2015年、日本のメディア界の一大ニュースといえば、日本経済新聞社によるフィナンシャル・タイムズ・グループの買収でしょう。2015年11月末にその手続きを終えたばかりのため、まだこれといった進展はみられません。今回は、この買収を日経と争ったドイツのメディアコングロマリット企業、アクセル・シュプリンガーについて取り上げたいと思います。
アクセル・シュプリンガーは大衆紙「ビルト」をはじめ多数の紙媒体を発行していますが、ほかの伝統メディアと同じく、デジタルメディア企業へと移行しようとしています。そのため、アクセル・シュプリンガーとしての投資や買収のほか、子会社としてアクセル・シュプリンガー・デジタル・ベンチャーズ(Axel Springer Digital Ventures)をつくり、新興メディアに対する動きを加速させています。
この記事は、メディア業界に一目置かれる、海外メディア情報専門ブログ「メディアの輪郭」の著者で、講談社「現代ビジネス」の編集者でもある佐藤慶一さんによる寄稿です。
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2015年、日本のメディア界の一大ニュースといえば、日本経済新聞社によるフィナンシャル・タイムズ・グループの買収でしょう。2015年11月末にその手続きを終えたばかりのため、まだこれといった進展はみられません。今回は、この買収を日経と争ったドイツのメディアコングロマリット企業、アクセル・シュプリンガーについて取り上げたいと思います。
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アクセル・シュプリンガーは大衆紙「ビルト」をはじめ多数の紙媒体を発行していますが、ほかの伝統メディアと同じく、デジタルメディア企業へと移行しようとしています。そのため、アクセル・シュプリンガーとしての投資や買収のほか、子会社としてアクセル・シュプリンガー・デジタル・ベンチャーズ(Axel Springer Digital Ventures)をつくり、新興メディアに対する動きを加速させています。
デジタル収入が全体の7割
在英ジャーナリスト&メディア・アナリストである小林恭子さんの著作『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)では、
現在の従業員は1万3000人。世界40カ国でビジネスを展開し、収入の43%はドイツ国外で生じている。
同社が発行する数々の新聞の総部数は国内市場全体の23%を占める。
2014年第1四半期にはデジタル収入の割合が初めて50%を超え、現在は70%となった。
など、アクセル・シュプリンガーに関する情報もコンパクトにまとめられています(同書にはフィナンシャル・タイムズ買収をめぐるくわしいレポートはもちろん、日英のジャーナリズムの違いも書かれています)。
伝統メディアとしてデジタル収入が右肩上がり(2015年度第3四半期では昨年比7%増)、さらには前述のとおりデジタル収入の割合も高いアクセル・シュプリンガー。攻めの手を休めず、英語圏でのプレゼンスを向上すべくさまざまな取り組みをしています。
2015年9月、3.4億ドル(約386億円)でビジネスニュースサイト「ビジネスインサイダー(Business Insider)」を買収。その額は、AOLによる「ハフィントン・ポスト(Huffington Post)」の買収額3.1億ドル(約352億円)を大きく上回っています。また同じ時期、男性ライフスタイルメディア「Thrillist(スリリスト)」への5400万ドル(約61億円)の投資ラウンドをリードしました。このほかにも投資を行っているメディアとして、動画ニュースサイト「NowThis(ナウディス)」やニュースメディア「Mic(ミック)」と「Ozy(オジー)」が挙げられます。
ニュースはもちろん、統計リサーチや動画などにも注力する「ビジネスインサイダー」、ローカルを押さえてeコマースとメディアの融合がうまくいっている「Thrillist」、過激に分散型へと振り切った「NowThis」、ミレニアル世代の読者が多い「Mic」と「Ozy」──。メディア以外にも、世界的に急成長中の、民泊の宿泊提供サービス「Airbnb(エアビーアンドビー)」やVR企業「Jaunt(ジャウント)」などにも出資。これほど各トレンドにお金を張っているのです。
有料読者の獲得が課題
積極的に英語圏のメディアに投資する背景には、ドイツ以外での読者獲得・売上増加といった狙いがあります。そして、過去にフィナンシャル・タイムズやデイリー・テレグラフ(The Daily Telegraph)、フォーブス・メディア(Forbes Media)などの買収に失敗しているからこそ、じわじわと押さえておくべきメディアへ的確に投資をおこなっているような印象です。
目下、自社で保有するメディアにおいてデジタル課金にも力を入れており、2015年には前年比25%伸びています(約59億円)。ネイティブ広告市場は今後も大きくなりますが、紙媒体の有料購読者をデジタルにいかに移行させていくのかなど、課金をどのように積み上げていくのかは課題のひとつです。
たとえば2014年冬にアメリカの政治メディア「Politico(ポリティコ)」とのジョイントベンチャーとして立ち上げた「Politico Europe(ポリティコ・ヨーロッパ)」では有料のニュースレターを展開しています。アメリカに向けて投資するだけでなく、英語圏のメディアをヨーロッパにもってくる、という立ち回り方もとても力強いです。
プラットフォーム投資にも注目
有料施策を打っているとはいえ、まだ広告収入に頼らざるを得ません。しかしそんななかでも、広告ブロックも普及しつつあり、それに対する対策がヨーロッパで議論されています。
ページフェアとアドビの調査によれば、ドイツでは2000万人近くが広告ブロックを利用しています。アクセル・シュプリンガーは暫定的な施策として「ビルト」のオンライン版で広告ブロックをインストールしているユーザーがアクセスできないようにして、これまた議論となりました。
広告ブロック時代に対抗する有力なプラットフォームにオランダ発の「Blendle(ブレンドル)」があります。「iTunesのためのジャーナリズム(iTunes for Journalism)」というコンセプトを掲げ、記事を1本1本買ったり、パッケージでまとめて買えたりする利便性の高いサービスです。
2014年4月のリリース後、たった半年でニューヨーク・タイムズとアクセル・シュプリンガーから投資を受けています。その後、「Blendle(ブレンドル)」はドイツに進出。大手媒体のすべてが参加し、サービス展開しています。アクセル・シュプリンガーのプラットフォームへの投資も注視すべき動向でしょう。
ニュースを「メッセージ」で配信
いまや「分散型」コンテンツ/メディアの時代に突入していますが、「ビルト」は2016年に入り、Facebook「Messenger(メッセンジャー)」を利用したニュース配信をはじめています。
こちらから購読できます。また、Facebookページにメッセージを送ることで利用開始することもできます。
実際にメッセージを送ってくると「数分内」に返信が来ると書かれているように、挨拶メッセージが返ってきました。読者がいるところに、ニュースを届けていく──。もう何年も言われていることですが、メッセージのいいところは情報発信者(相手がいる)と感じることができるのが新鮮でした。
最近でもビジネスメディア「Quartz(クォーツ)」がチャット形式のニュースアプリをリリースして話題となっていましたが、ニュースとコミュニケーションの接近はもっと見られるようになってくるのでしょう。
また、ニュースアプリに関してもアクセル・シュプリンガーは動きを進めています。2015年はAppleの「News」が開始されましたが、アクセル・シュプリンガーはサムスンと組み、パーソナライズの効いたニュースアプリ「Upday(アップデイ)」をリリース。戦略的な姿勢をとっています。
ベータ版がリリースされたのは、2015年9月。テストアップ期間中、ユーザーは月に平均2時間以上を「アップディ」上で過ごしたと、同社は主張している。
現在では、アクセル・シュプリンガー社をはじめとする、1200ものパブリッシャーが利用。そのなかには、Facebookの「インスタント記事」やAppleの「News」のようなプラットフォームへのコンテンツ配信に懐疑的な立場を取る、「エコノミスト(The Economist)」「デイリー・テレグラフ(The Daily Telegraph)」「フィガロ(Le Figaro)」「デア・シュピーゲル(Der Spiegel)」などが含まれている。(DIGIDAY[日本版]記事より)
グローバルメディア勝者の条件
以前、「新聞社から『デジタルメディア企業』へと進化するNYT :有料購読者100万人までの道のり」というコラムを書いたことがありました。いうまでもなく、新聞社・出版社はいかにデジタルメディア企業に変化できるのか、という乗り越えなければいけない課題があります。
外部環境が激変し続けるなか、はたしてメディア企業の組織内部はそのスピードについていけるのでしょうか。アクセル・シュプリンガーというロールモデルには、来るべき未来への向き合い方のヒントがあると思います。つまり、デジタルコンテンツ/メディア(アプリやWebサービス含む)への投資と英語圏における読者獲得──この2点がグローバルメディアの勝者の条件となるのです。
Written by 佐藤 慶一
Photo by Thinkstock / Gettyimage