ジョン氏(仮名)は激動の1カ月を耐えてきた。それが始まったのは、7月が始まったころだった。メディアマス(MediaMath)の社員として1日のスタートを切った彼だったが、それが終わるころには無職になっていた。それはまさに、青天の霹靂だった。
メディアマスの投資家たちを窮地から救い出す第3者は見つかるのか? これをめぐる憶測は、かなり前から飛び交っていた。そして、憶測が憶測を呼ぶようになって数週間後、同社に破産命令が出された。米DIGIDAYの取材に答えてくれた情報筋によると、商談は失敗に終わったという。
メディアマスの労働力を形成する約300人の社員がそのニュースを知らされたのは、数時間後のことだった。経営陣と投資家に信頼を寄せていた彼ら。ただし、そんな彼らの前で開けられたパンドラの箱から飛び出してきたのは、まさに不運だった。
関係者の運命
突然、失業者になったジョン氏は、先が見えない不安のなかに取り残された。だが、運は彼を見放していなかった。それからまもなく8月に入り、彼は新しい仕事に就いた。抱えていた当座の不安もいくらかやわらいだようだった。
しかし、ジョン氏の不安や失望が消えたわけではない。総額で何万ポンドという報酬がメディアマスからまだ支払われておらず、もし支払われても、それを全額回収できるかどうかわからないのだ。「恥ずべき話だ」と、ジョン氏は語る。
自身の行動が招いた結果に直面すると、説明責任を回避する。そんな習慣が業界に根付いていることを思うと、彼のフラストレーションは驚くに値しないかもしれない。こうした不満の声が日の目を見て、公の場で議論されることはめったにない。債務者である企業が破産すると、注意の矛先が向けられるのは、金銭的損失をかぶる恐れがあるアドテクベンダーやパブリッシャーと相場が決まっている。
メディアマスが残した死の灰も、これと同じようなパターンを辿っている。それに続く各紙の見出しは、個人の関係者の運命には見向きもしていないのだ。
法定補償金を求める英国の元社員たち
多くの元社員が自腹を切る一方で、6月30日にメディアマスの清算命令という爆弾発言が投下されたのち、英国の元社員たちは投資家たちに補償を求めている。
情報筋によると、経営陣からのメッセージの数々は錯綜こそしていたものの、発生した費用や契約で同意した有給休暇の補償を含む、未払い分の報酬を全額受け取れるという期待を十分に抱かせる内容だったという(最終的には、その期待は打ち砕かれた)。
「上級幹部からは、経費の支払いと月末の給料の支払いは承認されたと言われていた。7月25日に支払われるということだった」と、英国のメディアマスで働いていた元社員(匿名)は語り、「だが数日後、フォローアップのメッセージが送られてきて、メディアマスからは何も支払われないことを教えられた。『本当に申し訳ない。財布のひもは我々の手を離れ、清算人であるFTIコンサルティング(FTI Consulting)に握られてしまっている』と言われたのだ」と憤った。
米DIGIDAYが入手した、メディアマスの元EMEA担当ゼネラルマネージャーであるビクトル・ザワツキー氏が書いたとされる7月7日付けの手紙には、英国の元社員がいかに契約上の権利を有していたか、また法的な規定についても言及されていた。しかし、ある元社員は肩を落としてこう語る。「ということはつまり、払ってもらえるものだと一部の社員は思い込んでいた。『権利がある』のだから、実際に払ってもらえるのだと」。
ザワツキー氏は社員に向けてこの手紙を本当に書いたのだろうか? 米DIGIDAYはその真偽を確かめるべく本人に接触したが、同氏からの回答はなかった。また、FTIコンサルティングにも破産手続きに関するコメントを求めたが、回答は得られなかった。
7月上旬、清算人から元社員へ書類が送付され、彼らの権利についての説明がなされた。英国の解雇手当サービス(Redundancy Payments Service:RPS)に支払いを申請する方法についても触れられていたが、現実には、補償金を受け取れるケースはごくまれだという。
元社員の希望は薄い
ルイス・シルキン(Lewis Silkin)法律事務所で英国の雇用法を担当する専門家チームのコメントを見るかぎり、メディアマスの元社員に希望を与える材料は多くはなさそうだ。
米DIGIDAYが同法律事務所にコメントを求めたところ、こうした回答が返ってきた。「実際、BEIS(ビジネス・エネルギー・産業戦略省)の後援で、NIF(国民保険基金)の決済を行っている政府機関の債務超過局に手続きを申請すれば、従業員の多くは支払われるべき報酬(少なくともその一部)を回収できる。ただし、支払額には限度があり、その上限は低い」。同法律事務所によれば、その対象となる未払い金は8週間分だけだという。
英国で働く従業員は「優先債権者」とみなされるのが通例だが、FTIコンサルティングとのやりとりから、自分たちが受け取れるのは未払い金のごく一部だけなのではと、今回取材した元社員たちは思っている。
彼らとFTIコンサルティングのあいだで交わされたその後の文書には、各自が被るであろう損失の規模が示されており、「従業員債権者」に対するメディアマスの負債額は120万ポンド(約2億1900万円)を超える見込みとなっている。
「倒産前の水曜日、メディアコム・マンチェスターへ出張するように言われた若手社員が、500ポンド(約9万円)の経費を自腹で払った。そしていま、そうした若手社員よりも巨大多国籍企業の方に多くが支払われている」と、ある情報筋は語り「何ともショッキングな話だ」と嘆く。
ジョン氏(仮名)は激動の1カ月を耐えてきた。それが始まったのは、7月が始まったころだった。メディアマス(MediaMath)の社員として1日のスタートを切った彼だったが、それが終わるころには無職になっていた。それはまさに、青天の霹靂だった。
メディアマスの投資家たちを窮地から救い出す第3者は見つかるのか? これをめぐる憶測は、かなり前から飛び交っていた。そして、憶測が憶測を呼ぶようになって数週間後、同社に破産命令が出された。米DIGIDAYの取材に答えてくれた情報筋によると、商談は失敗に終わったという。
メディアマスの労働力を形成する約300人の社員がそのニュースを知らされたのは、数時間後のことだった。経営陣と投資家に信頼を寄せていた彼ら。ただし、そんな彼らの前で開けられたパンドラの箱から飛び出してきたのは、まさに不運だった。
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関係者の運命
突然、失業者になったジョン氏は、先が見えない不安のなかに取り残された。だが、運は彼を見放していなかった。それからまもなく8月に入り、彼は新しい仕事に就いた。抱えていた当座の不安もいくらかやわらいだようだった。
しかし、ジョン氏の不安や失望が消えたわけではない。総額で何万ポンドという報酬がメディアマスからまだ支払われておらず、もし支払われても、それを全額回収できるかどうかわからないのだ。「恥ずべき話だ」と、ジョン氏は語る。
自身の行動が招いた結果に直面すると、説明責任を回避する。そんな習慣が業界に根付いていることを思うと、彼のフラストレーションは驚くに値しないかもしれない。こうした不満の声が日の目を見て、公の場で議論されることはめったにない。債務者である企業が破産すると、注意の矛先が向けられるのは、金銭的損失をかぶる恐れがあるアドテクベンダーやパブリッシャーと相場が決まっている。
メディアマスが残した死の灰も、これと同じようなパターンを辿っている。それに続く各紙の見出しは、個人の関係者の運命には見向きもしていないのだ。
法定補償金を求める英国の元社員たち
多くの元社員が自腹を切る一方で、6月30日にメディアマスの清算命令という爆弾発言が投下されたのち、英国の元社員たちは投資家たちに補償を求めている。
情報筋によると、経営陣からのメッセージの数々は錯綜こそしていたものの、発生した費用や契約で同意した有給休暇の補償を含む、未払い分の報酬を全額受け取れるという期待を十分に抱かせる内容だったという(最終的には、その期待は打ち砕かれた)。
「上級幹部からは、経費の支払いと月末の給料の支払いは承認されたと言われていた。7月25日に支払われるということだった」と、英国のメディアマスで働いていた元社員(匿名)は語り、「だが数日後、フォローアップのメッセージが送られてきて、メディアマスからは何も支払われないことを教えられた。『本当に申し訳ない。財布のひもは我々の手を離れ、清算人であるFTIコンサルティング(FTI Consulting)に握られてしまっている』と言われたのだ」と憤った。
米DIGIDAYが入手した、メディアマスの元EMEA担当ゼネラルマネージャーであるビクトル・ザワツキー氏が書いたとされる7月7日付けの手紙には、英国の元社員がいかに契約上の権利を有していたか、また法的な規定についても言及されていた。しかし、ある元社員は肩を落としてこう語る。「ということはつまり、払ってもらえるものだと一部の社員は思い込んでいた。『権利がある』のだから、実際に払ってもらえるのだと」。
ザワツキー氏は社員に向けてこの手紙を本当に書いたのだろうか? 米DIGIDAYはその真偽を確かめるべく本人に接触したが、同氏からの回答はなかった。また、FTIコンサルティングにも破産手続きに関するコメントを求めたが、回答は得られなかった。
7月上旬、清算人から元社員へ書類が送付され、彼らの権利についての説明がなされた。英国の解雇手当サービス(Redundancy Payments Service:RPS)に支払いを申請する方法についても触れられていたが、現実には、補償金を受け取れるケースはごくまれだという。
元社員の希望は薄い
ルイス・シルキン(Lewis Silkin)法律事務所で英国の雇用法を担当する専門家チームのコメントを見るかぎり、メディアマスの元社員に希望を与える材料は多くはなさそうだ。
米DIGIDAYが同法律事務所にコメントを求めたところ、こうした回答が返ってきた。「実際、BEIS(ビジネス・エネルギー・産業戦略省)の後援で、NIF(国民保険基金)の決済を行っている政府機関の債務超過局に手続きを申請すれば、従業員の多くは支払われるべき報酬(少なくともその一部)を回収できる。ただし、支払額には限度があり、その上限は低い」。同法律事務所によれば、その対象となる未払い金は8週間分だけだという。
英国で働く従業員は「優先債権者」とみなされるのが通例だが、FTIコンサルティングとのやりとりから、自分たちが受け取れるのは未払い金のごく一部だけなのではと、今回取材した元社員たちは思っている。
彼らとFTIコンサルティングのあいだで交わされたその後の文書には、各自が被るであろう損失の規模が示されており、「従業員債権者」に対するメディアマスの負債額は120万ポンド(約2億1900万円)を超える見込みとなっている。
「倒産前の水曜日、メディアコム・マンチェスターへ出張するように言われた若手社員が、500ポンド(約9万円)の経費を自腹で払った。そしていま、そうした若手社員よりも巨大多国籍企業の方に多くが支払われている」と、ある情報筋は語り「何ともショッキングな話だ」と嘆く。
パブリッシャーの不安
アドテク業界にも、ほかの多くの業界と同じように、不正なゲームのように運営されている領域がある。そこでは、弱き者たちが不都合な結末の矢面に立たされる。こうした状況下では、メディアマスの元社員のような人たちが、貧乏くじを引かされるのだ。
とりわけ、その気持ちを痛いほどわかっているのが、パブリッシャーである。アドテクベンダーが経営難に陥ると、こうした企業に支払われるはずの金銭も、跡形もなく消えがちだ。メディアマスのケースも例外ではない。事態が悪化すると、何社ものアドテク企業が未払いの借用書を抱え、その借りをつくった張本人を必死で見つけ出そうとした。
その尻拭いをさせられるかもしれないと、パブリッシャーが不安に思うのには、それなりの理由があった。メディアマスは複数のアドテクベンダーに借金があったからだ。そして、これらアドテクベンダーは、メディアマスが完全には補償できなかった広告スペースに対してすでに支払われた代金を、パブリッシャーに返金するように求める可能性があった。パブリッシャーのあいだで不安が高まるのは当然だった。
パブリッシャーにとって、この状況は非常にもどかしい。しかし残念ながら、「シーケンシャルライアビリティ(Sequential liability:順次負債)」という法的概念がある以上、これはどうにもならない。メディアマスは債務を履行できなかった。ならばアドテクベンダーは、パブリッシャーが受け取った広告代金の返金をパブリッシャーに要求できるのである。
「メディアマスが破産を申請したというニュースが流れたとき、私はチームに命じて、メディアマスからいくら入ってきているのかを確認させた。シーケンシャルライアビリティのことが気がかりだったからだ」と、あるパブリッシャーのデジタル部門責任者を務める人物(匿名)は語る。「幸運なことに、その露出は当初思っていたほどではなかった。それほど多くは買われていなかった」。
アドテク企業の対応は両極端
だが、必ずしもすべてのパブリッシャーが幸運というわけではなかった。相手のアドテク企業に慈悲を施せるだけの経済的余裕があるかどうか。いま彼らの命運は、この1点にかかっている。パブリッシャーにとってありがたいことに、十分な資金と蓄えがある一部のアドテク企業は、メディアマス破綻のコストを自ら進んで吸収して、パブリッシャーを救う姿勢を見せている。
メディアネット(Media.net)やオグリー(Ogury)、ティーズ(Teads)、ガムガム(GumGum)、インデックスエクスチェンジ(Index Exchange)などは、パブリッシャーに返金を求めないという方針を打ち出している。一方、ソノビ(Sonobi)などは、損害を部分的にかぶり、パブリッシャーに返金の義務がある5~6月分の売上の50%を猶予することを申し出ている。これらはどれも、損失を受け入れられるだけの金銭的な余裕がある企業であり、その目的はパブリッシャーとの良好な関係と業界内の評判を維持することである。
一方、中小のアドテク企業や資金繰りに苦しんでいるアドテク企業の場合、状況はまったく異なる。慈悲を施してパブリッシャーを助けたいと心から思っていても、金銭的な余裕がなければ、ほかに打つ手はない。そしてもちろん、ビジネスに徹した意思決定を下す企業は常に存在する。ザンダー(Xandr)などがメディアマスが支払うはずだった金銭を回収する道を選んだ理由に、これが微妙な違いを持たせている。寛大であるための手段を持つ企業がある一方で、それができない企業もある。何とも厳しい状況だ。
ガムガムのエグゼクティブバイスプレジデントであるアダム・シェンケル氏は、「メディアマスが破産を申請したことが明らかになった数時間後のことだった。パブリッシャーから連絡があり、返金することになるのかと聞かれた」と話す。「最終的にガムガムは、パートナーをサポートする方針を固めた。パブリッシャーに返金を要求するのはフェアではない。私たちの選択のせいで、彼らのビジネスは危険にさらされることになったのだから。とはいえ、その金銭的な影響については明らかにしなければならなかった」。
この言葉の意味は、この慈悲深さにも信用限度があるということだ。
オグリーのチーフサプライオフィサーであるベンジャミン・ランフリー氏は、「もっとも甚大な被害を受けた企業ほどではなかったが、それでも我々のようなビジネスにも、それなりのインパクトはあった」と言う。「社内で協議した結果、パブリッシャーに返金を求めることはやめて、メディアマスによる損失を自社で吸収することにした。これを投資のひとつと捉えることにしたのだ」。
アドテク業界の苦難
このようなとき、そこにはアンフェアな結果が残されることが多い。そこから首尾よく逃げおおせるのは、それにもっとも値する人々や思いやりのある人々とは限らない。今回のメディアマス危機は、そのことを思い出させてくれた。多くの広告幹部は、風に舞う亡霊のように、メディアマスの失策による未返済の借金を無意識のうちに追いかけていた。
そしてそれが、パブリッシャーと社員たちに動揺を与えた。自分たちがこの混乱の泥をかぶることになるのではと、彼らが不安に駆られるのは当然だった。アドテク業界では、自身の義務を果たし、価値ある専門知識を提供する者たちでさえ、こうした苦難を免除されることはないのかもしれない。
[原文:Former employees remain uncompensated after MediaMath’s bankruptcy filing]
Ronan Shields and Seb Joseph(翻訳:ガリレオ、編集:島田涼平)