規模は小さいものの、配信者は着実に増加しブランドの投資もおこなわれているポッドキャスト。ポッドキャスト評論家のニック・クア氏はブランドの資本が流入することで、メインストリームから個人配信者が消え一部のエリート配信者が有利になると指摘。さらに、収益化をめぐり熾烈な競争が生じると予想する。
米国でポッドキャストが主流のメディアになっているかどうかを尋ねるのは、メジャーリーグサッカーについて同じ質問をするようなものだ。どちらも20年以上成長を続けているが、ほかのメディアやスポーツと比べればまだ規模は小さい。
ポッドキャストの場合、2019年の広告収入は前年より50%近く多い7億800万ドル(約749億円)だったと、インタラクティブ広告協議会(Interactive Advertising Bureau:IAB)とPwCは7月に公開したレポートで報告している。また2020年には、コロナ危機によりリスナーの数が一時的に減ったにもかかわらず、さらに15%近く増える見込みだという。
だが、テレビと比べればまだはるかに少ない金額だ。メディアエージェンシーのグループエム(GroupM)が最近発表した予測によれば、従来型テレビの広告収入は減少傾向とはいえまだかなりの金額で、2020年には610億ドル(約6兆4544億円)になるという。
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さらに、ポッドキャストは「収益化と実際のエンゲージメントのあいだにまだ相当大きな開きがある」と、業界ニュースレターの「ホット・ポッド(Hot Pod)」を手がけ、LAイスト・スタジオ(LAist Studios)のポッドキャスト「サーバント・オブ・ポッド(Servant of Pod)」でホストも務めるニック・クア氏は指摘する。
それでも、企業が多額の投資をしたくなるだけの魅力がポッドキャスト業界にあることは、すでに証明されている。「この6年間に資本が流入し始め、さまざまなレガシー企業がポッドキャスト市場で自社のポジションを確立するようになった」とクア氏は語る。
この6年の始まりとなったのは、犯罪ドキュメンタリーのポッドキャスト「シリアル(Serial)」が、人気テレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ(Saturday Night Live)」でパロディにされるほどメインストリームに広く受け入れられたことだった。なお、シリアルの制作チームはニューヨーク・タイムズ・カンパニー(The New York Times Company)に買収されることが先ごろ発表されている。
クア氏は米DIGIDAYのポッドキャストでこの買収について触れたほか、Spotify(スポティファイ)による最近の積極的な投資(人気ポッドキャスト配信者のジョー・ローガン氏と1億ドル[約106億円]の独占配信契約を結んだことなど)について語った。また、サブスクリプションモデルの有料ポッドキャストが成り立つ可能性についても話をした。
以下はインタビューの内容を要約し、読みやすく編集したものだ。
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「シリアル」の登場前と登場後
「シリアルが登場してからの6年間は、業界の基盤が形成された時期といえる。2013年以前(つまり『シリアル』登場前)は、コマースと初期のビジネスがまだ形作られている最中だった。ポッドキャスト向けアドネットワークのミッドロール(Midroll)は、メディア向けの大規模な広告配信を実現しようと取り組んでいた。しかし、あのころはまだ、ポッドキャストが大手広告主のお眼鏡にかなうのか検証する必要があるという雰囲気だった。本格的な変化が起こったのはそれからで、資本が流入し始め、さまざまなレガシー企業がポッドキャスト市場で自社のポジションを確立するようになった。同時に新たなプレイヤーが割って入り、自分たちの居場所を確立するようになった」。
今後の個人ポッドキャストの行方
「映画やテレビと比べてみると面白い。業界の構造に違いはあるが、70年代から80年代、90年代にかけてクリエイティブな映画製作者に何が起こったのかを考えてみよう。彼らは今も独立した形でクリエイティブな活動に取り組めるが、かなりの変わり者でも比較的小規模な映画スタジオのサポートを受けられていた全盛期とは大きく異なる。ポッドキャストは最終的に、個性の強い変わり者が自分の作品を制作し人々に見たり聴いたりしてもらうための場所になると私は考えている。ただし、これはポッドキャスト市場のメインストリームではなく、ほとんどのポッドキャストの行く先とは根本的に異なるものだ。メインストリームは、ウィル・フェレル氏やコナン・オブライエン氏のようなリッチな白人で、しかもたいてい男性が手がけるものになっていくだろう。資本主義のメディアとはそういうものだ。トップのエリート層が常に有利な立場を得られる」。
人気配信者への投資はギャンブル
「(ジョー・ローガン氏の人気ポッドキャスト)『ジョー・ローガン・エクスペリエンス(The Joe Rogan Experience)』を聴くような人は、『ザ・デイリー(The Daily)』、『ディス・アメリカン・ライフ(This American Life)』、『ボデガ・ボーイズ(Bodega Boys)』など、ほかのポッドキャストがリーチできるような人とは違うと考えられる。そのため、ユニークな人たちを大勢集められると思えるかもしれない。だが、ここに倫理的な問題が生じる。ジョー・ローガン氏はゲストに『なんでも質問できる』、いわばフリーな立場にある人物だ。それゆえに、Spotifyは責任を問われる立場に追い込まれ、Facebookと同じような問題に対処せざるを得なくなるかもしれない。自分たちがプラットフォームなのか、あるいはパブリッシャーなのかと問われたり、自社と契約を結んだ人物が話している内容に責任を取るよう求められたりするといった形でだ。そうなれば、1億ドル(約106億円)の出費がかえって仇になる可能性もある。また、あらゆるプラットフォームと同じように、誤った情報に対応しなければならないことはいうまでもない。Spotifyは、新型コロナウイルスの第1波が押し寄せたときに、コロナ関連のポッドキャストを大量に揃えたが、なかには誤った情報ばかりのポッドキャストもあった。だが、いまのところ大きな論争が起こっている様子はない」。
ペイウォールのハードルは高い
「競争相手にまつわる問題は尽きることがない。犯罪をテーマにしたポッドキャストなど、膨大な数のポッドキャストがさまざまな場所で無料配信されているからだ。ポッドキャストにお金を払ってもらおうとするなら、バリュープロポジションを明確にしなければならない。フィクションやスポーツなど、ポッドキャストがまだ十分に提供されていないニッチな分野なら、サブスクリプションビジネスを構築してしっかりと管理することでうまくいく可能性が高いと私は信じている。また、技術的なことに関していえば、ポッドキャストを配信できる場所はまだ分散している。ほとんどのポッドキャストがAppleを経由しているとはいえ、Spotify経由のものも増えている。サブスクリプションビジネスを構築しようとすれば、アプリマーケティング競争に加わって、熾烈なビジネスの争いに巻き込まれることになるか、どこかの大手配信業者と提携して、象の群れの中にいる一匹のアリのような状態になるだろう」。
[原文:Hot Pod creator Nick Quah on the ‘massive gap’ between podcast monetization and engagement]
PIERRE BIENAIMÉ(翻訳:佐藤 卓/ガリレオ、編集:分島 翔平)