いま、米国を中心にフリーランスのライターやジャーナリストから注目を集めているニュースレタープラットフォーム、Substack(サブスタック)。本稿では、同プラットフォームを活用し、ビジネスを成功させた人物を中心に話を訊き、その可能性を探る。
アリシア・ケネディ氏は、いまどきのライターのひとりだ。数カ月前、同氏がレギュラーのフリーランサーとして寄稿する雑誌が、予算の削減に踏み切った。
プエルトリコのサンフアンでフード系ライターとして活動するケネディ氏は、キャリアの転機を迎えていた。当時の同氏は、食べ物やレシピなどの一般的な題材から離れ、文化やフードメディアについての分析記事を書くことに興味を持つようになっていた。やがて、このニッチにフォーカスしたニュースレターを、Substack(サブスタック)で配信するようになった。その後誤って同プラットフォームの有料化オプション(Substackではコンテンツを無料公開するか、有料公開するかを設定できる)を有効にするや否や、同氏のデジタル版「チップ入れ」は、たちまちいっぱいになった。
ケネディ氏は現在、Netflix(ネットフリックス)で配信されている『アグリー・デリシャス:極上の“食”物語(英題:Ugly Delicious)』や、アリソン・ロマン氏とボナペティートテストキッチン(Bon Appetit Test Kitchen )を巡る、フードメディア論争などについての記事を書いている。ニュースレターのサブスクライバー数は3000人超。そのなかの400人以上が、ボーナスコンテンツの「フライデーQ&A(Friday Q&A)」読むために、月額5ドル(約534円)、または年額30ドル(約3211円)の有料会員になっている。このSubstackでの収入は現在、いまやケネディ氏の支えになっているという。現に業界では、いまやSubstackは「生活費を稼げるレギュラーの仕事」を意味する、フリーランサー用語になっている。
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救世主としての期待
ケネディ氏以外にも、Substackのニュースレター起業家はどんどん増えている。2017年に立ち上げられた同プラットフォームでは、ライターたちが独自の有料サブスクリプションビジネスを構築することができるからだ。なお、Substackの取り分は売上の10%(ほかに、支払いにかかる決済サービス、ストライプ[Stripe]の取引手数料が引かれる)。Substackの主なターゲットはニュースレターにフルタイムで取り組むライターたちで、彼らの多くはメインストリームのパブリッシャーの仕事に、匹敵する収入を得ている。メディアビジネスが置かれている混沌とした現状が、同プラットフォームの人気に拍車をかけており、発足以来、Substackには新規のライターが次々に参入。バンドル(ここでは、「セット売り」のこと)などのさまざまなビジネス戦略も立てられつつある。
新型コロナウイルスの影響により、メディアのエコシステムが縮小するなか、Substackは「(メディア界隈における)救世主」という厄介な役割を押しつけられてきた。そして、個人事業に転向するライターが増えるに従い、Substackに関する疑問も浮上してきた。それは、Substackは果たして、ライターが主導する前回の大きなインターネットムーブメント、つまり2000年代初期における、ブログの繁栄期の日々には実現することのなかった、新たなマネタイズシステムになり得るのか、という疑問だ。
「我々はいま、オルタナティブな週刊誌や、小規模なパブリケーションが失われた世界で生きている。メインストリームのパブリケーションに参入するには、障壁が高い。加えてレートも最悪だ」と、ケネディ氏は話す。「Substackのようなプラットフォームが現れるのは必然だった」。
ただSubstackは、自身を救世主などとは考えておらず、ビジネス的視点を重要視している。同社は昨年夏、ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreesen Horowitz)が主導するラウンドで、1530万ドル(約16億4000万円)を調達。「(リスクにフォーカスするのではなく)機会志向で参入を試みている」と、共同設立者のハミッシュ・マッケンジー氏は語る。「情報流通やメディアの点では、インターネットが登場して最初の20~30年間、イノベーションは広告に支えられたモデルを中心に起こってきた。次の20~30年のイノベーションの中心は、サブスクリプションモデルだ」。
Substackは6月30日、10万ドル(約1068万円)の報酬が与えられる「シニアフェロー」1名と、3000ドル(約32万1199円)の報酬および2万5000ドル(約268万円)の前払い金が与えられる「フェロー」4名の募集を開始した(その費用はレベニューシェアを増やすことでSubstackが回収する)。
Substackの注目度はメディア業界のなかで高まってはいるが、同社は消費者ブランドではない。だが、Substackにとっては、そんなことは問題ではない。舞台裏に立ち、ライターが熱心な読者と交流することで生じる、自社の取り分を受け取る。それが狙いなのだ。同社によると、現在ライターに料金を支払っているサブスクライバーは10万人以上にのぼるという。
「非常に魅力的だ」
ルーク・オニール氏などのトップライターにとって、Substackは恩恵をもたらしてくれる存在だ。オニール氏によれば、同氏の人気ニュースレター「ヘル・ワールド(Hell World):意識の流れに沿った記述と、アメリカ社会の悲惨な側面に関する報道を融合させた、ユニークなニュースレター」の年間総売上は、10万ドルを超える見通しだという。オニール氏がニュースレターをはじめたのは、同氏のフリーライター業の中心的存在だったエスクァイア(Esquire)誌との関係が悪化したときだった。オニール氏は、わずか数カ月で、数百人の有料サブスクライバーを獲得。そのとき、ニュースレターにはフルタイムで取り組む価値があるという手応えを感じたという。
辛口ライターそして、ツイッタラーであるオニール氏、Substackに出会う以前は、上層部との衝突が絶えなかったという。しかし、現在は自営業者としての立場を満喫している。かつて同氏は、ボストン・グローブ(The Boston Globe)紙の論説のなかで、自身の生涯最大の後悔は、10年ほど前に働いていたレストランで、ネオコン(新保守主義)知識人のビル・クリストル氏の給仕をしたときに、クリストル氏が注文した鮭に小便をかけなかったことだと述べた。なお、その後ボストン・グローブはこのコラムを削除している。「上司の目を気にせずに仕事ができるという環境は、私のようなライターにとっては非常に魅力的だ」とオニール氏は語る。「ただ、それ以外の人にとっては恐ろしいことかもしれない。レポーターには、根がオタクや警官のような連中が多いからだ」。
現在、オニール氏はライターたちにSubstackを試してみることを勧めている。「もしかしたら、150人のサブスクライバーしか獲得できないかもしれないし、うまくいかないかもしれない。だが、そんなのは大したことではない。どのみち我々のようなライターは、四六時中タダ働きしているのだから」と、同氏は語る。「たとえば、月額5ドルの購読料を払ってくれるサブスクライバーが、100人しかいないとしよう。それでもフリーランスのジャーナリストにとって、月に500ドル(約5万3500円)の収入はなかなかのものだ」。
しかしオニール氏は、Substackを利用するライターが増えるに従って、必然的にニュースレターのサブスクリプションバブルが発生するとは思っていない。「Spotify(スポティファイ)に月額10ドル(約1068円)を払えば、あらゆるバンドの音楽が手に入る。消費者にとっては良いことだ。あるいは、10ドル払ってバンドキャンプ(Bandcamp)からアルバム1枚を買うこともできる。これはまた別のタイプの取引だ」と、同氏は語る。バンドキャンプというプラットフォームを介して、音楽ファンは自分の好きなアーティストを、直接サポートすることができる。「好きなアーティストにお金を渡し、自分が気に入るものを作ってもらう。そうすることで、人々は満足感が得られるのだ」。
エブリシングの取り組み
Substackはアグリゲート型プラットフォームではないが、すでに一部にはニュースレターをバンドルする方法を発見しつつあるライターや、実施を検討しているライターがいる。十分な数のニュースレターをまとめれば、ブログか雑誌を作ることも可能だ。
今年4月、ディビネーションズ(Divinations)のライターである、ネイサン・バスチェズ氏と、ニュースレターの「スーパーオーガナイザーズ(Superorganizers)」をSubstack上で運営するダン・シッパーズ氏は、共同で第3のSubstack「エブリシング(Everything)」を立ち上げた。これは、サブスクライバーが両方のニュースレターを申し込めるようにするバンドルだ。開始から1カ月経たないうちに、両者の有料サブスクライバー数は合計600人から1000人へと増加した。料金は月額20ドル(約2141円)、年間は200ドル(約2万1400円)だ。「我々はエブリシングを企業として構築した」と、シッパー氏は語る。エブリシングは現在、ティアゴ・フォーテ氏のように、彼らと同じ考えを持ち、バンドルの収益に貢献できるような、毎月の収益を維持できているライターとの契約を進めている。いまや、エブリシングは事実上、Substackの上に新たに築かれたビジネスパブリケーションになった。「我々はいま、雑誌というものを素晴らしい存在にした、さまざまな要因(と同じもの)を発見している途中なのだと思う」と、バスチェズ氏は語る。
しかし、Substackの上に結成されたニュースグループは、エブリシングがはじめてではない。その第1号はディスパッチ(Dispatch)だった。ディスパッチは保守系サイトで、約1万人の有料サブスクライバーを抱えている。
また、政治的スペクトルにおいては、オニール氏は現在、さまざまなニュースレターのダイジェスト版を立ち上げることについて、左派ライターたちとの話し合いを重ねている。そのなかには、ディスクロージャー・ブログ(Discourse Blog)を運営する、G/Oメディア(G/O Media)の政治系Webサイト、スプリンター(Splinter:2019年閉鎖)で活動していたライター8人からなるグループも含まれる。同グループのメンバーで、スプリンターの元副編集長であるジャック・マーキンソン氏によれば、ディスクロージャー・ブログの無料サブスクライバー数は、3000人以上にのぼるという。今年4月、同プロジェクトがWordPress(ワードプレス)からSubstackへと活動拠点を移したのは、7月6日開始の有料化オプションのローンチを容易にするためだったと、マーキンソン氏は話す。
この新たな構造により、編集作業に関するより多くの自由が、ブロガーにもたらされるようになった。もちろんいまも、ブロガーたちは基本的に仕事を愛している。「もしいまもスプリンターにいたら、トランプ大統領が口にするあらゆる言葉に、耳を傾けなければならなかっただろう。なぜなら、そこでは企業の文脈でニュースサイトが運営され、人員が動く場所だからだ。だが、いま我々は新しいモデル作りに挑戦できるようになったし、従来とは異なるオーディエンスとの関係を模索できるようになった。日々のWebサイト作りを行う際、これまでとは全く違うアプローチができている」と、マーキンソン氏は語る。「メディアを巡る、この混沌とした悲惨な現状から抜け出すルートを発見することは、簡単ではない」。
広告でのマネタイズも
また、なかにはサブスクリプション以外の方法で、マネタイズを模索するSubstackライターもいる。デリア・カイ氏は、昼間はBuzzFeedでグロースエディターとして働いている。同氏はニュースレター「ディーズ・リンクス(Deez Links)」を運営し、メディアニュースのまとめや解説、専門家とのQ&Aなどを提供している。ディーズ・リンクスのサブスクライバー数は5600人超で、カイ氏はいまのところ、このニュースレターの無料提供を今後も続けていくつもりだという。というのも、同氏はコンテンツの販売を試みてきたが、事業として成り立たせるのは難しいことを実感しているからだという(新型コロナウイルスの影響で、ディーズ・リンクスのアカウントは、2カ月のあいだ中国で立ち上げの際に足止めを食った)。
「とはいえ、いまも私は積極的な露出を図っている。多くの人に私の存在に気付いてもらい、私が書いた記事を読んでもらおうと努力している」と、カイ氏は語る。「もし明日、失業したら──そうなってほしくはないが──私が最初にするのは、Substackの有料サブスクリプションをオンにすることだ」。
カイ氏は現在、フリーランサーコミュニティとニュースレターを運営する「スタディー・ホール(Study Hall)」とタッグを組み、コミュニティとニュースレター両方で、週100ドル(約1万700円)からのクラシファイド(個人が手軽に出稿できる簡単な広告)枠を提供している。
ブログとニュースレターの違い
当時を知る人々にとって、ニュースレターへの回帰は、2000年代のインターネットを彷彿とさせるだろう。当時、ライターたちはブログという緩やかなネットワークで、自身の声に磨きをかけた。当時はすべてが無料だった。そして、のちに多くのライターがメインストリームのメディアの仕事に就いたが、なかには、ネイト・シルバー氏のファイブサーティーエイト(FiveThirtyEight)など、彼らが築いた財産が、大手メディアコングロマリットに組み入れられるケースも見られた。
今回は、当時とは経済状況が異なっている。革新主義派ブログ「シンクプログレス(ThinkProgress:筆者は2012年に同ブログでインターンをしていた)」の創設者である、ジャッド・レガム氏は、「私がブロゴスフィア(ブロガーによって構成されたコミュニティのこと)に興味を持ったのは、2004年のことだった。そこに飛び込んだ私の主な興味は、すぐに会話の場に加われるというポテンシャルにあった」と語る。レガム氏は2018年7月、政治系ニュースレター「ポピュラー・インフォメーション(Popular Information)」で、Substackに進出した。現在、同ニュースレターのサブスクライバー数は、11万3000人。ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)によれば、同氏が有料サブスクライバーから得ている収入は「優に6桁、つまり10万ドル(約1069万円)台に到達」しているという。
また、ブログよりもニュースレターのほうが、ライターの起業家精神は高まると、レガム氏は話す。同氏は、フリーランスの仕事はすべて断っている。なぜなら、記事1本の原稿料の相場は500~1000ドル(約5万〜10万円)で、自らの手で配信する方が理にかなっているからだ。実際、政治スクープ記事2本を盛り込んだ、先日のニュースレターのおかげで、1日で新規有料サブスクライバーを72人獲得できたと、レガム氏は話す。「テック系スタートアップの多くが知っているように、月額課金は優れたモデルだ。それによって安定がもたらされる。これは広告よりも優れている。広告の場合、ほとんど毎月ゼロからスタートして、ページビューを高めていかなければならない」と、同氏は語る。
Substackも、文化に変化が生じていると確信し、ブログ時代に目を向けている。今日の読者は、ネット記事を好んで購入する。「ビジネスサイドでは、かつて人々の注目を求めて土地の争奪戦が繰り広げられていた」と、Substackの共同設立者であるクリス・ベスト氏は語る。「最終的にこの戦いに勝ったのは、残念ながらブロガーではなくFacebookだった」。
Substackの約束
このように、プラットフォームが支配する時代において、小規模パブリッシングが抱える問題を解決しようとしてきたのは、Substackだけではない。たとえば、Medium(ミディアム)もそうだ。Mediumはさまざまな小規模パブリケーションのホームとして機能してきたが、路線変更を頻繁に行い、多くが期待した一大メディア勢力としての台頭に失敗している。ベスト氏によれば、Substackの主なフォーカスは、個人とその人のオーディエンスとのつながりにあるという。コンテンツや配信リストなど、すべてをライターが完全にコントロールできるというのが、Substackの売り文句だ(ただし、有料モデルに切り替える場合の、月額5ドルの最低料金体系などの制限はある)。
ニュースレターが危機の渦中で広がりを見せるいま、Substackは新たな局面に突入している。第1段階はオーディエンスをすでに抱えるライターたちを、Substackに引き入れることだったとベスト氏は話す。そして、現在の同社が目論んでいるのは、新たな声を引き入れること。バンドルなどのプロダクトに関する新しい試みは、Substack側ではなく、ライターが推し進めるべきであると、同氏は話す。
Substackが約束していることがひとつある。それは「広告の排除」だ。「広告においては常に、エンゲージメントの最小公分母、すなわちクリックが何より大切なものとして扱われるからだ」と、ベスト氏は述べた。
[原文:How Substack has spawned a new class of newsletter entrepreneurs]
STEVEN PERLBERG(翻訳:ガリレオ、編集:Kan Murakami)