フィナンシャル・タイムズ(FT)は9月中旬、購読者獲得の取り組みと連携させたグローバルなブランド認知向上キャンペーン「新しいアジェンダ(The new agenda)」を開始した。この施策のひとつには、ペイウォールの1日開放もある。これで目指すのは、しっかりした理念のあるメディアとして自らを位置付けることだ。
有料購読者100万人というマイルストーンを今年4月に達成した英フィナンシャル・タイムズ(The Financial Times:以下、FT)は、その後も有料購読者数の伸び方を注視し続けている。鍵は若い読者にリーチすること、そして海外の購読者を増やすことにある、というのはほかの多くのパブリッシャーと同じだ。
その対策として9月中旬、FTが開始したのが、購読者獲得の取り組みと連携させたグローバルなブランド認知向上キャンペーンだ。施策のひとつには、ペイウォールの1日開放もある。「新しいアジェンダ(The new agenda)」と題されたこのキャンペーンでFTが目指すのは、しっかりした理念のあるメディアとして自らを位置付けること、そして、これまでも記事にしてきた、ビジネスや政治の混乱や崩壊を取り上げる報道をあらためて強調することである。たとえば、今回のキャンペーンでは企業が目指すところを見直す必要性やウェブの世界をクリーンにするために広告主はどのような責任を負うべきか、といった分野の記事が打ち出されている。
「FTの在り方をアップデートしているという意味で、今回のキャンペーンには大きな意味がある」と、コミュニケーション・マーケティング部門のチーフオフィサー、フィノラ・マクドネル氏は語る。「読者が金融危機後の経済の安定に注目してきたここ10年、FTはその立ち位置を見直してこなかった。だからこそペイウォールを開放し、信頼性の高い記事の内容を見せることにメリットがある。理念重視のメディアであることをアピールしたい」。
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ペイウォール開放の意味
英国時間9月17日午後4時から19日午前8時までは、購読していなくてもFTのコンテンツがすべて読めるので、世界中の読者が24時間アクセスできることになる。有料購読する価値のあるジャーナリズムを提供することのみをビジネスモデルとするFTが、ペイウォールを開放することはそうそうない。前回は2015年、日本経済新聞社に買収された際に実施した記念キャンペーンの一環だった。
その前回時は、当然といえばそうなのだが、トラフィックが40%増加したという。同社はトラフィック数を公開していないが、前回の記録更新が今回の目標となる。トライアル購読から有料購読へのコンバージョン率は現時点で50%となっており、今回のキャンペーン中もこの数字を維持したい構えだ。
マクドネル氏によれば、今回のキャンペーンでFTは米国での認知向上に力を入れるという。米国における認知度は英国ほど高くなく、今後、有料購読者数を増やしていきたい意向だ。米国での購読者数は明らかにされていないが、FT読者の70%は英国外在住である。
今回のグローバルキャンペーンは、屋外広告、デジタル広告、モバイル広告、ディスプレイ広告などの形で10月末まで展開される予定となっている。広告コピーには「空の旅をサステイナブルにするには」「地球と食の未来を考える」といったFTの記事を引用し、議論を促したい狙いだ。ただ、こうしたブランドキャンペーンについては、繰り返しつつ2年程度続けていくことになると、マクドネル氏は見込んでいる。
社内外のあらゆる部門を連携
今回はじめてブランドキャンペーンと購読者獲得を結びつけたFTの動きからは、同社がこの取り組みを中心に社内外のあらゆる部門を連携させていることが、はっきり見て取れる。さまざまな部門を、しかも地域をまたいで連携させるのには、多くの不確定要素がつきものだ。これまでは有料購読者数が比較的安定して伸びてきていたので、こうした取り組みを結びつける必要性がそれほどなかったと、マクドネル氏はいう。
「目指すのは、FTというブランドのナラティブ(物語)を世界的に統一の取れたものにすることだ」と、同氏は語った。
パブリッシャーのブランドマーケティングチームは、有料購読者獲得チームと連携すべきだ、と語るのは、経営コンサルタント会社スターリング・ウッズ(The Sterling Woods)の創業者でCEOを務める、ロブ・リスタグノ氏だ。連携していないと、ブランドキャンペーンで多くのトライアル購読者を集めても、すぐに解約されてしまう危険性がある。英国ではFTブランドの知名度が高く、ターゲットも限られているので、購読者は自分が何に登録しようとしているのか理解しているが、新しい市場での認知度を高めようとすると、購読者獲得のプレッシャーが高まるだろうと、リスタグノ氏は続けた。
有機的なプロセスの産物
マクドネル氏は、既存のFTプロダクトのなかにも、すでに「新しいアジェンダ」を体現するものがあるとしている。6月にスタートした、環境、社会、企業のガバナンス部門や、どうすればお金をより持続的に投資できるかに焦点を当てたコンテンツシリーズ「モラルマネー(Moral Money)」もそのひとつだ。また、日本経済新聞社とともに発行している、アジアにおけるテック企業の台頭や、シリコンバレーへの挑戦について伝える週刊ニュースレーター「テック・スクロール・アジア(Tech Scroll Asia)」もある。
「こうした企画は有機的なプロセスから生まれたものだが、そのスローガンは、いまFTが取り組もうとしていることと多くの部分で一致している」と、マクドネル氏はいう。「あとはこれをどううまく、自然に、FTの事業全体に行き渡らせるかだ」。
Lucinda Southern(原文 / 訳:ガリレオ)