米国で長らく斜陽産業とみなされてきたローカルニュース業界に活況が戻りつつある。ローカルニュースへのオーディエンスの高いニーズと、地域密着コンテンツへの広告主の関心は日に日に高まっているのだ。「営利団体はローカルニュースにそぐわない」とする声もある一方、メディアスタートアップたちは参入を試みはじめている。
メディア業界では今、ローカルニュースで大きな収益をあげられるという、これまでにない考えが広まりつつある。
それも、さまざまな地域、さまざまなフォーマットで広まっているのだ。アクシオス(Axios)は、来年はじめに4つの市場でニュースレターを発行する。アトラス・オブスキュラ(Atlas Obscura)の元CEOで、現在はスレート(Slate)の編集長を務めるデビッド・プロッツ氏は、広告収益を目的として、ローカルニュースの音声番組を集めたシティキャスト(City Cast)というポッドキャスト企業を立ち上げようとしている。地元密着型のパブリッシャー、パッチ(Patch)では、新型コロナウイルスの最新情報や大統領選挙の投票所といった地元において関心の高いニュースを扱ったところ、広告の直接販売が増加し、収益は前年比で30%増になったという。
とはいえ、ローカルニュースの経済規模自体はいまだに小さなままで、突如市場が巨大化したわけではない。だが、ここにビジネスチャンスがあると見る業界のリーダーは少なくない。実際、オーディエンスからの地元ニュースの需要は大きい。アクシオスのCEO、ジム・バンデヘイ氏は「ローカルニュースで成功するには、明確な予測に基づき比較的小規模で参入し、プレゼンスと読者数、収益を積み上げていく以外にない」と語る。
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小規模チームで収益を上げる
ウォールストリート・ジャーナル(Wall Street Journal)によれば、アクシオスは今年、約5800万ドル(約60億円)の収益で黒字予想となっている。同社は現在、ミネアポリス、セントポール、タンパ、セント・ピーターズバーグ、デンバー、デモインに向けたニュースレターを発刊予定だ。同社はこれまで手がけてきた全国規模のニュースレター戦略をローカルニュースにも適用し、各地でレポーターを雇い、各都市のビジネスリーダーにとって関心のある技術や政治、産業、不動産、教育といった分野の報道を検討している。
バンデヘイ氏はこのプロジェクトで黒字が見込めることが分かれば、ほかの都市でもうまくいく可能性が高いため、すぐさま拡大する準備も整えているという。「比較的小規模なチームでも機能する理由として、個人事業主では負担が難しいコスト面(つまりオフィスやテクノロジー、ブランド認知度、配信など)の不安がないことが挙げられる」と同氏は語る。同社は、ローカルニュースレターは完全に広告依存とする予定で、すでに提携している全国規模の広告主のなかから、地元オーディエンスにリーチしたい企業を募集する。
バンデヘイ氏は「小規模な市場では、数億円規模の事業にしかならない可能性もある」と語る。だが、目的は小規模ながらターゲットを絞った投資により、短期間で収益をあげることにある。そしてやがて、複数の都市をグループ化することで広告主へのオプションを増やすことも視野に入れているという。このシステムが成功するかどうかについても「すぐに結果がわかる」と同氏は語る。
危機に瀕するローカルニュース
長年にわたり、ローカルニュースは斜陽産業とされてきた。ニュース業界では、イノベーションにより紙媒体からオンラインへと移行が進み、さらにFacebookやGoogleの台頭、オンライン広告市場の不況が発生。こうした変化によってもっとも厳しい打撃を受けたのがローカルニュースだ。実際、米国では多くの新聞が廃刊となっている(ジャーナリストのペニー・アバーナシー氏の最新レポートによると、2004年以降で1800紙が廃刊)。
また、ヘッジファンドやプライベート・エクイティ企業による買収で、わずかに残ったメディアの価値は絞り取られ、新型コロナウイルスの感染拡大によって数万人がレイオフや一時帰休となった。米国では日刊紙のない都市も増えており、先月にはソルトレイクシティもこのリストに名を連ねることになった。
この影響は深刻だ。誤った情報がローカルコミュニティに蔓延し、ニュースが届かない空白地帯が生じ(さらにそこに悪徳業者が入り込み)、地域のリーダーは何をしても説明責任を追求されなくなった。さらに、誰でもお金を払えば記事を執筆、掲載できるP2Pニュース(Pay-to-Play News Network)が蔓延しており、ニューヨーク・タイムズ(New York Times)によるとすでに全米で1300以上も確認されている。
バンデヘイ氏は、アクシオスのモデルにより持続可能なローカルニュースを作り出す道筋を示せればと期待している。「地域のジャーナリズムを守るという面でも重要だ。現在のローカルニュースをめぐる問題の解決策になると同時に、非常にいいビジネスモデルも示せる可能性がある」と同氏は語る。
音声コンテンツに活路
スレートのプロッツ氏は、ポッドキャストという別のアプローチでローカルニュースの問題に取り組んでいる。ワシントン・ポスト(The Washington Post)をジェフ・ベゾスに売却した一族の関連会社、グラハム・ホールディングス・カンパニー(Graham Holdings Company)が保有するシティキャスト(City Cast’)は、各地のローカルニュース・ポッドキャストをつなぐネットワークだ。プロッツ氏はここで聞ける配信のなかから、各都市や地域を体現するようなホストやプロデューサーを探しているという。「一世代前の都市には、都市の精神を体現するような象徴的な人物がいた。夕方のニュースの司会や、ニューヨーク在住で同市の労働階級の記事を執筆し続けた新聞のコラムニスト、ジミー・ブレスリンのような人物だ」。
プロッツ氏は、ポッドキャストやオンデマンドの音声配信サービスは、かつてラジオが独占していた市場(音楽や全国規模のトークニュース、スポーツなど)に進出した一方、ローカルニュースだけが例外となっていると指摘する。今のところ、ローカルニュースのポッドキャストは広告市場が小さく、サブスクリプション形式の音声ビジネス自体が黎明期なこともあり、収益化する方法はあまり多くない。だがプロッツ氏は「複数の都市をまとめ、オーディエンスを増やして広告主グループに向けて販売することが対策になる」と語る。
また同氏は、コロナ禍によってニューヨークやワシントンといった大都市に集中していたメディアの人材がほかの地域に移ったり、オンラインで仕事をするようになったりしていると指摘する。これが、ローカルニュース番組の司会探しやローカルニュース業界全体にとっての追い風になるという。「人が各地に散らばることを後押しするムードがある。これによって、ローカルな事業にまつわる人材不足の課題を多少は解決しやすくなるだろう」。
公共のラジオ局もまた、ローカルニュースを盛り上げようと支援してくれていると同氏は語る。長年にわたり米国の公共ラジオ局は、高価値コンテンツを提供するナショナル・パブリック・ラジオ(National Public Radio:NPR)NPRに依存してきた。だがリスナーがオンラインへと移行していくに伴い、ラジオ局もまた独自コンテンツの制作に邁進するようになっている。たとえば2018年には、ローカルニュースサイトのゴサミスト(Gothamist)やLAイスト(LAist)、DCイスト(DCist)が、それぞれ地元ラジオ局のWNYC、KPCC、WAMUに買収されている。
営利目的はそぐわないのか
近年のローカルニュース業界では、非営利組織の主導で野心的な取り組みが進められていることが多い。たとえばアメリカン・ジャーナリズム・プロジェクト(American Journalism Project、以下AJP)は、チョークビート(Chalkbeat)の共同創業者エリザベス・グリーン氏とテキサス・トリビューン(Texas Tribune)の共同創業者ジョン・ソーントン氏が立ち上げた組織で、最近になってジャーナリズムへ積極的に出資している組織であるナイト財団(Knight Foundation)やエマーソン・コレクティブ(Emerson Collective)、クレイグ・ニューマーク・フィランソロピー(Craig Newmark Philanthropies)から4600万ドル(約48億円)を資金調達している。これによりAJPはバークレーサイド(Berkeleyside)やVTディガー(VTDigger)、ワイオファイル(WyoFile)、ミシシッピトゥデイ(Mississippi Today)といったローカルニュースに数億円の出資をおこなった。
AJPのCEO、サラベス・バーマン氏は「AJPは非営利の事業モデルにも可能性を感じており、真剣に投資を検討している」と語り、教育業界を例として挙げた。「寄付に大きく頼ることにはなるが、業界の一部として資金面で持続可能な組織を構築することは可能だ」。バーマン氏は、「たとえ非営利の報道団体であっても、事業面でほかのニュース企業と同じように考える必要がある。つまり、広告だけに依存せず収益を多様化し、かつての新聞社の轍を踏まないように注意しなければいけない」と指摘する。「各財団からの寄付や企業スポンサー、読者収益といったパイプラインを構築し、コミュニティとって価値のあるコンテンツを提供するべきだ」。
テキサス・トリビューンのCEOエバン・スミス氏は、10年以上前に地域の政治をメインとしたニュースサイトを立ち上げた際に、「営利目的ではだめだ、市場にそぐわないと考えた」と振り返る。 同氏は、テキサス・トリビューンの使命として、公共に無料でコンテンツを届ける必要があると考えた。「広告主の目をひくように意識する気はない」と同氏は語る。かわりに同紙は寄付や読者収益、イベント収益(パンデミック以前のことだが)を組み合わせ、米国でもっとも知られる非営利の報道団体へと成長した。
スミス氏は、ローカルニュース業界では、営利目的のベンチャーが成功するのは非常に難しいと今でも考えているという。「この課題を解決する組織が出てくれば歓迎する」と同氏は語り、次のように述べた。「解決さえすれば、営利であっても非営利であっても関係はない」。
STEVEN PERLBERG(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)
Illustration by IVY LIU