ニューヨーク・タイムズやタイムはメンバーシップやサブスクリプション、その他のコンシューマー向けサービスを展開するため、データやアナリティクスに精通したデジタル人材の採用を強化している。パブリッシャーの事業モデルやコンシューマーマーケティングが目まぐるしく変化するなか、人材の採用戦略も転換点を迎えている。
GoogleとFacebookがデジタル広告費の大半を手中に収めるなか、パブリッシャー各社はサブスクリプションに収益を求めている。たとえばニューヨーク・タイムズ(The New York Times:以下NYT)は、サブスクリプションの売上を3倍に伸ばすべく、レシピやクロスワードパズルなど、ニュース以外のサービスに手を広げてきた。タイム社(Time Inc.)も、同社傘下のフォーチュン(Fortune)やスポーツイラストレイテッド(Sports Illustrated)などの雑誌からは独立した、消費者向けの商品を作ろうとしている。
しかし、今日のコンシューマービジネスで競うには、従来の印刷媒体とは異なるスキルが求められる。そこで、パブリッシャー各社は異業種の人材に目を向けはじめてきた。
高級誌のパブリッシャーであるコンデナスト(Conde Nast)は、エクスペディア(Expedia)、バークレーカード(Barclaycard)、イーベイ(eBay)といった小売企業からマーケターを採用。加えて、データサイエンティストを雇い入れ、eコマース企業で盛んに利用されている決済機能も導入し、パブリッシャーというより、デジタルサブスクリプション企業としての様相を呈している。
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異業種人材を採用
ウォールストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal:以下WSJ)は、心理学、統計学、情報システム、ビジネス分析の学位をもつ人材を採用してきたと、WSJメンバーシップ担当GMのカール・ウェルズ氏は語る。「印刷媒体の発行部数から、デジタルサブスクリプションへ注力することに変革したことで、当社の働き方が根本的に変わった。多様なスキルを求めるようになったのもその一環だ」と、ウェルズ氏は明かす。「我々は、データリテラシーが高いデジタルファーストのマーケターたちが集まるチームを編成しており、アートとサイエンスのバランス感覚が抜群だ」。
タイム社も同様に、消費者向けマーケターの大半を、Amazon、Visa、Netflix、P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)といった出版業界外から採用してきた。「これまで、レガシーパブリッシャーの採用方針はきわめて狭量だという悪評があった」と、タイム社の人事部門を統括するグレッグ・ジャングランデ氏は振り返る。「数年前は、この業界で職を得たいなら業界を知らないといけないという雰囲気だった。だが、そうした採用モデルは変わった。我々は、最初からオープンな採用方針を持っていた企業のように振る舞わないといけない」。
この教訓は、特別な(そして高額の)有料会員制を展開するパブリッシャーにはすでにお馴染みのものだ。ポリティコ(Politico)やナショナルジャーナル(National Journal)は、最低年間5000ドル(約55万円)のメンバーシップを販売するには、顧客を根気強く説得するプロセスが必要であり、そのためにはプロダクトや販売先の業界に造詣の深い人材が必要なことを理解している。
パブリッシャーにおけるこうした人材採用の変化は、90年代に金融業界が消費財企業から人材を雇用するようになった状況に似ていると、出版業界コンサルタントのピーター・クライスキー氏は指摘する。「デジタル時代のコンシューマーマーケティングは、まったく新しい戦いだ。従来のパブリッシャーは、ダイレクトマーケティングでやってきた企業に対抗できない。パブリッシャーはいま懸命に追いつこうとしている」。
サブスクリプション強化
NYTやタイム社といった企業は、既存の購読者に対して、新たなプロダクトやサービスを追加購入してもらう方向に注力している。その方が新規顧客を獲得するよりも安上がりだからだ。だがそのためには、どうすればエンゲージメントを伸ばせるのかを把握し、解約リスクを察知するモデリングが必要だ。
ペイウォール、メンバーシップ、サブスクリプションと、パブリッシャーが提供するサービスは複雑化している。また消費者がユーザー体験に求める水準は、AmazonやNetflixといった企業のおかげで格段に上がっている。だからこそパブリッシャーは、こうした企業の人材を欲しがり、その経験を取り込もうとしているのだ。
NYTは出版業界外から人材を採用している。そのうちのひとり、コンシューマー売上担当SVPのクレイ・フィッシャー氏は、衛星放送を手がけるディレクTV(DirecTV)の出身だ。同氏によると、出版業界の人材より顧客の獲得と維持に長けているという。「より高度で成熟したサブスクリプション事業、PDCAを高速に回す環境、そして最先端のデジタルオペレーションの経験がNYTで活かされている」。
人材獲得の争い
また、現在のコンシューマーマーケティングには、まったく新しいプロダクトを創造する能力も求められる。タイム社は、割引サービスやイベントチケットを獲得できる年額60ドル(約6700円)のリワードプログラム「ピープル・パークス(People Perks)」や、ペットの飼い主向けに月額20ドル(約2200円)のサブスクリプションサービス「ペットヒーロー(PetHero)」を開始した。
「コンシューマーマーケティングの分野で、これまでの時代ではありえなかったことが起きている。データ、アナリティクス、マーケティングをもとに、まったく新しいデジタル製品やサービスを開発してローンチしているのだ」と、ジャングランデ氏は語る。
ジャングランデ氏によると、コスト面では、低い基本給と高い支払総額はほぼ同じだという。ただし、パブリッシャーには以前、テック企業から人材を雇い入れ、企業文化の衝突を招いたという苦い経験がある。また、有能な人材の獲得競争も激化している。両者が同種の人材を求めるようになったため、パブリッシャーの人材が消費者サービス企業やテック企業に奪われる事態も生じているのだ。「パブリッシャーはいまや、ほかの雑誌だけでなく、Netflix、Amazon、Googleとも人材獲得競争を繰り広げている」と、クライスキー氏は述べた。
Lucia Moses(原文 / 訳:ガリレオ)