Slackは労働力集約や業務効率の手段としてもてはやされ、パブリッシャー各社はこぞって導入してきた。しかし、コミュニケーションツールだったはずのSlackが従業員たちによる会社や上司の告発の場になりつつある。複数のメディアで労働組合のための重要なツールとしても利用され、オフィス文化は大きく変わろうとしている。
6月6日夕方、ニューヨーク・タイムズ(以下、NYT)のエグゼクティブエディター、ディーン・バケット氏がSlackのチャットに参加した。
全米の都市で勃発した抗議行動について上院議員のトム・コットン氏が軍による鎮圧を主張したNYTの論説に対し、同社の従業員たちは公然と反発していた。編集部と他部門の従業員2000人以上が意見を述べ合うSlackチャンネル「ニュースルーム・フィードバック(Newsroom Feedback)」では、自社の人種関連報道に対する批判や絵文字が飛び交っていた。ある従業員は、購読解約を希望する読者に対応しているカスタマーケア担当者の多くが有色人種だと述べた。
米DIGIDAYが入手したバケット氏のSlackメッセージには次のように書かれている。「私はオピニオン欄の担当ではないが、ニュースルームのシニアリーダーだ。また、このチャンネルで挙げられている問題点のいくつかは、ニュースサイドが改善できる事柄でもあると思う。だから、私はこのチャンネルを読んでいる」。
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「効率化」の手段のはずが
今やパブリッシャーの幹部は騒動を収める必要があるとき、「従業員がいる場所」で従業員と会う。その場所とは企業向けソフトウェアサービスのSlackだ。従業員はSlackでコミュニケーションを取り、計画を立て、誰かについてうわさし、上司や互いの悪口を言う。さらに、一致団結し権利のために戦う場所にもなっている。皮肉なことに幹部たちは数年前、労働力を効率化し年中無休で使う手段としてSlackに引き寄せられた。そして今、その労働力がSlackを使い「資本家」の上司たちに反撃を仕掛けている。Slackは今や、パブリッシャーにおける反乱の舞台だ。
そこでは力を手にした従業員が、若手を中心に上司に説明を求めたり、人種差別やそのほかの差別を暴露したり、経営陣と従業員の力関係のバランスを取り戻すため、労働組合を公に組織したりしている。新型コロナウイルスの影響で、従業員が在宅勤務に移行した今、Slackは社内変革のメカニズムとしてかつてないほど重要な役割を担っている。Slackは在宅勤務時代の休憩所だ。Twitterで目にした怒りに関するたわいのない会話から記事の要旨まで、メディア企業の従業員は何もかも上司にぶちまけている。
バズフィードニュース(BuzzFeed News)の元編集長で、NYTのメディアコラムニストを務めるベン・スミス氏は「(Slackで)人々に反応し会話に参加しなければ、自分がいない場所で会話が進むことになる」と話す。前職のバズフィードでは、「そこに飛び込み、会話に参加し説明しなければならず、いつも急いでいるような感じだった。ニュースルームにいるような感じと言えばそうだが、多くのデジタルプラットフォームがそうであるように年中無休だ」。
NYTで前述のコットン氏の論説が論争を巻き起こしたとき、黒人の従業員はSlackに集まり論説への反応を示すことにした。「この記事が掲載されたことで、(NYTの)黒人スタッフは危険にさらされている」という内容のツイートを投稿したのだ。Slackチャンネルのメンバーによれば、約35人の同僚たちが15分ほど話し合った後、ツイートを投稿し、そこから拡散していったという。
Slackがメディア業界を席巻
2013年、Slackが注目のエンタプライズテクノロジー企業として突如現れたとき、ニュースメディアは真っ先に導入した。メディア業界では当時、シリコンバレーのものまねが流行していた。話題のメッセージプラットフォームを導入したことで、表向きはeメールより簡単に記事を量産し、ワークフローを管理し、社内コミュニケーションを取ることができるようになった。ニュースメディアには通常、ニュースルーム全体のSlackチャンネルだけでなく、政治デスク、文化デスク、広告販売チームといったグループ単位のチャンネルもある。モバイルフレンドリーで洗練されたSlackはすぐさまeメールやほかのインスタントメッセージサービスに取って代わり、ほとんどのメディア企業で従業員の集合場所となった。トレロ(Trello)、アサナ(Asana)などの退屈なワークフロー管理ツールと異なり、Slackには面白さもあった。Slackは仕事と日常生活の境界をあいまいにし、内輪ネタを生み出し、メディア企業の社内Twitterとなった。
アレクシス・マドリガル氏はフュージョン(Fusion)の編集長だった2015年、ハーバード大学のジャーナリズム研究機関であるニーマン・ジャーナリズム・ラボ(Nieman Journalism Lab)で、Slackは「オフィス文化の源泉になる」と予言した。マドリガル氏は同時に負の側面にも言及した。Slackはプレゼンティズム(健康状態が悪いまま出勤する疾病就業)、いじめ、時間の浪費のデジタルプラットフォームとなり、ワークライフバランスを変化させ、従業員に年中無休で「オンライン」にいることを強制する可能性があると。
この予言はすべて的中した。ただし、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが原因で従業員が在宅勤務に移行し、Slackは今やパブリッシャーだけでなく多くの業界で、これまで以上に重要なツールとなっている。Slackは公開会社となり、6月には無料サービスと有料サービスを合わせて75万以上の組織に利用されていると報告した。
ジョージ・フロイド氏がミネアポリスで殺害されて以降、NYTやコンデナスト(Condé Nast)といったパブリッシャーの従業員がSlackを利用し、社内の人種問題について経営陣に問いただしていることを、企業としてのSlackは当然認識しているはずだ。NYTの報道によれば、ウォールストリート・ジャーナル(Wall Street Journal)では、Slackに集う従業員のグループが編集長に手紙を書き、人種問題と警察の取り締まりに関する報道の見直しを要求したという。
しかし、もしSlackがニュースメディアの説明責任のハブという役割を認識しているとしても、それを公の場で話したいとは考えていないようだ。Slackの広報担当者は「Slackは根本的に、さまざまなチームがコミュニケーションを改善し、より機敏に行動する手助けをしている」と前置きしたうえで、「我々の顧客や個々の使用事例について許可なくコメントするつもりはない」と述べた。
Slackがバリケードに
Slackの人気上昇と同時に、デジタルメディア業界では、もうひとつトレンドが発生していた。労働組合の結成だ。2015年の旧ゴーカー・メディア(Gawker Media)を皮切りに、バイス(Vice)、ハフポスト(HuffPost)、ギムレット(Gimlet)、ニューヨーク・マガジン(New York Magazine)、バズフィードなどのニュースルームが次々と組合を結成した。
今年ハフポストの組合が契約交渉に臨んだときには、経営陣との交渉を中断し、Slackのプライベートチャンネルに集う100人以上の組合員に意見を求めた。また、組合員は連帯の印として仕事で使用するSlackのアバターを組合のロゴに変更した。これは経営陣がメッセージのやりとりをいつでも見られたことを意味する。組合員のひとりである編集者のノラ・ビエッテ・ティモンズ氏は「ささいなことに見えるかもしれないが、とてもクールな体験だった」と語る。
東部全米脚本家組合(Writers Guild of America, East)のエグゼクティブディレクターであるローウェル・ピーターソン氏は、Slackが組合結成ツールとして発展したことは自身の直感に反していたと振り返る。従業員たちはGmailのアカウントなどを用いて社外のSlackを利用するのではなく、会社のSlackでコミュニケーションを取り、組合結成の話が始まるケースもある。つまり、理論上は個人的なメッセージが会社に読まれる可能性があるということだ。
「労働組合の活動は伝統的に、経営者に見つからないよう真夜中に隠れておこなわれてきた」とピーターソン氏は話す。しかし、現在おこなわれているSlackでのオープンなコミュニケーションは従業員にある程度の安全をもたらす。活動があまりに目立つため、組合に対する会社の報復もはっきり見えるからだとピーターソン氏は説明する。「皮肉にも、それが防御になっている」。
ロサンゼルス・タイムス(Los Angeles Times)などのニュースルームでは最近、黒人や有色人種の従業員の扱いが話題になっている。労働組合に加入する記者のエリン・ローガン氏によれば、Slackは組合の組織化に必要なツールだという。「Slackのおかげで、組合員は同じ部屋で同じ時間を過ごすことができる。経営陣に提出する問題について強い関心を持つ組合員が語り合えば、経営陣は組合を無視できなくなる」。
文化の変化
経済は下向きの軌道に乗り、米大統領選挙も間近に迫っている。ニュースメディアに広がる不満は今後も大きくなる一方だろう。物理的なニュースルームはまだ動いておらず、すべてがSlack上で展開されることになりそうだ。
従業員はかつてないほどの力を実感している。上司たちは変化を約束し、幹部たちは職を追われている。NYTでは、コットン氏の論説が掲載された数日後、内部からの圧力はもちろん、Slackから発生しTwitterにまで拡大した圧力に屈する形で、オピニオン欄の編集者ジェームズ・ベネット氏が辞任した。14日には、オピニオン欄のライター、バリ・ワイス氏が辞職した。NYTで起きていることを「(大部分が若手の)ウォーク(不公正に敏感な人々)」と「(大部分が40歳以上の)リベラル」の内戦と表現したことで論争の的となった同氏は、会社のSlackでおとしめられたと主張している。
オフィス文化の源泉は今、変化の重要なメカニズムになろうとしている。NYTのある黒人従業員は「これまで働いてきたどの企業より、NYTはSlackをコミュニティ意識の構築に利用していると感じる。容易にサイロ化されてしまう仕事だからだろう」と話す。「そうして嵐が巻き起こり、今、従業員が団結しているのだと思う」。
[原文:Slack is fueling media’s bottom-up revolution]
STEVEN PERLBERG(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:分島 翔平)