2016年は分散型コンテンツ/メディアをめぐる動きが盛り上がり、メディアとプラットフォームの関係の変化や、それに伴うメディア戦略の見直しが議論となるでしょう。そんな分散型を語る上で、欠かせないキーワードのひとつに「高速化」があります。
これまでは、スマホの小さな画面をのぞきながら、いちいち記事を読むたびにそれなりに待つことが普通でした。しかし、何秒かの読み込み時間が発生するのは、ユーザー体験としては決してよいものではありませんでした。どんなにいいコンテンツを製作して、それがユーザーに届いたとしても、待ち時間でイライラして閉じられてしまったらそれで終わりだからです――。
この記事は、メディア業界に一目置かれる、海外メディア情報専門ブログ「メディアの輪郭」の著者で、講談社「現代ビジネス」の編集者でもある佐藤慶一さんによる寄稿です。
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前回、2015年は流通の年、2016年は分散型の年ということを書きました。2016年は分散型コンテンツ/メディアをめぐる動きが盛り上がり、メディアとプラットフォームの関係の変化や、それに伴うメディア戦略の見直しが議論となるでしょう。そんな分散型を語るうえで、欠かせないキーワードのひとつに「高速化」があります。
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これまでは、スマホの小さな画面をのぞきながら、いちいち記事を読むたびにそれなりに待つことが普通でした。しかし、何秒かの読み込み時間が発生するのは、ユーザー体験としては決してよいものではありません。どんなにいいコンテンツを製作して、それがユーザーに届いたとしても、待ち時間でイライラして閉じられてしまったらそれで終わりだからです――。
「記事の表示速度を10倍速くする」
これがFacebookが「インスタント記事」の発表当初にぶち上げたメッセージでした。これまで8秒かかっていたという読み込みを、0.8秒に短縮するというのです。毎日スマホで記事を読む習慣がある人にとってみれば、この短縮が生み出す時間はとてつもない量になるでしょう。その時間をまた別のことに活用すれば、モバイルインターネットの課題解消というだけでなく、人間の暮らしや経済にまで大きな影響を与えることにもなるからです。
高速化の実現を目指しているのはFacebookだけではありません。Googleは2015年、モバイルインターネットの高速化を掲げ、「AMP(アンプ:Accelerated Mobile Page)」というオープンソースプロジェクトを発足させました。ご存知のように、Googleのミッションは「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」にあります。
そして、理念のひとつにあるのは「遅いより速いほうがいい」というメッセージ。まさに高速化を象徴する言葉です。本来、検索サービスでの広告モデルで拡大しているGoogleであれば、滞在時間を伸ばしたほうが売上につながるはず。にもかかわらず、ユーザーの滞在時間をできるだけ短くしようと技術開発に取り組むのは、ビジネスよりもユーザーを見ている姿勢を感じることができます。
記事の表示速度は広告のあり方にも影響
Facebookは、URLの読み込みに8秒かかっているというデータを発表していますが、Googleはまた違った調査を出しています。たとえば、コンテンツ表示に3秒以上かかると、大多数のユーザーが閲覧をやめてしまうのだそうです。
そこでAMPでは、従来よりも表示速度を4倍速くするため、データ量を10分の1にすることで、高速化を実現しました。TwitterやPinterest(ピンタレスト)のようなプラットフォームも参加し、日本でもすでに10を超えるメディアが対応しています。
ここでは高速化以外のことについて多くは触れませんが、AMPは、アドブロックが普及しだした世界の状況を受け止めたうえで、新しい広告のあり方を探る一手でもあるといえます。そのため、Googleのビジネスモデルにとっても大きな意味をもちます。発信者も受信者も含めたメディア環境が激変するなか、よりよい広告の姿がどのようなものなのか、この取り組みが糸口を見つけてくれることでしょう。
摩擦のないサービスの必要性
分散型ではありませんが、昨夏オランダを取材した際、記事を1本1本購入できるコンテンツプラットフォーム「ブレンドル(Blendle)」の国際担当、ミカエル・ビニング氏は、「ジャーナリズム業界にはユーザー体験を考えたサービスがない」と語っていました。オランダとドイツの主要メディアすべてが、有料記事を配信しているこのプラットフォームでは、ユーザー目線であらゆる設計を考え抜いています。
これまでは各メディアにユーザー情報やクレジットカード番号を登録していたのが、「ブレンドル」に登録すれば主要メディアの記事をすべて読むことができ、かつ、ワンクリックで記事を購入することができるのです。同様に、記事に不満があれば返金もできます。彼は取材のなかで「摩擦のない(frictionless)」サービスの必要性を説いていましたが、分散型における「高速化」もまたその視点とつながってくるものだと思います。
「ブレンドル」はちょうど英語圏での展開をスタートさせました。現在、「ブレンドル」に投資している「ニューヨーク・タイムズ」はもちろんのこと、「ウォールストリート・ジャーナル」や「フィナンシャル・タイムズ」などの大手メディアが契約し、このプラットフォーム上で記事を販売しています。
米国市場において「ニュース記事をiTunes化(iTunes for News)」や「ジャーナリズムのiTunes化(iTunes for Journalism)」のコンセプトが受容されるのか。オランダとドイツで65万人以上のユーザーを獲得した「ブレンドル」は、分散型に有料購読というまた違った風を吹かせてくれそうです。
分散型時代のリアル戦略
これまで長々と、「分散型」をめぐる状況を振り返ってきました。
分散型の議論はどうしても、Webメディアと各種プラットフォームの話が先行してしまうため、スマホの世界を前提に展開されている部分があるように感じています。しかしながら、実際のところ、それは分散型によって変わるメディア世界の半分しか触れていないのです。では、残り半分はどこにあるのでしょうか。
たとえば、筆者は現代ビジネスにて、「ぼくらのメディアはどこにある?」というサイトの企画・編集に携わり、個人・場所・企業という3つの「メディア化」を取り上げました。この文脈でひとつ抜き出すならば、場所となるでしょう。
分散型時代において、場所というリアルな接点の重要性が増すと考えています。海外では、「Re/code」の高額カンファレンスから「ニューヨーク・タイムズ」や「ワシントン・ポスト」「ガーディアン」などが注力する数千円のお手頃イベントまで、さまざまな規模のイベントメニューが、パブリッシャーにとって重要な事業のひとつとして確立しています。
伝統、新興問わず、メディアのリアル戦略も「分散型」に含まれていけば、より有意義な議論になり、正確なメディアの未来像が描けていくのだと思っています。大潮流だからこそ、目の前のことだけでなく、広い視野でさまざまな角度から扱われる必要があるのです。
ポータル、検索、ソーシャルの次へ
ホームページに訪問してもらう機会が減る。検索やソーシャルメディアを通じてWebサイト上で記事がバラバラに読まれる。しまいには、流通環境が整いWebサイト外でコンテンツが消費されるようになる。この1年の動向だけをみても、メディア史に残るような激変が起きていると改めて感じます。
ホームページも、Webサイトも、トラフィックバックも、リンクも、いま当たり前にある存在のあり方が大きく揺らいでいるからこそ、ここから、まったく新しいメディアの考え方が生まれてくるのではないでしょうか。
もちろんそれら自体の存在意義が急減しているというわけではありません。しかし、その意義をめぐる議論などはるかに超えて、これまでのメディアの常識すべてを問うかたちで、分散型という大潮流が訪れています。ポータル、検索、ソーシャルの次へ――。すでに、ルールは変わってしまったのです。
Written by 佐藤慶一
Image via blendle.com