日本ではデジタルのみで展開する『コスモポリタン』は、雑誌が世界83ヶ国、オンラインサイトは日本を含めた世界49カ国で展開、月間UUは全世界で6900万に達している。
同社がどのように組織のデジタル化を進めたのかを聞いた。
パブリッシャーのデジタル化は「既存ビジネスの延長線上にあるのではなく、ビジネスモデルの根本的な変革が必要」と語るのは、ハースト婦人画報社 代表取締役社長&CEOのイヴ・ブゴン氏だ。
世界最大級のメディアグループ、ハーストの一員である同社は、デジタルメディア事業に特化した新会社「ハースト・デジタル・ジャパン」を7月1日から稼働を開始した。日本ではデジタルのみで展開する『コスモポリタン』は、雑誌が世界83カ国、オンラインサイトは日本を含めた世界49カ国で展開、月間UUは全世界で6900万に達している。
同社がどのように組織のデジタル化を進めたのかを聞いた。
Advertisement
――パブリッシャーの「デジタル変革」についてお聞きします。組織づくりをトップダウンで進めることについてどう考えますか?
既存ビジネスを根本的に変えるフェーズでは、トップが直接コミットして進めていくことが有効です。弊社の場合、2007年、2008年ごろからデジタル化のプロセスを開始しました。当時のフランス本社のトップから、各ローカルへ、トップダウンで進めました。
――ローカライズという意味では、日本固有のマーケットの状況をどのように見ていますか?
2014年ころから、各出版社は危機感を強め、心構えが変わってきたように思います。これまではどちらかというと、既存ビジネスの延長線上でデジタルに取り組めば新たな収益が得られるという認識だったと思いますが、それがビジネスモデルをはじめ、全体的な構造改革をしなければだめだというふうに変わりました。
これからは、出版という範囲だけで考えるのでなく、また、日本のみならずグローバルな視点で競合はどこかという視点が必要です。
モバイルが普及し、ユーザーの時間を奪い合う状況のなかで、ビジネスモデル、組織づくり、コンテンツ作り、配信、マネタイズの仕組み、ビジネスのあらゆる要素をデジタルシフトしなければならないのは当然の流れです。
――スマホの台頭でコンテンツのディストリビューションは変わりました。既存メディアとして、GoogleやFacebookなどのプラットフォームと、どうすみ分けていくつもりですか?
誰でもメディアが作れる、情報を発信できる流れは、不可逆的です。コンテンツの流通をコントロールできるかどうかはもはや問題でなく、変化にどう柔軟に対応できるかが大事です。
誰でもコンテンツを容易に製作できる時代になりましたが、既存メディアにもチャンスがあると考えます。作られたコンテンツを違った形で配信、拡散し、新しい消費の仕方を提示できるからです。メディアと読者のバランスが変わることは「終わり」ではなく、むしろ新たな関係を構築する「スタート」だといえるのです。
自分たちがどの分野に一番強みがあるか、ポジショニングを考え、新しい環境における投資領域を考える。これはトップの仕事です。デジタルの組織作りをトップダウンで進める必要があるのはこのためです。
――米国ではBuzzFeedのような、新しいコンテンツ流通に沿った方法をとるメディアが出現しました。パブリッシャーとして、マネタイズを含めたデジタルのビジネスモデルについてどう考えますか?
大きく3つあります。1つ目は広告モデルで、従来の広告モデルに加え、新しいメディア、オーディエンスの作り方を模索することによって、広告主に新たな広告メニューを提示する必要があります。
当社のような出版社にはコンテンツはありますので、重要になってくるのがテクノロジーです。そこで、グローバルでひとつのプラットフォーム(CMS)でコンテンツを共有、オーディエンスを作り、広告主に新しい価値を提供するようなチャレンジを始めています。これが、ハーストが独自に開発し、アメリカをはじめ、世界的に導入を進めているCMS「メディアOS(MediaOS)」です。
2つ目は、プラットフォームと連携してコンテンツをマネタイズする新しい仕組みです。たとえば、ドコモの「dマガジン」のような読み放題のサービスが好調です。これについては「パブリッシャーがプラットフォームの下請けになってしまうのではないか」と危惧する向きもありますが、私はそうは思いません。
プラットフォームとの新しい関係、コンテンツのマネタイズの新しい仕組みとして検討の価値があると思います。たとえば、コンテンツの有料課金サービスを、パブリッシャーが展開することだってあり得ます。
そして、3つ目はECです。弊社の場合は、2007年あたりから議論を開始し、2009年からスタートしました。欧米では、メディアがリテーラーになることに対して読者の抵抗がありますが、アジア、とくに日本では、既存メディアのブランドや読者との関係性をいかし、ECを展開していくことは、ニッチではあるものの有望です。
それ以外には、今後はデータの活用、CRMやデータビジネスに可能性を感じています。ECにおける購買行動の分析も、何らかの知見が広告メニューにつながるとよりメリットが生まれると思います。
コンテンツプロバイダーとして、パブリッシャーは多様なビジネスモデルを探っていく必要があります。ひとつのモデルに依存するのはリスクが高いからです。
――パブリッシャー同士が協力して広告枠を売るような仕組みは、日本では考えていませんか?
プログラマティックな広告取引は弊社も力を入れています。品質の高い広告枠を提供するために、従来のオープンオークションに比べて閉鎖的な取引形態をとるプライベートマーケットプレイス(PMP:Private Market Place)に期待しています。
――コスモポリタンの日本版はデジタルメディアとしての展開ですね。どのような狙いがありますか?
『コスモポリタン』はミレニアル世代の女性をターゲットにしたメディアで、弊社初となるデジタルのみで展開するメディアです。オンラインサイトは日本を含めて49カ国で展開、月間UUは全世界で6900万に達します。
日本においては、認知度を高めるためのブランディングに注力している段階で、2017年以降はマネタイズの仕組みを徐々に考えていくロードマップを考えています。
『コスモポリタン』は「メディアOS」に移行した日本で最初のメディアでもあります。グローバルでどういうコンテンツが人気があるか、知見のシェアや企画など、グローバルとやり取りをしながらさまざまな試行錯誤を繰り返しています。
日本版の編集は日本のチームで担当していますが、海外のチームと話し合うなど、チームメンバーも日々勉強しながら、新しい編集方法で制作しています。
――「ハースト・デジタル・ジャパン」を設立し、7月1日から稼働開始しましたが、狙いは?
デジタルマーケットの早いスピードに対応しながら、既存の紙媒体を中心にした組織を変えていくのは時間がかかります。そこで、社内にスタートアップ的な組織を作ろうというのが別会社化した狙いです。『コスモポリタン』の編集部もこの新会社に所属しています。
目下、次のフェーズとしてプロダクト開発を視野に入れ、2017年にはスマホを中心にしたイノベーションプロセスに取り組みたいと考えています。いままでの出版社のイノベーションとは違う、面白い展開がスピーディにデジタルで展開できる。会社にとっての将来に向けた仕組みに成長してくれると期待しています。
――デジタルの収益が紙を超えるのはいつごろになると考えますか
紙のビジネスは依然として強く、弊社の数年前の予測では、このまま順調にいけば、デジタルと紙の収益の比率は2018年から2020年までに50対50になると予測しています。現在は、約3分の1がデジタルで、とくに日本では2年前からデジタル広告のビジネスが急成長しています。
いくつかのブランドがありますが、デジタルに強い『ELLE』はデジタル関連の収益は約6割を占め、デジタルシフトは進んでいます。また、2013年創刊した『Harper’s BAZAAR』もデジタル・オーディエンスが伸長しているブランドのひとつです。
――今後のデジタル戦略をどうお考えですか?
『ELLE』を中心に、より強力なラグジュアリー系のデジタルメディアを作り、メディアブランドを中心としたCMSの強化に取り組んでいきます。デジタル広告は、プログラマティック、動画を中心とした広告を強化し、フィナンシャル・タイムズ(FT)のように読者コミュニティを構築し、データビジネスに取り組みます。
そして、ECのプラットフォームを他ブランドにも展開させていきます。
このように、ドラスティックな変化というより、基本的な戦略に沿って具体的な展開に落とし込んでいくことを考えています。ハースト本社やグローバルのリソースをうまく使って、日本独自のビジネスモデルを作っていきたいです。
そのためには人材の確保が必要です。いままで出版社にはいなかったようなデジタル系のプロファイル、コンテンツ制作、テクノロジーに詳しい人材を登用していく必要があります。
――紙とデジタルは違うチームになる可能性もありますね。
メディアブランドごとに強みは異なり、例えば『コスモポリタン』と『婦人画報』のチームはいまも違います。しかし、それはよいことだと思います。デジタルも既存メディアから学ぶべきことはありますから。
経営マネジメントの観点からは、今後は新しいコンテンツやイノベーションを創出するためのフラットな組織が必要です。いつまでもトップダウンでやるつもりはありません。「ハースト・デジタル・ジャパン」のマネジメントは、セクションにとらわれず、いろんな人が交流しながら仕事ができるようにフラットな組織形態を考えています。
デジタル変革は試行錯誤の連続ですが、悲観はしていません。我々を取り巻く環境は厳しいですが、可能性は広がっているからです。
▼イヴ・ブゴン
株式会社ハースト婦人画報社 代表取締役社長 CEO
パリ政治学院を卒業後、パリ第9大学で国際ビジネスを学び、1990年に留学生として来日し、慶応大学にてマーケティングを専攻。在日フランス商工会議所、パリ国際関係研究員、出版事業やジャーナリズム・プロジェクトに携わった後、2004年にアシェット婦人画報社に入社。マーケティング・事業開発本部の本部長を経て、2006年5月にアシェット婦人画報社の社長およびCEOに就任。2011年7月に親会社の変更に伴い、ハースト婦人画報社となり社長およびCEOに就任。
Written by 阿部 欽一
Interview by 吉田 拓史、阿部 欽一
Photo by 渡部 幸和