2021年が終わりに近づくにつれ、テレビ番組やコマーシャル、ストリーミング、デジタル動画などの制作は、パンデミック以前の状態にほぼ回復してきている。本記事は、テレビ番組やデジタル動画のプロデューサーたちが、2021年にニューノーマルに落ち着いた様子について報告する。
2021年が終わりに近づくにつれ、テレビ番組やコマーシャル、ストリーミング、デジタル動画などの制作は、パンデミック以前の状態にほぼ回復してきている。もちろん、接触や密の回避、またマスク着用や検査など、制作上の条件は相変わらず残っている。制作は完全に以前のスタイルに戻ったわけではないものの、ニューノーマルという新しい形で落ち着いた。
本記事は、テレビ番組やデジタル動画のプロデューサーたちが、2021年にニューノーマルに落ち着いた様子について報告する。
主なキーポイント:
- テレビ番組、ストリーミングや動画コンテンツのプロデューサーたちは、パンデミック以前と比較しても、相変わらず忙しい。
- 現在、プロデューサーたち はパンデミック前に撮影できたものと同じタイプのプロジェクトをすべて制作できると手応えを感じている。
- COVID-19関連による制作内容や進行などの変更は、すでに制作計画上の想定一要素となり、たとえパンデミックの新たな波が訪れても、制作プロジェクトが頓挫することはなく、継続を可能にした。
ショーは続く
「間違いなくニューノーマルだ。ノーマルとは言い難い」と語ったのは、AppleやAmazonやNetflix向けの映画やテレビ番組を制作してきたAGBOの共同創設者兼バイスチェアマンであるマイク・ラロッカ氏だ。「パンデミックによって必要になった制作上の変更に順応し、スタッフがそれに慣れてきたのだ。しかも、その対応能力がどんどん進歩して、柔軟性にも優れて、どんな問題もかなり効果的に解決することができている」。
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「すでに完全にノーマルな状態に戻ったような気がしている。COVID-19中の制約のために先送りされたり保留されたりした番組はない。ノーマルな条件下であれば制作できたであろう番組を、現在のニューノーマルな条件下で同じように制作できる。そのやり方をあれこれと見つけた」とHBO Max、Hulu、Netflixの番組を制作しているボックスメディア(Vox Media)傘下の ボックスメディア・スタジオ(Vox Media Studios)のシニアバイスプレジデント兼エンターテインメント責任者であるチャッド・マム氏(Chad Mumm)は自信に満ちた表情で語る。
「2021年が終わろうとしている今、『元通りの仕事』とは言えないまでも、ニューノーマルに順応してきたため、元の仕事に戻ったように感じている」と、インダストリアルメディア(Industrial Media)のプレジデントで、同社傘下のインテレクチュアル・プロパティ・コーポレーション(The Intellectual Property Corporation:HBO Max、Hulu、Netflixの番組を制作しているスタジオ)のCEO兼共同創設者でもあるアーロン・セイドマン氏は述べている。
元通りの仕事
ただし、「元通りの仕事」とは言っても、今の社会の状況全体が元に戻った訳ではない。パンデミック前のプロジェクト量と比較して、今の制作ビジネスは異常なほどに忙しい。
- セイドマン氏によると、インダストリアルメディアは、35のネットワークとストリーミングサービスにわたって、さまざまな制作段階のシリーズを100以上抱えている。「かつてないほど多くのコンテンツを作成している」と彼は言う。
- ボックスメディアは、台本ありと台本なしのシリーズなど12以上の番組、そして台本のある長編映画も1本制作している。
- 「動画部門が成長を遂げたことのほか、各制作物に対する責任の重さが増したことによって、実は2019年12月よりも2021年12月のほうが忙しい!」とフードパブリッシャーのフード52(Food52)のエグゼクティブプロデューサー、ガブリエル・マンギーノ氏はメールで述べる。
さまざまな理由でプロデューサーは非常に忙しい。ストリーミング戦争が激化している、動画視聴者数が急増している、企業がパンデミック時の制作の複雑さに対応できる能力を身に着けたといった理由からだ。テレビ番組やストリーミング番組からデジタル動画やコマーシャル撮影に至るまで、プロジェクトは2020年の夏に対面制作に戻り始めた。出演者は撮影に参加する前に検査を受けたり、マスクを着用したり、セットでは人と人の距離をとるなどして、健康と安全のための対策を講じている。
「現在、これらのルールに従うことはほぼ自然に行われている。私たちは皆、検査における注意事項や、個人用保護具の使用上の注意事項を知っている。食品は個別に包装されている。これらはすべて完全に自動化されている」と、デジタル動画やコマーシャルのプロジェクトに携わるある制作エグゼクティブは話す。
制作予算に追加されたCOVID-19関連のコストでさえ通常のものと見なされるようになったと、この記事のためにインタビューされた幹部たちは口をそろえる。「私たちはそれを経済的負担とは感じていない。今では業界における標準だ」とマム氏は言う。
アジャイルな制作
もちろん、パンデミックによって、前述の健康と安全のためのルールの維持が必要とされるだけでなく、制作に影響が出る可能性もいまだにある。たとえば、AGBOは、プロジェクトに携わる人々がCOVID-19の検査で陽性となる状況があったが、プロジェクト全体を中断することなく、制作の一部のみをいったん休止するか、特定の部門を一時的にシャットダウンすることで対応することができた。「私たちは制作を中止せずに、その影響をうまく特定の集団のみに限定することができるので、制作自体を失うことはない」とラロッカ氏は語る。
制作において、キャストやクルーをコロナウイルスから保護するだけでなく、陽性者が出たときに調整できる態勢が整っていたために、2021年夏にデルタ株が急増しても、制作再開が頓挫することがなかった。「おかげで足踏み状態にはならなかった」とセイドマン氏は言った。
実際、企業はパンデミックのあいだにもかかわらず、制作のペースを上げてきた。それは、リモート制作機能などにより新たに効率化が進んだことも大きいが、(パンデミックによって)番組の制作需要自体が急増したからだった。
「2020年の年末からの1年で、制作プロジェクトの数が2倍になった。間違いなくこれまででもっとも忙しかったので、対応するためにスタッフを増やす必要があった」とマム氏は述べている。「うちのクリエイティブエグゼクティブのなかには、監督する番組数が2つから6つに増えた人もいる。大変な増え方だ」と彼は付け加えた。
外国での撮影
プロダクションが相対的にノーマルなレベルにまで戻ったことを示す最近の兆候のひとつは、撮影場所が拡がったことだ。IPCがパンデミック中にHBO Max向けに制作した「セレーナ+シェフ(Selena + Chef,)」の最初の2シーズンは、プロのシェフがスターのセレーナ・ゴメス氏にビデオ通話で料理の方法を教えていたため、制作はほとんどリモートで行われた。しかも、登場するシェフはロサンゼルスのゴメスの家の近くに住む人に限られていた。
しかし、10月に配信がスタートした第3シーズンでは、IPCは国外で撮影することができるようになった。「たとえば、英国にいるジェイミー・オリバー氏が出演するエピソードがある。これは、技術的に遠く離れている場合の撮影方法を考え出し、シェフとセレーナの会話がリアルタイムでうまくつながるようにできたから可能になった。そしてシェフがどこにいようと、リモート制作チームがセットアップして、撮影できるように、非常によく練られたシステムができあがっていたことも大きな要因だ」とセイドマン氏は話す。
同様に、フード52は、2021年9月に、パンデミックの発生以後初めて外国での撮影を行った。フード52は、「メイカー(Maker)」シリーズの一環として、陶器メーカーのポテリルノー(Poterie Renault)に関する動画を撮影するために2人のクルーをフランスに派遣した。「自撮りスタイルで非常に多くの場所で才能ある人々と仕事ができるようになった結果、我々は他のチームから、どこへ行っても才能ある人に会い、その都度最適な仕事をする方法を知っていると思われている」とマンギーノ氏は語っている。
パンデミック時代の制作は続く
初期のパンデミックの浮き沈みに比べ、制作事業は安定しているように見える。だが、プロデューサーたちにとってパンデミックは現実であり続けている。そのため、人々がマスクをしなくなり、社会がどんなに安全な雰囲気を出そうとも、彼らは状況を常に把握し、見通せる限り先々に起こり得る事を想定して番組制作に取り組まなければならない。「実際のところ、少なくともこの先数年間は、このニューノーマルな状態を続けることになるだろうが、願わくは、ここから一歩でも後退しないで欲しい」と、デジタル動画およびコマーシャル制作エグゼクティブは述べる。
オミクロン株は、制作状況に脅威を与えそうだが、デルタ株のときも同様であったし、前述のように、健康と安全のルールが遵守されていることにより、制作はその波に耐えることができる。この時点で、制作業界は、パンデミックの最悪の事態(もうこれ以上悪い時期は来ないと願うが)を通じて、そのレジリアンス(回復力)を証明しており、そうし続ける準備がある。
「パンデミックが終息していないことは、誰もが承知している」とセイドマン氏は言う。「安全と責任は、あらゆるセット、あらゆる制作において私たちの最優先事項だ。だから現実をよく認識して動くことだ。一連の安全上のルールは、これまで十分な時間をかけて試し、洗練させ、適合させてきたものだから、自信をもって実施できる。そして、古い言い回しのとおり、『ショーは続けなければならない』のだから」。
TIM PETERSON(翻訳:SI Japan、編集:長田真)