展開、IDによるユーザーの囲い込みなどだろう。特に紙の文化に慣れている出版社にとっては、紙の書籍に電子書籍版が加わるだけでも、大きな進歩のように感じられるかもしれない。
確かにそれも、デジタルビジネスをスタートしたという点ではひとつの成果ではあるが、当然ながらDXはそこで終わりではない。「DXというから電子書籍をつくってみたけれど、思うように収益があがらない。やはり出版にはデジタルは向いていないんじゃないか?」。ーーそんな感想を抱いたことがあるパブリッシャーの担当者は少なくないだろう。
重要なことは、DXを進めるなかで得た知見をもとにPDCAを高速で回し「爆速経営」をすることだ。これは、パブリッシャーに限ったことではない。
つまり、電子書籍であれば、トライアルで1冊を編集・配信し、その結果を見るだけでは意味がないのだ。マーケティングや購入者分析、制作フローの見直しなど、さまざまな過程で得られた知見をもとにPDCAを高速で回し、新たな施策に活かすことが大切なのである。「ビジネスモデルも体質も違うから、GAFAと同じことをやってはいけない。ただ、彼らが実行している『爆速経営』はやった方がいい」と、各務氏は指摘する。
「日本の『慣習』を壊す必要がある」
もうひとつ、DXを推進するなかで課題となるのが、「DXをどこまで進めるのか」ということだ。当然のことながら、DXは施策によって、難易度や得られるリターンのタイミング・規模に違いがある。
たとえば、「デジタルマーケティング」は、比較的簡単に実施でき、さらに、そこから得られた知見は長期に渡って活かせるが、短期的なマネタイズにはつながらない。一方、「個別課金」は導入も容易、かつ短期的なマネタイズも実現できるが、長期的な効果は未知数だ。また、ユーザーIDを活用した「CRM」などは、大規模なコストが必要になり、また短期的なマネタイズも期待できないが、長期的には自社の資産になりうる。
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「DXの推進には社内の多くの部署が関わることとなる。だが、DXのための負担や得られるメリットは、部署によってタイミング・規模ともに差があるために、当然、各部門はそれぞれの立場を主張し、部門間の対立も起こりうる」と、各務氏は語る。「この横つなぎはしんどいし、諍いも起こる。しかし、DXを進めるためには、それでもやらなければいけない。そのために必要なのが、廃すべき不要な慣習と残すべき価値を見極め、『組織、人、文化』『社内外の仕組み』を変えることだ」。
たとえば会議ひとつをとっても、コミュニケーションツールでメンバーに連絡事項を伝達すればこと足りてしまう会議なら不要だ。しかし、事業の価値向上につながるようなブレストは、自由に行えるようにしておくべきだろう。そこでカギとなるのは、組織運営において、アーキテクチャーをどのように標準化するか、そしてその標準化を進めるチームをどのようにつくるかということだ。
「グローバルなプラットフォーマーは、その変革を、継続的かつ徹底的にやる。彼らにこれ以上攻め込まれないために、日本のパブリッシャーもいままでの『慣習』を壊す必要がある」。
重要なのはカスタマーサクセスの徹底
DXを推進するうえで、KADOKAWA Connectedで各務氏が徹底しているのは、「カスタマーサクセス」を追究することだ。
ここでいう「カスタマー」とは、単に顧客のことではない。消費者であるコンシューマーをはじめ、コンテンツをつくるクリエイター、自社の従業員、ビジネスパートナーなど、自分たちにとって「カスタマー」であり得る人々すべてを指す。そのメリットを最大化できるようなカスタマーサクセスの仕組みをデジタルでつくりあげることが重要なのだ。
そしてこの実現のためには、さまざまな部署がステークホルダーとなるため部門横断的な組織が必要になる。だが、そのような組織を立ち上げただけでは、スピード感のあるDXは実現できない。というのも、一般的な部門横断的な組織というと、「○○会議」のような名称のもとに集められた各部署の代表が、自部門の主張を繰り返すため、意思決定に時間がかかるからだ。さらに、責任の所在も不明なまま実行される施策も、中途半端に各部門の顔を立てたものになりがちとなる。
その問題点を解決するのが、各部門の利益を調整するための「○○会議」のような会議体ではなく、「サービス型のチーム」だと各務氏は言う。サービス型のチームとは、仕事を「機能」と定義して、利用者に自分たちが提供する機能と品質を保証するチームのことだ。所属メンバーは、元の所属部門の利益代表ではなく、チームの目標達成に専念することになる。このようなサービス型のチームをつくることで「自分たちの責任の範囲、コミュニケーションの方法、ゴール」などが明確になり、合理的に動けるようになるという。
サービス型チームの作り方
トップダウンとボトムアップの体制
このサービス型のチームが機能した一例として、2020年11月にオープンした「ところざわサクラタウン」の事例を披露した。同施設は、KADOKAWAが日本最大級のポップカルチャーの発信拠点として開業したもので、ミュージアムやイベントホール、ホテルなどのエンターテインメント施設や、1000人規模のオフィス、書籍製造・物流工場などが併設された大型文化複合施設だ。また、KADOKAWAと埼玉県所沢市が共同で進める「COOL JAPAN FOREST 構想」の拠点施設にも位置付けられている。そのバックエンドを支えたのが各務氏が代表を務めるKADOKAWA Cnnectedであり、プロジェクトマネジメント(IT投資)を100%内製化したという。
「それに、最初の緊急事態宣言の際も、このサービス型チームがうまく機能した。具体的に言うと、全社員のリモートワークを実現するために、PCとモニターを社員の自宅へ配送しなければならないことに気がついたときだ。そこで、その日のうちに、先着500名を対象とした配送のためのプログラムを立ち上げ、スプレッドシートで情報を共有し、社員全員にアナウンスした結果、何百人もの応募が集めることができた」。
このような荒業が1日で可能になるのも、チームメンバーの役割分担と責任範囲、そしてメンバー間のコミュニケーションの方法が明確になっているからだ。そしてまた、このスピード感を実現するために大切なのが、高い信頼関係に基づいて構築されたトップダウンとボトムアップの体制だという。
「ここからあがってきた情報だから間違いがない」、あるいは「このトップの指示だから確実だ」という、明確な役割分担に基づいた信頼関係があるからこそ、なせる技といえるだろう。
「業界全体のDXを進めるために」
DXを成功させるために本当に必要なことは何か。各務氏はひと言、「実行あるのみだ」と、断言する。DXに終わりはない。一度止まったら、そこから退化が始まる。一人ひとりが2倍、3倍の能力を出せるようなサービス型のチームをつくり、常にPDCAを高速で回し、アイデアを出し、スピード感を持って実行していく以外に、DXを成功に導く方法はない。GAFAの仕事の取り組み方を日本流にアレンジしながら「爆速経営」を実現することが重要だと、各務氏は繰り返し主張する。
そのためには、経営トップの決断力が不可欠なのはもちろんのこと、現場に近い部課長クラスの社員が、DX推進のためとあれば、自分の部署の利益に反することであっても実行できるような人事制度も欠かせない。そして、そのようなお膳立てをしたうえで、事業のことを一番よく理解している現場が動きやすくすることが非常に重要だ。
「ぜひ各社の担当の方にはがんばってほしいし、一緒に、業界全体のDXを進めていきたい」と、各務氏は締めくくる。「DXの実行手段は、皆さんの手中にあるのだから」。
Written by 滝口雅志
Photo by Courtesy of KADOKAWA(建物)
Photo by 渡部幸和(人物)