FTは2014年5月に、業界に浸透した指標「CPM(表示1000回あたりの単価)」とは異なる、ディスプレイ広告の表示時間をベースにした「CPH(Cost-Per-Hour)」の広告を販売することを発表した。
翌2015年5月に、実際にインプレッション広告と併用で、時間ベース広告を導入。広告の効果測定を提供するツール「Chartbeat」で目視時間を測り、「時間ベース」の正当性を担保した。FTは15年9月現在、このタイムベースのディスプレイ広告でマイクロソフトやエネルギー大手BPを含む、13のクライアントとともに、17のキャンペーンを展開している。
英有力経済紙「フィナンシャル・タイムズ(以下FT:2015年7月日本経済新聞が買収)」は、ディスプレイ広告の主要な指標だったインプレッション(表示回数)に代わり、広告の表示時間をベースにした新指標を採用した。そのメニューに関しては、ユーザーが広告に注意を払う時間(アテンション時間)を重要視するという。インプレッションに代わる指標を打ち立てようという、FTの実験に注目が集まる。
時間ベースで広告パフォーマンスを評価
FTは2014年5月に、業界に浸透した指標「CPM(表示1000回あたりの単価)」とは異なる、ディスプレイ広告の表示時間をベースにした「CPH(Cost-Per-Hour)」の広告を販売することを発表した。
翌2015年5月に、実際にインプレッション広告と併用で、時間ベース広告を導入。広告の効果測定を提供するツール「Chartbeat」で目視時間を測り、「時間ベース」の正当性を担保した。FTは15年9月現在、このタイムベースのディスプレイ広告でマイクロソフトやエネルギー大手BPを含む、13のクライアントとともに、17のキャンペーンを展開している。
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FTの15年5月のリリースによると、FT広告営業取締役のドミニク・グッド氏は「商業インターネットの30年間の歴史において、広告はその価値をひとつの指標から推測していた。何人が広告をクリックしたかだ。低いビューアビリティ(Viewability:表示された広告が実際に目視可能であった回数または割合)スコアや広告の掲載位置への疑念、アドフラウド(広告詐欺)などが、広告が求められる成果を論証できる、よりよい計測方法や透明性へのニーズを生みだした」と語った。
同資料はCPHを導入することによりクライアントに、つぎのようなメリットを提供すると主張している。
リーチ保証:クライアントは画面に5秒以上表示された「完全なビューアビリティ」を満たすディスプレイ広告のみ広告料を請求される。
実証された効果:5秒以上広告を見たユーザーは、そうでないユーザーより、ブランドに対して50%以上高い親近感を示す。
費用対効果:CPH広告は、同じ金額を投資したCPM広告よりも10%優れた費用対効果をもたらす。
この時間ベース方式の広告を販売したら、インプレッション広告のみでの販売に比べ、220万ドル(約2.7億円)の売上増になったという。クライアント側にもCPHのメリットがあった。5秒以上の閲覧があった広告は、それ以下の広告よりも58%も高いブランド考慮率(Brand Consideration)があった。また、ブランド想起率(Ad Recall)は71%上昇、ブランド認知率(Brand Awareness)も71%上昇した。
プレミアムな読者層に効果大
米DIGIDAYによると、FT米国支社のコマーシャル・ディレクター、ブレンダン・スペイン氏は「メッセージに費やす時間が長ければ長いほど、メッセージが与えるインパクトが強い、という私たちの理論を裏付ける事実だ」と、語った。「デジタルプラットフォーム上でマーケターが重要なメッセージをオーディエンスに伝えたいとき、広告のインプレッションにだけ執着するのは最適な方法ではないとわかった」。
時間ベースに基づいた広告を導入するパブリッシャーは、まだ少数だ。しかし、「ウォールストリート・ジャーナル」「エコノミスト」「ブルームバーグ」などのプレミアムメディアが、導入に積極的だという。これらのパブリッシャーたちが時間ベースを好む理由は、大きくふたつある。まず、ニッチなメディアであるため、広告表示回数が一般メディアと比較したときに格段に少ないこと。つぎにコンテンツの質の高さもあり、これらの読者はほかのビジネス系メディアより長くサイトに滞在していることだ。こうした点からFTらが時間ベースを導入するのは合理的だ。
同時に、メッセージが複雑で、高いエンゲージメントを必要とするブランドにも時間ベース広告は最適だ。米広告メディア「Adage」によると、BPの広報担当者、ロバート・ワイン氏は、FTの広告を買った理由として「我々の広告メッセージは深い意味合いがあるのもが多く、内容を理解するにはそれだけの時間を要する。インプレッションよりも時間を買うことにより、量より質を求めることができる」と話した。
現在、時間ベースの売上はディスプレイ広告全体の7%を占める。2016年は売上の30%を目標にするとスペイン氏は語った。
新コンセプトの浸透には時間を要す
しかし、FTには、いかに時間ベースの広告をマーケターに売り出すのか、という課題が残っている。CPMを基準にする媒体社のアプローチが根強くあり、アテンション時間で広告を売ることに抵抗と不信感がゼロとは言い切れない。FTは5秒以上の表示があれば充分に「目視された(ビューアブル)」とみなすが、業界内で一致した秒数はいまだ定められていない。また、どれだけ長い間広告が眺められても、実際にクリックされなければメッセージが伝わらない広告もある。
「FTのビジネスの大部分がハイブランドの広告だが、ハイブランドの広告にとっても一般的なパフォーマンス評価基準はクリック率だ。FTのクライアントは新しい指標の導入に寛容だったので運が良かった」と、スペイン氏は話す。「しかし、より多くの広告代理店に話へ乗ってもらう必要がある。彼らは広告が何秒間見られているかなど気に留めていない、『100%のビューアビリティ』が欲しいだけだ」という。
時間だけでサイトを評価できるのか
アテンション時間については、ニュースサイト「UPWORTHY」が2014年2月に初めて提唱した後、議論が続けられている。「BuzzFeed」のテックブログ(14年6月)によると、アテンション時間の欠点は、すべてのコンテンツが長いエンゲージ時間を要するわけではない点だ。米ニュースメディア「The New Republic」の研究担当ディレクター、ノア・チェスナット氏は「もし、誰かが長い特集記事に20秒しかかけずに他のサイトに逃げてしまえば問題だが、政治家のエリック・カントー氏が選挙で票を落としているというニュース速報は20秒かければ充分だろう」と指摘する。
新興メディア企業VoxMediaで、オーディエンスディベロップメントを手掛けるクリス・トーマン氏も「さまざまなコンテンツがさまざまな目的に応えている。時間指標をサイトすべてに適合させるのはうまく機能しないだろう」と語った。
アテンション時間最適化の恐れ
一方で、同ブログはSEO(検査エンジン最適化)のような「アテンション最適化」業者の出現を懸念している。パブリッシャーがありとあらゆる手を使って、サイト訪問者の足止めする施策をとるようになることだ。
米DIGIDAYによると、メディアプラニング企業のメディアキッチン代表、バリー・ロウェンタール氏は「我々は別に時間を買いたいわけではない。クリックとインプレッションとオーディエンスを買いたいのだ。時間ベースは一種のエンゲージメント指数であるが、すべてのコンテンツ提供サイトの指標である必要はない」と話している。
これに対し、FTのタイムベースの測定を請け、ネット広告業界のアテンション時間のオピニオンリーダーであるChartbeat(前出)のCEO、トニー・ヘイル氏は、アテンション時間はいいコンテンツの製作を評価できると反論した。ユーザーが短い記事を気に入り、再訪を重ねれば、アテンション時間は増加しいくことになるため、質のいいコンテンツ製作を促し、ユーザーが価値のあるものに時間を使うことにつながるという。
【付記】FTは1888年にロンドンで創刊、新聞紙購読が22万部強、デジタル版が50万4000人、購読者の合計は約73万人。同紙の購読者はC層(CEO=最高経営責任者など経営者層)にあるとされ、ハイブランドの広告を集める。このFTを日本経済新聞が2015年7月、8億4400万ボンド(1600億円)でピアソンから買収した。
(編集部:加藤鈴)