エッジを獲得し、よりスマートな決断を:DIGIDAY[日本版]創刊5周年に寄せて

「日本のデジタル広告料金は、海外と比べて安すぎるーーそう、パブリッシャーの方は口々におっしゃいます。ですが、ここだけの話、広告主としては、現状、それに見合う価値しか提供してもらえていないと感じているんですよね。ある意味、妥当な値付けだと思う」。

たしかあれは、昨年のよく晴れた初夏の午後のことだ。何かの打ち合わせの際に、とある大手消費財メーカーのマーケターが、ふとそんな本心をもらしてくれた。その際に利用していた会議室は、とても眺望がよく、梅雨明け直後の東京の町並みが遠くまで見渡せたことが、強く印象に残っている。

「残念ながら、日本のパブリッシャーがその主張を通すには、もっと力を持ってもらわないといけない」と、そのマーケターは話を続ける。「かつての4マスには、広告主と交渉する力があったと思います」。

DIGIDAY[日本版]は2020年9月1日、創刊5周年を迎えた。正直なところ、2015年当時、紆余曲折があり、業界の右も左もわからぬまま創刊編集長を仰せつかったのだが、その後しばらくは文字通り「五里霧中」で、ひたすらもがき続けていたのを覚えている。とはいえ、この稀有なバーティカルサイトを運営する過程で、実に多くの業界関係者に会い、多くの学びを得た。このことは、掛け替えのない財産だし、感謝の言葉が尽きない。冒頭のやりとりは、そんななかでも、もっとも印象に残るもののひとつである。 

デジタルパブリッシャーの胸の内

それにしても、「日本のデジタルパブリッシャーには、広告主と交渉する力がない」とは、まさに一刀両断の意見だ。デジタルパブリッシングに関わる人間のひとりとして、とても胸が痛む。というのも、DIGIDAY[日本版]を創刊する前も合わせて十数年、それなりに価値あるデジタルコンテンツを生み出してきたつもりだが、思い当たるフシも少なからずあるからだ。

たとえば、広告案件で求められる結果数値にほだされて、ユーザー本位ではない手を打ったことは何度もある。むしろ進んで、それを実行してきた部分も否めない(もちろんルールに反しない範囲でだが)。一方、いちユーザーとして他社メディアを眺めているときに、本質的ではないデジタル広告に出くわし、うんざりした覚えもそれ以上にある。しかも、そのコンテンツ力に、常々脱帽していたメディアにだ。だからこそ、冒頭のマーケターの言葉を聴いて、ちくりと胸の痛みを感じながらも、「よくぞ、言ってくれた」という感動もあった。

実際、さまざまなデジタルプラットフォームが隆盛を極めてからというもの、パブリッシャーの存在意義が大きく問われ続けている。プロコンテンツであろうがUGC(ユーザー生成コンテンツ)であろうがお構いなしにおしなべて扱われ、それぞれのプラットフォームの論理でふるいに掛けられるからだ。つまり、読者にとって、コンテンツを発信するパブリッシャーの固有名詞はあまり関係なく、メディアブランディングもなにもあったものではないという状況になっている。自社コンテンツの価値は自分たちで決める――そういう矜持を貫き通せるサブスクリプションを主体としたデジタルパブリッシャーには、羨望の眼差しを向けるしかない。

しかし、実はいま、ブランド広告主も、パブリッシャーと同じような状況に陥っているようなのだ。

ブランド広告主も他人事ではない

昨今、ブランドセーフティに対する懸念が高まり、ブランド広告主はプラットフォームに対して、「不適切なコンテンツの脇に広告が掲載された」「テロリストの資金源の温床となる」「人種差別を増長してはいけない」と、抗議をしてきた。しかし、プラットフォーム側はそうした主張を受け入れる姿勢を見せつつも、大きな焦りを感じている風ではない。なぜなら、彼らの広告収益全体において、ブランド広告主が占める割合はそれほど大きくないからだ。

プラットフォームに集まる広告収益の多くは、ひとつひとつの規模は小さくとも、星の数ほど存在する中小企業の広告主からもたらされている。そして、こうしたサイレントマジョリティが求めるものは、ブランディングよりもパフォーマンスだったりするのだ。いまや一斉を風靡したD2Cブランドたちは、このように安価で確実に結果を得られるプラットフォームを揺りかごに、ブランディングとパフォーマンスのバランスをうまく取って、大きく成長してきた。

広告だけでなく、販売についても同じことがいえるだろう。コロナ禍中にあって、いまやECプラットフォームは、販売チャネルとして欠かせないものとなった。だが、パブリッシャーのコンテンツ同様にブランド広告主(販売事業社)のプロダクトも、プラットフォームの都合によって振り回される。なにより、やはり一様にフィード上へ商品が表示されるので、ブランディングもなにもあったものではない。だからといって、影響力が大きすぎるそのチャネルを、簡単に破棄することもできない状況になっている。

つまり、ブランド広告主であってもプラットフォーマーに対して、交渉する力を失いはじめているのだ。

繰り返される「量」か「質」かの議論

「量」か「質」かという議論は、DIGIDAY[日本版]が2015年に創刊された当初に白熱していた議論だ。それから5年が経ち、さまざまな問題が整理され、よりクリーンなデジタルマーケティング環境ができあがってきたかに思う。しかし、本質的に、まだまだその議論は解決されているわけではない。DIGIDAY[日本版]で掲載してきたコンテンツを振り返り、その流れを軽くタイムラインにまとめてみよう。

2015年:アドブロッカーの嵐とサブスクリプションの夜明け
欧米においてアドブロッカーの普及率が急速に高まり、ブランドおよびパブリッシャー双方に被害を及ぼす。これがある意味、ユーザー中心のコミュニケーションが検討される契機になった。その一方、日本経済新聞が英フィナンシャル・タイムズ(The Financial Times)を買収し、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)のデジタル版有料購読数は100万人を突破。サブスクリプションを主軸にしたパブリッシャーが勢いを強めはじめる。

2016年:コピペメディアの終焉とインフルエンサーの台頭
インスタグラムの発展により、セレブリティとは異なる影響力をもつ、一般人のインフルエンサーが台頭しはじめる。また、スマートフォンの普及によって、米国ではデジタル広告費がテレビを上回ることが確実視されるようになった。さらに、日本ではDeNAの「WELQ」騒動が巻き起こり、デジタルパブリッシングのあり方が問われはじめる。GoogleのAMP、Facebookのインスタントアーティクルが本格稼働分散型メディアも大きなトレンドに

2017年:ブランドセーフティ議論の勃発と新時代マーケティング
YouTubeで不適切なコンテンツと一緒に広告が表示されることに対して、ブランド各社が広告のボイコットを実施するが、約3カ月で収束。また、その遠因ともいえる、GoogleとFacebookによるデジタル広告の寡占状況(デュオポリー)に対して、第三極としてAmazonが期待されはじめる。これにより、広告と販売が一層近づいた。この頃から、カンヌライオンズにコンサルティング企業が大挙するようになり、マーケティングのあり方が変わったことを象徴づける。

2018年:分散型メディアの危機と健全化への大きな前進
年明け早々、Facebookのフィードが改変され、ブランド・パブリッシャー双方に大打撃4月、日本では漫画村問題が立ち上がり、デジタルコンテンツのあり方だけでなく、広告出稿側の倫理も問われるように。5月には、EUで一般データ保護規則(GDPR)が施行され、同時期に世界広告主連盟(以下、WFA)が「グローバル・メディア・チャーター(Global Media Charter)」を発表。この頃から、インフルエンサーたちの水増し問題も取り沙汰されるようになる

2019年:トラッキング規制の本格化とD2Cブランドの台頭
Apple/SafariのITP機能が、2.12.22.3へと立て続けにアップデート。ブラウザによるトラッキング規制が本格化しはじめ、日本のエージェンシー業界にも大きな影響を及ぼしはじめるD2Cブランドの認知が急速に高まり大企業によるトライアルやスタートアップの買収が拡大。日本アドバタイザーズ協会(JAA)は11月に、「デジタル広告の課題に対するアドバタイザー宣言」を発表。この年、日本において、デジタル広告費がついにテレビを追い抜く。

2020年:サードパーティCookieの末期と新型コロナウイルス
Googleが、ChromeにおけるサードパーティCookieのサポートを2022年までに停止する行動計画を発表。日本では、より厳格化された「個人情報保護法」の改正案が閣議決定・公布され、2年以内に施行されるように。そして、年明け早々のコロナ禍により、実店舗の凋落と、eコマースの急速な拡大が進んだ。さらにBLM(Black lives matter)運動のアオリを受けて、Facebook広告の不買運動が広告主のあいだで拡大。だが、わずか2カ月で収束に。

各年、「量」か「質」の議論の延長線にある、印象深い出来事を羅列してみた。本当にいろいろあったが、仔細を眺めていくと、言葉を変えて、絶えず「量」か「質」の議論を繰り返しているように感じる。いや確かに、螺旋状ながら前へは進んでいるのだが、その先にさらに憂うべき局面も見えてきたーー。

マーケティングサイドであってもメディアサイドであっても、ブランディングを志向する企業は、いま共通の課題を抱えている。それは、「平準化」だ。

エッジを獲得し、よりスマートな決断を

いまや世界をつなぐインターネット。そのおかげで、コロナ禍のいまも、あまり生活に影響を受けずに過ごせている人も少なくない。そんなインターネットの大きな魅力のひとつに、大企業や一個人に関係なく、「平等な機会が与えられる」というものがある。言葉にすると、まさに「ユートビア」だ。

たが、インターネットが誕生して四半世紀が経ち、その実情を鑑みると、そうともいえない部分も垣間見える。たとえば、類似のプロダクト・コンテンツ・サービスが氾濫し、それぞれの境界線も曖昧になった。さらには、ごく一部のプレイヤーのみにパワーが集約され、その他大勢はただ一様に、強者の手のひらの上であがくことしかできない状況も発生している。これは、ある意味「ディストピア」だろう。

こうした状況を切り拓くには、エッジ(独自性)を極め、パートナーへの交渉力を持ち、よりスマート(賢明)な決断を下せるビジネスを構築していくしかない。それを実行していくことで、これまで延々と繰り返してきた「量」か「質」かの議論から解き放たれることができるはずだ。サブスクリプションやD2Cは、インターネットが内包した矛盾を解消する、現段階でもっとも有効な手段のひとつなのかもしれない。

 

GAIN AN EDGE, MAKE SMARTER DECISIONS
〜エッジを獲得し、よりスマートな決断を〜

 

創刊5周年を迎えたDIGIDAY[日本版]は、このタグラインをもとに、次なる5年を歩んで行く。その傍らにはきっと、デジタル時代におけるブランディングに対して、絶え間ないチャレンジを続けている、マーケティングおよびメディアの次世代リーダーたちがいてくれると信じている。

Written by 長田真