モバイルアプリに多大な投資をしてきたパブリッシャーにとって、いまや最大の課題となっているのは、アプリをユーザーにダウンロードさせるだけではなく、実際に使ってもらうことだろう。そこで期待を寄せられているのがプッシュ通知機能だ。
プッシュ通知にはパーソナライズ化の余地が大いにある。その意味で「ニューヨーク・タイムズ」は、速報のアラートだけでなく、世間の人々が興味を抱くであろうニュースの通知配信のカスタマイズ化を、いかに実現するかを模索している。
複数の配信形態でプッシュ通知のパーソナライズ化を行えるとしている同紙。1つ目は、閲覧履歴からプッシュ通知をカスタマイズ化していくというもの。2つ目は、1日における配信時間帯や、希望する言語に基づくカスタマイズ化だ。
本記事では、パブリッシャーがモバイルにシフトしていくうえで直面する、デザイン、コンテンツ、マネタイズにおける課題の解決手段として、スマートフォンアプリのプッシュ通知機能に着目した「ニューヨーク・タイムズ」について紹介する。
モバイルアプリに多大な投資をしてきたパブリッシャーにとって、いまや最大の課題となっているのは、アプリをユーザーにダウンロードさせるだけではなく、実際に使ってもらうことだろう。そこで期待を寄せられているのがプッシュ通知機能だ。
2015年9月、「ニューヨーク・タイムズ」では11人からなる新チームが編成された。このチームを統率するのは、それまで同紙にてiOS部門を率いてきた、メッセージとプッシュ通知機能を担当するプロダクトディレクター、アンドリュー・フェルプス氏だ。担当分野において、さまざまな実験を監督し、編集長たちとともに働いている同氏によると、2016年はプッシュ通知機能の転換期になるという。
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通知に反応するユーザーが増えている
フェルプス氏は、これまでのニュース配信について「丘の上に立って、人が居そうな方向にメッセージを叫んでいるようなものだった」という。そんな状況のなか、「我々が送ったプッシュ通知だけに反応するユーザーの数が増えていることに気づいた」のだそうだ。
だが、そこにも争いはある。モバイルにおけるアプリの使用時間は、検索などほかのアクティビティーに比べ、圧倒的に長いかもしれない。しかし、一般的なユーザーが日常的に使うモバイルアプリの数は5つしかないという調査結果もあるのだ。
モバイルシフトが遅れたパブリッシャー
一方、モバイルWebの構築や、「Digg」などのプロダクツ投資に当たってきたベータワークス(Betaworks)社のCEO兼共同創業者ジョン・ボースウィックス氏は、次のように指摘する。「パブリッシャーは、ソーシャルプラットフォームによって自社コンテンツがアグリゲートされることに消極的だったにも関わらず、一方でモバイルアプリにも投資して来なかった」。
さらに加えて、ボースウィックス氏は「いまではソーシャルプラットフォームにアグリゲートされる記事は好調だ」と、分析する。「パブリッシャーは、自分たちのWebサイトへ訪れるオーディエンスが減少していることで、彼らから有効にマネタイズする能力を失いつつある」。
以下、プッシュ通知について、「ニューヨーク・タイムズ」が新たに考えている事柄をいくつか紹介したい。
いかに通知をパーソナライズするか
プッシュ通知にはパーソナライズ化の余地が大いにある。その意味で「ニューヨーク・タイムズ」は、速報のアラートだけでなく、世間の人々が興味を抱くであろうニュースの通知配信のカスタマイズ化を、いかに実現するかを模索している。
同紙によると、複数の配信形態でパーソナライズ化を行えるという。1つ目は、閲覧履歴からプッシュ通知をカスタマイズ化していくというもの。オーディエンスが同紙で政治系の記事を多く読んでいるなら、ニュースルームはアメリカ大統領選に名乗りを上げているドナルド・トランプ氏のプロフィールに関する記事を必ずアラートするだろう。
2つ目は、1日における配信時間帯や、希望する言語に基づくカスタマイズ化だ。たとえば、オバマ大統領がアラスカのマッキンレー山を「デナリ」と命名しなおした際、関連するタイムゾーンの人々だけを対象にしたプッシュ通知を実験的に行った。
また、スペイン語圏のコロンビアで、2組の双子が入れ替えられ、それぞれが別の双子兄弟とともに育てられたというニュースが報じられたとき、モバイルをスペイン語で使用しているオーディエンス向けに、スペイン語でプッシュ通知を行ったりもした。フェルプス氏によると、このようなカスタマイズ化の実験では、通常よりもはるかに食いつきが良かったという。
さらなるカスタマイズのアイデア
パーソナライズ化には、ほかにも期待が寄せられている。現状では、PCのユーザーはお気に入りの記者やコラムニストのコンテンツをアラート受信できるのだが、こうした機能をモバイルでも使えるよう計画しているという。
加えて、ユーザーが任意にプッシュ通知本数を設定できるプランにも興味を抱いているという。このような施策をもとに、より多くのアラートを配信していきたいのだろう。フェルプス氏いわく、プッシュ通知するニュース本数の定量化はできない。だから、配信がゼロのときもあれば、1日に5回配信するときもあるのだそうだ。
より砕けた文体でもプッシュ通知
これまでプッシュ通知といえば、速報かトップ記事だけを対象にしてきた。しかし、そうした取り組みは、あまりに単純化しすぎていて、いまでは時代遅れに見える。速報の通知であっても、受信する側の人たちは同じ見出しを複数のデバイスで見ているかもしれないのだ。
そこで、従来のアラートとの差別化を図るため、カスタマイズ化されたプッシュ通知では、より砕けた文体のプッシュ通知も計画しているという。「このような試みを通して、新しい感覚のニュース配信方法を模索している」と、フェルプス氏は説明する。
『BTTF2』を利用した実験も
留意すべき点もある。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』で設定された日付、2015年10月21日4時29分と、現実の日付が重なった際、ジョーク仕立てのメッセージをプッシュ通知した。そのメッセージは、iOSやアンドロイドなどのモバイル機器で速報アラートを希望していた2500万人の登録ユーザーに配信される代わりに、iPhoneアプリユーザー2万6000人のユーザーに配信された。
「この配信に関しては、気に入ってくれたユーザーもいたし、無関心で受け入れなかったユーザーもいた」とフェルプス氏。だが結局は、このメッセージをオプトアウトしたユーザーは1000人当たり2人という低い割合だったという。
いかに効果を測定するべきか
パブリッシャーのプッシュ通知が、アプリ流入にどれだけの効果を及ぼしているかを測定するためには、「タップ・スルー」率が最良の目安になるだろう。フェルプス氏のチームは、アプリ内の記事を読むためにプッシュ通知をタップする確率を計測しはじめた。そうすることで、何がユーザーにとって「好まし」かったかを突き止めるというのだ。
どのくらいのユーザーがプッシュ通知からアクセスしているのか(または、どのくらいの頻度でアクセスしているのか)を数値化することは、同紙にとって急務だ。また、このデータをもとに、いかに深くユーザーの動向を追跡できるのかも注目している。ただし、タップ・スルーだけでは全容を把握するのに十分とはいえない。ユーザーがタップしないのは、プッシュに反応していないとか、内容に問題があるとか、ほかの要因も考えられるからだ。
通知機能を評価する方法の一つは、ユーザーのネガティブな反応にも目をとめることだ。ユーザーが通知機能をオフにしていたり、そもそもアプリを削除しているなどのネガティブな兆候に着眼していくことも重要だろう。そのうえで、より重要な要素として、プッシュ通知によって有料会員となり得るユーザーの確率についても調べているという。
より個人を対象にしたプッシュ通知
「データを分析しているアナリティクスは、エンゲージメント率の低さを指摘するかもしれない。だが、この課題は解決できると期待している。我々はモバイルのロック画面の通知をインボックスに届けられるメールのように、心待ちにしているユーザーがいることも知っているからだ」と、フェルプス氏は語る。
プッシュ通知のパーソナライズ化に邁進してはいるが、その一方でニュース速報のアラートも送っている現在、すべてのユーザーをハッピーにすることは難しい。ニュース速報に関しては、夜間の通知をいかに行うかという問題や、1日にどのくらいの回数まで許容できるかという頻度の問題もあるからだ。だからこそ、パーソナライズ化は画期的な機能になる。それがうまく機能すれば、ニュース速報のアラートを期待しているユーザーに対してだけ、頻度や時間帯を気にすることなく確実に届けられるからだ。
フェルプス氏は「ニュース速報のアラート数を増やしつつあるのは事実だ。だからこそ、頻度や配信時間帯は、現在取り組んでいる課題である。そのうえで、夜中にもアラートを送っていいユーザーを確保できれば、彼らがモバイルを『おやすみモード』にしていると信頼でき、速報ニュースアラートを配信しやすくなるはずだ」と、今後の結果に期待している。
Lucia Moses(原文 / 訳:南如水)