「ヴォーグ(Vogue)」の有名編集者だったアナ・ウィンター氏は、2013年にコンデナスト(Cond Nast)のアートディレクターに昇進したが、その際、同社編集者たちに「私が一体何をやるのかと、みなさんも戸惑っていることだろう」と切り出した。それから4年が経ち同氏は、この問いにすでに答えを出しはじめている。
「ヴォーグ(Vogue)」の有名編集者だったアナ・ウィンター氏は、2013年にコンデナスト(Cond Nast)のアートディレクターに昇進したが、その際、コンデナスト編集者たちとの会議で、「私が一体何をやるのかと、みなさんも戸惑っていることだろう」と切り出した。
それから4年が経ったいま、編集ディレクターという肩書きが加わったウィンター氏は、この問いにすでに答えを出しはじめている。コンデナストのほぼすべての雑誌に手をつけ、トップ編集者を入れ替えたり、重要な登用を行ったりしている。一番大きな変化は、編集クリエイティブのスタッフとビジネスクリエイティブのスタッフをひとつのチームに統合したことだ。甘やかされているとして有名だったコンデナストの編集者たちに、収益を生み出す取り組みに単に協力するだけでなく、自ら手を染めることを要求した。
アートディレクターに就任以来のウィンター氏の業績については、おおむね肯定的に見る人が社内外に多い。しかし、同氏による影響の評価は、それほど簡単なことではない。
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コンデナストが新たな段階に入ったいま、それは重要な問いになっている。コンデナストの魅力を作り出し、編集者の独立性を断固として守ってきた名誉会長のサミュエル・アーヴィン・ニューハウス氏が、2017年10月1日に89歳で死去した。「ヴァニティ・フェア(Vanity Fair)」のグレイドン・カーター氏と、「グラマー(Glamour)」のシンディ・リーブ氏というスター編集長2人が、この年末に去ることになっている。コンデナストの最大の資産である編集者たちは、感覚より、データが満載されたスプレッドシートが左右するようになってきているこの業界で、総じて威信を失いつつある。こうした喪失のなかでコンデナストは、「BuzzFeed」や「リファイナリー29(Refinery29)」のような、デジタルで急速に成長している若者向けメディアを上回ろうと取り組んでおり、その導き手としてウィンター氏への期待はさらに高まるだろう。
ある消息筋は、「彼女は当代随一の有名編集者のひとりであり、そうしたキャリアが、会社全体の利益になる優れた判断につながることを期待するしかない」と語った。
評価は一様ではない
諸雑誌をウィンター氏がどう扱ってきたかについての評価は一様ではない。同氏はまず、ポートフォリオ内にある問題を抱えた雑誌に手をつけ、「ラッキー(Lucky)」「コンデナスト・トラベラー(Conde Nast Traveler)」「セルフ(Self)」「アリュール」「アーキテクチュラル・ダイジェスト(Architectural Digest)」のトップ編集者を入れ替えた。「コンデナスト・トラベラー」と「アーキテクチュラル・ダイジェスト」は、新たな編集者たちによってモダンになった。
新たに立ち上げたものもある。「アーキテクチュラル・ダイジェスト」から、ミレニアル世代を狙った「クレバー(Clever)」を作ったほか、10月26日には、LGBT市場を狙った新しいデジタルサイト「ゼム(Them)」が登場する。編集チームを率いるのは、「アリュール(Allure)」と 「ティーン・ヴォーグ(Teen Vogue)」のデジタル編集ディレクターであるフィリップ・ピカルディー氏だ。
勤労を善とするウィンター氏の考え方は有名で、新たな緊張感が漂っている。ウィンター氏のこの4年間について話をしてほしいとコンデナストに依頼したところ、差し向けられた編集者は2人。そのひとりであるピカルディー氏によると、彼が6月に「ゼム」のアイデアを持ち込んだところ、翌日にはウィンター氏から電話でゴーサインがあった。「気がつけば、フレッド・サンターピアやパメラ・ドラッカー・マンと打ち合わせをしていた」と同氏は言う。それぞれ、コンデナストの最高デジタル責任者と、収益とマーケティングの最高責任者だ。
一方で、すでに生命維持装置につながれていた「ラッキー」は、2015年に廃刊になった。「セルフ」は、トップ編集者が2回交代したすえに、2016年にデジタル版のみになった。PHDでパブリッシュドメディアのグループディレクターを務めるジョン・ワーグナー氏によると、「セルフ」は、健康とフィットネスの雑誌なのだが、モデルが身につける衣装とアクセサリーが5000ドル(約55万円)というように、あまりに「ヴォーグ」的になっていた。「実際にそれで読者も広告主も離れていった。どちらも対象がズレていた」とワーグナー氏は語った。
「グラマー」は、かつては確実な収益源であり、スター編集者の教育の場でもあったが、「ティーン・ヴォーグ」や他誌によって影が薄くなった。他誌とはたとえば、ライバルであるハースト(Hearst)による、活発な政治記事が意識の高さの象徴になっている「コスモポリタン(Cosmopolitan)」だ。ウィンター氏が昇進するとすぐに、編集長のリーブ氏が交代するという噂が広がりはじめた。
「文化が大きく変わった」
ビジネス面でも大きな変化があった。ウィンター氏は、編集の純粋主義で有名な同社にはそれまでなかった発想を、積極的に推進した。たとえば、コンデナストのブランデッドコンテンツ部門、23ストーリーズ(23 Stories)の設立や、広告作りにコンデナストの実際の編集者たちを駆り出すことなどだ。当時ウィンター氏は、「うちの編集チームのビジョンと知性を消費者に届けられるようになる新しいチャンスに胸を躍らせている」と語ったと伝えられている。ウィンター氏はクリエイティブ側のリーダーとして、「ヴォーグ」のデザインディレクターを務めていたラウル・マルティネス氏を選んだ。
2016年には、すべての雑誌の編集クリエイティブのスタッフを23ストーリーズに統合した。現在、23ストーリーズは総勢100人で、フルサービスのエージェンシーにするため、ほかのサービスも追加している。クリエイティブにおけるこの一手は、単に人材の集約というだけでなく、編集側の人員とビジネス側の人員をひとつのグループで組み合わせるという点でも前例がなく、「文化を大きく変えるものだった」とマルティネス氏は語った。ウィンター氏はまた、雑誌のコピーエディターとリサーチスタッフの統合も主導した。噂によると、編集面の重複を削減するため全社的な「デスク」を作るなど、編集機能のさらなる統合が計画されているという。
理論的には、機能を集約することで、コストを削減しながら仕事の質と量を高められるが、一方で、各雑誌の自律性が失われるという懸念も常にある。コンデナストのいまの方針は、クリエイティブチームは取り組むプロジェクトが多岐に渡る方が幸せだというものだ。「アーキテクチュラル・ダイジェスト」の編集長、エイミー・アストリー氏は、「人はときとして、自分で考えているよりもたくさんの仕事ができる。仕事の量は増えていると思うが、過労にはなっていないと考えている」と語った。ピカルディー氏は、すべてのクリエイティブチームが同じフロアにいることで、スタッフ同士、ほかの雑誌がやっていることが見えて、それぞれが独自性を出そうとするようになると語った。
ビジネスへの効果については、コンデナストによると、23ストーリーズは新たなビジネスを引き寄せる方向で貢献しており、今年は売上が40%増加する勢いだという。「以前はなかった新しい売上が集まっている」とマルティネス氏は語る。ただし同氏によると、目標としては、コスト削減よりも、スタッフが生み出すクリエイティブな仕事の質の向上の方が大きいという。
集約の効果を外部から見抜くのは難しい。PHDのワーグナー氏によると、コンデナストの編集者とは大幅に会いやすくなったという。同氏は最近、「ニューヨーカー(The New Yorker)」のセールススタッフと会って、ブランデッドコンテンツの計画について話し合った。「彼らは実際に(編集長の)デイビッド・レムニック氏のところに行って、実施の許可を求めた。すると彼は『イエス』と答えた。かつては『ノー』の場所だったが」とワーグナー氏は語る。このところ23ストーリーズとの仕事が増えているが、それは価格の面で柔軟性が高い結果だと同氏は語った。
エージェンシーのマインドシェア(Mindshare)で北米の最高コンテンツ責任者を務め、マインドシェア・コンテンツ+エンターテインメント(Mindshare Content + Entertainment)のプレジデントでもあるデイビッド・ラング氏は、23ストーリーズの仕事の質が集約以降で向上しているかについてはどちらとも言い切れないとしたが、組織的なアプローチについてはよいことだと語った。「いくつもの雑誌にまたがってクリエイティブの仕事をするのは、創造性の点で刺激的だ。ひとつの縦割りのなかで働くのではなくなり、ベストプラクティスを取り入れてほかのブランドやクライアントにもたらせるのだから」と同氏は語った。
プリントの遺産
コンデナストの課題は、業界の課題でもある。プリント事業が縮小し、デジタルは成長しているもののプリントの減少を埋め合わせるほどではない。デジタルで新たに立ち上がったものは好評だが、しっかりとしたビジネスになるのはずっと先のこと。デジタルで成功するにはコラボレーションが必要で、コンデナストはその方向に踏み出している。
コンデナストのデジタルオーディエンスは大きいが、成長スピードではほかのライフスタイルメディアに負けている(出典:調査企業コムスコア[comScore]による、米国のライフスタイルカテゴリーにおけるマルチプラットフォームのユニークユーザー数[単位は1000])。
ウィンター氏は、デジタルの細部にまで関わっているわけではないだろうが、コンデナスト現代化の取り組みについては強固に支持していると言われている。トップ編集者を集めて、Snapchatのエバン・スピーゲル氏やドナルド・トランプ氏など、時の人との非公式の会合を毎月行っている。そして、ウィンター氏に逆らおうという者は誰もいない。
「アナは恐れられている。業界全体には好かれている。一方で、大きな力を持っていることから、怖がられている」と、かつて中にいたひとりが語った。
しかし問題は、彼女がコラボレーションを必要なだけ推し進めるのに適切な人物かどうかだ。コンデナストには、他社と比べて、各雑誌の独立性を尊重する強力な文化がある。そのため、サイトと雑誌がまだ同居しているのに対し、同じく昔からの出版社であるハーストは、プリントとデジタルを切り分けており、デジタルオーディエンスの増加スピードでコンデナストを上回っている。
コンデナストの内部関係者によれば、一部の雑誌では、会社側のデジタルスタッフ拡大に対する憤慨があるという。一方、「ヴァニティ・フェア」や「ニューヨーカー」は、ほかよりも自律的に運営されている少数派だ。「ニューヨーカー」の編集長、レムニック氏は、過去にウィンター氏の価値について肯定的に語ったことがあるが、今回も、ウィンター氏はコンデナストにおける不干渉の伝統を支持していると説明してくれた。
レムニック氏に、ウィンター氏の影響についてコメントを求めたところ、メールで次のような文書が届き、全文を使うように求められた。「ときに、人物のステレオタイプと、実際の人物が存在する。アナ・ウィンターの場合、女優のメリル・ストリープ氏が(『プラダを着た悪魔』において)彼女のステレオタイプをウィットを交えて颯爽と演じたが、私の知るアナ・ウィンターは、スタイルを持っている焦点が定まった女性というだけでなく、信じられないほど協力的だ。『ニューヨーカー』については、ものすごく味方してくれている。つまり、(コンデナストのオーナーである)ニューハウス名誉会長やその一族、ボブ・サウアーバーグ氏(CEO)のように、私や同僚に編集をまかせており――編集の仕事に介入する気配はまったくない――、私たちが自由な雰囲気と経済的サポートのなかで仕事をできるように最大限に手配しようとしてくれている。どの時代であっても難しい、極めてまれなことだ」。
レムニック氏の文書は続く。「以前、アナの同僚に、アナがそうした編集者であるのはなぜだと思うかと尋ねたところ、その人は、『自分が求めているものを知っているからだ』と回答した。一緒に働いている人たちにあのように明確に伝えるには、判断をとにかく大きな声で言うだけではだめなのだ。相容れない議論を集めて時間をかけて明晰に考え抜き、そのうえでようやく、『自分が求めているものを知る』ことが大事なのだ」。
編集者によって自らを定義する会社であり続けているからこそ、ウィンター氏の一番重要な仕事は、「ヴァニティ・フェア」と「グラマー」の適切な新リーダーを見つけることになるだろう。両誌はそれぞれのリスクを抱えている。「ヴァニティ・フェア」は、政治、ビジネス、文化において影響力が大きい雑誌であり、トップの維持が課題だ。「グラマー」は、女性向けメディアが乱立するなか、よそにはないセールスポイントを考えだす必要がある。
ピカルディー氏はウィンター氏とともに両誌に取り組んでいるが、「アナは常に相違点を求めている」と語る。「それは正しい。デジタル時代におけるメディアの均質化を懸念しているのだ。すべてを競合とは異なるものにしたい、と彼女は考えている」。
Lucia Moses (原文 / 訳:ガリレオ)