テレビ番組のデジタル配信を巡る話題の大きさにもかかわらず、放送局はいまだに、デジタル配信の広告枠の多くを、空けたままにしている。広告を配信してマネタイズすることなく放送局のロゴのみを見せ続けるのは、収益機会の損失であり、ユーザー体験としてもまずい。そんな広告枠が生まれている理由を探る。
コンテンツを観ている人がいても、そこに広告が自動的に配信されることはない。
テレビ番組のデジタル配信を巡る話題の大きさにもかかわらず、放送局はいまだに、デジタル配信の広告枠の多くを、空けたままにしている。広告を配信してマネタイズすることなく放送局のロゴのみを見せ続けるのは、収益機会の損失であり、ユーザー体験としてもまずい。空いている枠に、いまだに広告が配信されないのは奇妙な話だ。
一例を挙げよう。2016年10月9日の夜に放送されたクレムゾン大学対アラバマ大学のカレッジフットボール選手権の試合のような、70万人以上が見る視聴者の多いイベントでも、ネットでESPNを観ていると、コマーシャルの時間に以下のようなスクリーンが長々と表示されることがいまだに少なくない。
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今回の「ネットの謎」シリーズは、ネットで配信されるテレビ番組に、依然として広告枠の空きがある理由を紹介する。
放送局のブランド問題
デジタルテレビコンテンツへの広告挿入が複雑であるとしても、取材を行った人々は、技術は存在することを認めている。YouTubeやHulu(フールー)のようなOTTサービスを見れば、広告枠にちゃんと広告が表示される。
「しかし、デジタルテレビの在庫をプログラマティック入札に開放すると、潜在的なマイナス面のほうが表出してしまいやすい」と語るのは、アドビ(Adobe)のテレビ配信プラットフォーム「Primetime(プライムタイム)」の製品マーケティングディレクター、キャンベル・ホスター氏だ。「テレビコンテンツは貴重な在庫であり、仮にもひどい広告を掲載してしまったら、放送局のブランドが損なわれる恐れがある。そのため、大きな放送局にとってはかなりの抵抗があるのだ。放送局はテレビ番組の質の高いプレミアム在庫の公開入札は、とにかく許可していない」。
サイマルメディア(Simulmedia)のCEO、デイブ・モーガン氏は、デジタルのインベントリーのCPMはリニアテレビ(従来のテレビ放送)のCPMよりかなり低いのが普通だと補足した。そこで放送局は、プログラマティックのアドエクスチェンジを通じてブランドを損なう恐れのある広告を消費者に繰り返し流すよりも、広告の表示自体を断るのではないだろうか。デジタル広告で収益が増加するとしても、それは放送契約と比較するとおそらく端数の誤差にさえならないからだ。
ロジスティックスの問題
デジタルとリニアテレビで、すべての視聴者に同じ広告を同時に流している放送局が一部にあるが、そのほかの放送局は、デジタルとリニアで表示する広告を変えている。ひとつには、すべての放送用広告がネット利用を認められているわけではないからだが、話を聞いた人たちによると、ネットとリニアの両方を許可した広告は増えているという。動画プラットフォームのビデオロジー(Videology)のゼネラルマネージャー、ステイシー・ダフト氏は、デジタルとリニアテレビで広告を変える放送局がある理由として、セグメント化とターゲティングを異なるオーディエンスに実施すること、と語った。そうすることで、収益とインプレッションを増やせるからだ。
また、ユーザーが目にするオンライン広告とデジタルテレビ広告に違いが生じる要因として、ローカル広告向けインベントリーというのもある。各地で放送されているローカル広告が放送局のデジタル配信に読み込まれ、ジオロケーションに基づいて表示されることは、一般的にはない。
テレビネットワークがローカル枠にブランド広告を流せるか流せないかは、受託放送契約の文言しだいだ。少なくともネットワーク自身のサービスの広告についてはローカル枠で流すことが許可されている可能性が高い(たとえば、FOXは同局の番組「エクソシスト(The Exorcist)」の広告を流している)が、ほとんどのネットワークは、1回の番組放送で流せる自社製品の広告数に上限を設けている。そのため、その上限に達したら、コマーシャルの時間が終わるまで、穴埋めとして放送局のロゴを表示し続けることが多いのだと、放送局のある広報担当者は匿名を条件に語ってくれた。
モーガン氏によると、表示されるオンライン広告とデジタル広告に相違がある場合は必ず、テレビネットワークが代わりの広告を挿入するにあたって、通常のWebサイトにはない制度上の障害に直面しているという。テレビのデジタルストリーミングの広告枠が埋まらない大きな原因は、広告主、番組制作者、放送局、配信者のあいだの取り決めが、アナログ時代の著作権保護によって複雑化しており、そのため放送局がデジタルストリームに広告を挿入するのを難しくしている点だとモルガン氏は語った。
たとえば、競合に関する条項があるかもしれない。リニア放送がフォードと契約していれば、デジタル側はクライスラーの広告を表示しないように意識する必要がある。
もうひとつ例を挙げよう。空いているデジタル広告の時間を放送局がほかの番組からとった動画に置き換えることは、理論的には可能だろう。たとえば、ESPNが空いているデジタル広告枠に、自社のロゴを表示するのではなく、スポーツ情報番組SportsCenterの動画を流すというものだ。しかし、調査会社のディフュージョン・グループ(The Diffusion Group)のアナリスト、ジョエル・エスペリエン氏は、「放送局が広告主に約束している『アドロード(広告掲載回数)』に影響するだろうから、空いたコマーシャル時間に追加コンテンツを流す可能性は極めて低い」と語る。
優先度とソリューション
放送局のネットインベントリーは、歴史的に見れば後発であり、テレビ以外の画面に営業リソースを割きはじめたのはつい最近のことだとホスター氏は語った。話を聞いたほかの人々は、放送局がデジタルにそれなりの投資をするくらいまでデジタルのオーディエンスが増え、測定企業、放送局、配信業者、広告購入者といった、関係者のあいだでの優先度が一致するまで、この問題は変わらないだろうと強調した。
エスペリエン氏は、「ニールセンのデジタル視聴率が広く活用され、従来のインプレッションと、テレビを各種デバイスで視聴できるTV Everywhereのインプレッションが、視聴率として同じようにカウントされるようになれば解決する」という。
また、アドテク企業ユーミー(YuMe)のCRO、マイケル・ヒューズ氏は、契約の合意事項がデジタル時代により適した現代的なものになれば、広告主からの需要に促されてネットワークはデジタル広告枠を満たすようになると、楽観的な見方を示した。
「根底には、もちろん優先度と注力の問題がある。あらゆる新しいプラットフォームで目にしてきたように、広告の主導権争いはよくあることだ」とヒューズ氏は語った。
Ross Benes (原文 / 訳:ガリレオ)