ポップアップマガジン(Pop-Up Magazine)にとって、11月の対面式ライブイベントの再開は、チケットと広告の収益の復活以上の意味があった。全国を巡業するストーリーテリング企業にとって、それは同社の大黒柱たる事業の復活であり、20カ月以上遠ざかっていたファンコミュニティのメンバーが再会する機会だった。
ポップアップマガジン(Pop-Up Magazine)にとって、11月の対面式ライブイベントの再開は、チケット収益と追加の広告スポットの復活以上の大きな意味があった。全国を巡業するストーリーテリング企業にとって、それは同社の大黒柱たる事業の復活であり、また一方で、20カ月以上遠ざかっていたファンコミュニティのメンバー一堂が再会する、待ちに待った機会であった。
しかし、ツアーの復活は、米国の主要4都市(オークランド、ロサンゼルス、ニューヨーク市、ワシントンDC)での各1回きりの公演に限定された。主な理由は、まだ対面式のイベントに戻ることに抵抗のある人も多数いることが予想されるため、これら4都市であれば劇場に出向いて満席にしてくれるポップアップマガジンファンが十分にいる可能性が高いと考えられたからだった、と発行者兼プレジデントであるチャス・エドワード氏は語る。
しかし、11月16日火曜日、ブルックリンのBAMハワードギルマンオペラハウスは満席になった。
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その劇場の収容人数は2000人を少し超える程度だが、オーケストラと中2階とバルコニーをはじめ、すべての席が、入場者に義務付けられていたマスク着用およびワクチン接種済みを証明した観客で埋め尽くされていた。そして、一部の参加者はポップアップマガジンの音楽監督ミンナ・チョイ氏がキーボードで最初の数音を弾くのを合図に席で踊りだし、またほかの参加者はライトが暗くなってショーが始まると拍手喝采した。
イベントを支える熱烈なファン
そうした熱狂を見て、ほとんどの聴衆は何が始まるのかを知っているのだろうと私には察しがついた。彼らは以前にツアーを観たことがあり、この何カ月もの空白の後にツアーが戻ってきたことに興奮しているのだろう、と。しかし、ショーの冒頭に2人のポップアップマガジンプロデューサーが、ツアーに初めて参加する人は手を挙げてくださいと観衆に呼びかけると、私が座っていたオーケストラ中央のセクションではほぼ半数の観衆が手を挙げた。
初鑑賞者が多かったにもかかわらず、私の周りにはショーのレガシーファンが何人かいた。さらにはポップアップマガジンの有料購読プログラムのメンバーさえもちらほら見かけられ、ショーの最初に有料購読プラグラムの宣伝が入ると、私の後ろから「あれ、私たちのことだ!」とささやきあう声が聞こえてきた。
特に興味深いのは、ポップアップマガジンのメンバーシッププログラムが開始されたのが、パンデミック後だったことだ。つまり、メンバーになることのもっとも重要な特典であるチケットの早期購入は、このツアーの直前まで利用できなかったのだ。
それでも、「メンバーシッププログラムを開始した際のもっともエキサイティングな特典は、やはりツアー再開後のチケットを早期購入できることだった」とエドワーズ氏は述べる。彼いわく、オーケストラセクションの「良席」は通常15分以内に売り切れるが、「そのメリットは休眠状態だった。それなのに、その特典が遂に利用できるようになったことにより、さらに多くの新しいメンバーが加入している」。ただしチケットマスターによると、復活ツアーは完売してはおらず、イベント当日、ワシントンDCのショーの当日券があったという。
メンバーシップ事業は、年会費を39ドル(約4400円)から399ドル(約4万4000円)の範囲で展開。パンデミックの最中に始まった新しいビジネス(スポンサー付きのライブ動画ストリーミングと有料顧客に郵送される「イシューインナボックス[issue in a box]」など)のひとつで、ポップアップマガジンの存続を主な目的としていた。特に元親会社のエマーソンコレクティブ(Emerson Collective)が2020年10月にポートフォリオからポップアップを外したこともあり、同社の雑誌であるカリフォルニアサンデーマガジン(The California Sunday Magazine)を休刊しなければならなかったからなおさらだった。
パンデミック終息が公式に宣言される前に(といっても真の終息を定義するのは難しいが)、対面式の公演に戻るには、ほかにもさまざまな制約があった。そうした制約のひとつは、対面式に戻ったとはいえ、ポップアップマガジンならではの完全な感覚体験を提供できないことだった。
「観客は全員マスクをしているので、このショーでは香りや味を楽しむことが制限される」とエドワーズは言う。以前には、オーディエンスは配られたクッキーを食べながら特定のストーリーを聞き、感情的な反応を高めていたという。「しかし、だからといって、素晴らしいスペクタクルな瞬間を作り出せないわけではない」。
さまざまなスペクタクルな瞬間

Photo by Erin Brethauer, courtesy of Pop-Up Magazine
スペクタクルな瞬間のひとつは、ベン=アレックス・デュプリス氏が語る「ダンシング・アゲンスト・ザ・ドラム(Dancing Against The Drum)」というストーリーのなかで起きた。ストーリーの主役は、北米先住民ダンサーのショーン・スナイダー氏とエイドリアン・スティーブンス氏で、彼らは全国のパウワウセレモニーでダンス競技に参加している。スナイダー氏とスティーブンス氏は、彼らの文化で同性愛を意味するトゥースピリットのカップルだ。ストーリーでは、ふたりが、長年のカップルのための伝統的なダンスであるスウィートハーツダンスへの参加を拒否されたが、その1年後に参加を許されて3位に選ばれ、賞を獲得したことが語られる。
ふたりが最終的に一緒に競技に参加できるようになったというストーリーに、オーディエンスは感銘を受け、手を叩いて大いに盛り上がった。そして、語り終えたダーピス氏がカップルをステージに招くと、ふたりは割れるような拍手とスタンディングオベーションで迎えられた。実際、私自身も感極まってしまい、あの感動は忘れられない。その後、スナイダー氏とスティーブンス氏は、そろいの衣装を身に着け、緑とピンクの照明の合図でスイートハーツダンスを踊った。
エドワーズ氏は米DIGIDAYのインタビューで、多くのストーリーは明るいものであり、過去2年間の重苦しさを考えると、以前のツアーよりも、より明るい演出が施されていると述べている。しかし、リビアの移民がイタリアに逃げようとして拘束され、その後、自国によって殺害されたというイアン・ウービナ氏によるストーリー「捕らえられて(Captured)」など、目に涙が浮かぶストーリーもいくつかあった。
そうした悲しいストーリーは、スタンドアップコメディに少し詩の朗読が混ざったのようなストーリーのあいだにはさまれていた。たとえば、ショーの最初にシャネル・ミラー氏が語った「なぜあなたは尋ねるのか?(Why Do You Ask?)」や、ショーの最後にジョン・モアレム氏が語った「ザ・フェンス(The Fence)」などのストーリーで、それらはオーディエンスを何度も腹の底から大笑いさせた。
ライブのポップアップマガジンの復活が会員ビジネスを後押しするかどうかはわからないが、オーディエンスは総じて90分間、ショーに引き込まれていた。ポップアップマガジンを通して集ったすべての参加者が、このショー全体をひとつのコミュニティとして体験した。私は何度もそう頷きながら会場を後にした。
KAYLEIGH BARBER(翻訳:SI Japan、編集:長田真)
PHOTO BY JENNA GARRETT