自由度が低く、信頼度は高い日本のメディア。この数年、日本の「報道の自由度ランキング」の低さがニュースになっています。「国境なき記者団」の発表によれば、2016年は72位となり、この5年ほどは年々順位を下げている状況。5段階評価では真ん中の評価で「問題がある」という結果となっています。
メディアの運営側にとって、信頼というのはブランド構築のなかで重要です。しかし、欧米と比べて信頼し過ぎるのも、情報を鵜呑みにしがちな傾向の現れなのではないか、という気がします。もっと読者のメディアリテラシーが問われるべき、という指摘もできそうです(もちろん多くのメディアが正しい情報を発信し、その結果、信頼を獲得しようとしているかと思います)。
本記事は、海外メディア情報専門ブログ「メディアの輪郭」の著者で、講談社「現代ビジネス」の編集者でもある佐藤慶一さんによる寄稿です。
自由度が低く、信頼度は高い日本のメディア。この数年、「報道の自由度ランキング」における日本のランクの低さがニュースになっています。「国境なき記者団」の発表によれば、2016年は72位となり、この5年ほどは年々順位を下げている状況。5段階評価では真ん中の評価で「問題がある」という結果となっています。
Advertisement
それでも、国内世論の主要メディアへの信頼度は高いようです。具体的には、5~7割ほどの人が現在のメディアに信頼を置いているというデータが見られます(「メディアに関する全国世論調査」「世界価値観調査」など)。対照に欧米では、同じ質問に対する回答で、既存メディアに信頼を置いていると答える人は全体の2~3割となっており、日本ほどメディアへの信頼がありません。
メディアの運営側にとって、信頼というのはブランド構築のなかで重要です。しかし、欧米と比べて信頼し過ぎるのも、情報を鵜呑みにしがちな傾向の表れという気がします。もっと読者のメディアリテラシーが問われるべき、という指摘もできそうです(もちろん多くのメディアが正しい情報を発信し、その結果、信頼を獲得しようとしているかと思います)。
今回は、メディアの信頼度を裏付けるひとつの要素である正しい情報を伝えることについて、ファクトチェックを取り巻く現状を見ていきます。
世界に100以上ある事実確認サイト
アメリカでは「Factcheck.org(ペンシルベニア大学アネンバーグ・パブリック・ポリシー・センターが非営利で運営)」や「PolitiFact(タンパベイ・タイムズが運営)」といったファクトチェック専門のサイトが存在します。どちらも政治分野を中心とした活動をおこなっていて、チェックの対象はテレビやディベート、スピーチ、インタビュー、ニュースリリースなど、活字から動画(録音音源)まで――あらゆる発言についてその真偽が検証されます。
事実かどうかを検証していくファクトチェックでは、発言者はもちろん、発言やコメントを利用しているメディアもときには対象となります。記事でいえば取材対象の発言を編集して恣意的に使った場合、発言者が音源などをもとに先述のファクトチェックサイトに持ち込むこともあるようです。
現在、世界中でファクトチェックサイトは100以上あるとされています(「Duke Reporters’ Lab」調べ)。あまり馴染みがないかもしれませんが、ファクトチェックが行われる場としてよく知られているのは(米国大統領)選挙でしょう。
CNNのアンカー、マイルズ・オブライエン氏は、30年以上も前のベトナム戦争に関するジョン・ケリー米大統領候補の議会証言を攻撃する「反ケリー広告」の背後にある事実関係を知りたいと考え、従来とは異なる情報源にあたることにした――。あるWebサイトの『ファクトチェック』だ。
オブライエン氏は自身のニュース番組に、ファクトチェックの責任者を務めるブルックス・ジャクソン氏を招いた。オブライエン氏は先月には、ジャクソン氏のWebサイトが根拠のない中傷をふるい落とす「真実の測定器」として機能していると報じた。(Louise Witt 2004年09月22日)
政治広告や噂の真偽を検証するサイト『ファクトチェック』WIRED.jp
「PolitiFact」をのぞいてみましょう。「Tracking Obama’s Campaign Promises」というページではバラク・オバマ現大統領が掲げた公約をどれだけ守っているのか、「Donald Trump’s file」というページではドナルド・トランプ次期大統領候補の発言の真偽を確認できるようになっています(いまのところ、誤った情報・発言を口にすることが多いとの結果です)。
当然、「ニューヨーク・タイムズ」のような大手サイトもファクトチェック専用のページを用意。候補者の発言とそれに対する検証結果がひと言で示され、とても見やすく便利なページです。すでに約150もの発言がチェックされており、ユーザー投稿も可能となっています。
ひとりの発信がメディアを超える
非営利団体でもファクトチェックをする事例があります。たとえば、世界最大の人権団体NGOアムネスティ・インターナショナルは、動画のファクトチェックサイト「Citizen Evidence Lab」を運営。専門家が検証したり活用したりする一方で、一般の人もファクトチェックに参加できるようにツールやケーススタディのページも用意されています。
また、ウクライナ関連の報道についてファクトチェックをおこなう「StopFake.Org」のように、(一般読者が関心を持ちづらい)特定の分野に特化したサイトは注目でしょう。個人においても、強い関心をもつ分野について、ファクトチェックをおこなうケースがあります。
イギリス在住のエリオット・ヒギンズ氏のブログ、「ブラウン・モーゼス」は重要な転換点でした。彼は専門家でもジャーナリストでもなかったのですが、YouTubeで動画を見たり(ブログ運営時は毎日600以上のチャンネルをチェックしたという)、ソーシャルメディアに流れるタイムラインを眺めたりしながら、シリア紛争やロシアによるウクライナ干渉、それに関して移動する武器の情報をブログでまとめていきました(アラビア語を読むこともできないにもかかわらず……)。
すると大手メディアのジャーナリストが発見できなかった情報を見つけたり、彼らの発する情報の誤りを指摘できるようになったり……仕事を解雇されて時間があったからこその情報収集・検証ができていたのです。なかなか世間の関心が高くない領域の情報を地道に検証し続けた結果、CNNや「ニューヨーク・タイムズ」、「ガーディアン」などでも取り上げられることになり、数々のメディアが彼のブログを引用・注目するようになっていきました。
メディアを立ち上げるキッカケに
その後2014年、彼は個人ブログを発展させたWebメディア「ベリングキャット」を開始。8名の市民ジャーナリストとともに新たなジャーナリズムの形をつくりはじめました。彼はブログでもWebメディアでも、クラウドファンディングを利用し、人々の共感を集め、合計で700万円以上の資金集めに成功しました。
はじめは時間がたくさんあるだけの非専門家だったヒギンズ氏は、いまでは「キングス・カレッジ・ロンドン(ロンドン大学)」の訪問研究員や米シンクタンク「大西洋評議会(Atlantic Council)」のシニアフェローとなっていることは特筆すべきことです。そして、引き続きメディアのシリア報道にも少なからず影響を与えています。
エリオット・ヒギンズ氏のようにひとりの情報発信が実を結ぶ事例を知ると、ファクトチェックに限らず地道な作業の積み重ねの大事さを実感します。ファクトチェックは政治がらみのものが話題となることが多いものの、企業で情報発信に携わる方や、SNSを利用するなかでデマ・流言を見聞きしたことがあるような方は、今回紹介したサイトを見ると思いがけない発見があるのではないかと思います。
Written by 佐藤慶一
Photo from ThinkStock / Getty Images