かつてデジタルパブリッシャーはスマートフォンやタブレットに進出するにあたりモバイルサイトと独自アプリの選択を迫られた。そして今、彼らはコネクテッドTVについて同様の判断を迫られている。視聴者と直接的につながれるアプリか、収益面や今後のスケールで有利なストリーミングチャンネルか、という選択だ。
10年前、デジタルパブリッシャーはスマートフォンやタブレットに進出すべきか、進出する場合はどのようにすべきか──モバイル版ウェブサイトで十分か、それとも独自のアプリも用意すべきかを決断しなければならなかった。そして今、彼らはコネクテッドTVについて同様の判断を迫られている。
自社のソーシャル動画が、YouTubeやFacebookのコネクテッドTVアプリを通じてリビングで視聴されるようになったことに満足しているパブリッシャーもいる。だが、独自の配信先を探しているパブリッシャーもいるようだ。多くのパブリッシャーにとって最良と思われる手段は、プルートTV(Pluto TV)のようなコネクテッドTVプラットフォームに、専用アプリや24時間年中無休のストリーミングチャンネルを用意することだ。そうすれば自社の広告事業を家庭で最大の「(文字通り)ディスプレイ」であるTVに、より直接的に拡大できる。
だが、考慮すべき問題もある。コネクテッドTVのオーディエンスから注目を得ようとしているのはパブリッシャーだけでなく、TVネットワークや大手ストリーミングサービスも含まれる。彼らと互角に戦える手段を模索しつつ、最適な経路を見つけ出すのはいささか困難な道のりだ。
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答えの出ない選択肢
プラットフォームに縛られないスタンドアロンのコネクテッドTVアプリは、パブリッシャーに直接的なオーディエンスをもたらす。だがそれは、パブリッシャーがわざわざ自社アプリを利用するよう視聴者を納得させられればの話だ。一方、プラットフォーム内のストリーミングチャンネルにはすでに一定のオーディエンスがいるが、彼らの最終的な「帰属」はプラットフォームになる。つまり、どちらにもトレードオフが存在するのだ。いずれか望ましい道が出現しつつあるように見えても、一部のパブリッシャーは両方の選択肢を検討し続けている
ボックス・メディア(Vox Media)は当初、独自のコネクテッドTVアプリを立ち上げる道を選んだ。2019年11月にフードメディアであるイーター(Eater)のロク(Roku)向けアプリをリリースし、2020年9月下旬にはAppleのApple TV、AmazonのFire TV、GoogleのAndroid TVといったコネクテッドTVプラットフォームに次々とアプリを展開した。2021年には、同社が保有するほかのメディアでもコネクテッドTVアプリをリリースする計画を立てている。
「スタンドアロンアプリを皮切りにして、まずはプラットフォームに動画を公開し、オーディエンスの反応を確認したかった」と、同社CRO(Chief Revenue Officer)のライアン・ポーリー氏は語る。ボックス・メディアにとっては、アプリのリリースがヒルトン・ホテルズ&リゾーツ(Hilton Hotels & Resorts)のような広告主とスポンサー契約を結ぶのに役立ったようだ。ポーリー氏は月間視聴者数などの具体的なデータを挙げるのは避けたが、個々の視聴者による動画の平均視聴時間は、コネクテッドTVアプリ経由の方が「YouTubeや自社サイトよりかなり長い」と述べた。
ボックス・メディアはスタンドアロンのコネクテッドTVアプリの道を歩み始めたが、独自のストリーミングチャンネルを展開する選択肢を除外したわけではない。イーターのオーディエンスはオンデマンドでの動画視聴に慣れているため、当初からストリーミングがもっとも適していると思われているためだ。ポーリー氏は近い将来、24時間配信チャンネル市場に進出する見込みだと語る。「アプリだけで終わるつもりはない。アプリは出発点に過ぎない」
「コネクテッドTVは利益が出ない」
別の大手デジタルパブリッシャーは、スタンドアロンアプリをコネクテッドTV戦略の柱にする選択肢をほぼ除外している。「独自アプリで人々に動画を視聴させるのは実に難しい」と同社幹部は話す。このパブリッシャーでは試験展開を実施しているものの、「(コネクテッドTV分野で)プレゼンスを確立しても、あまり利益は得られない」ことが分かったという。
そのため、このパブリッシャーではプルートTVやロクのロク・ チャンネル(Roku Channel)のような、すでにオーディエンスがいる広告付きストリーミングTVプラットフォームでの配信の代わりに、独自のストリーミングチャンネルの開設を検討している。だがそれでも、このパブリッシャーにはいくつかの懸念を抱いている。「軌道に乗っているようには見えないストリーミングサービスを構築している人々を大勢目にしている」と、この幹部は語った。
こうしたジレンマを目にしていれば、自社のYouTubeチャンネルを開設し、コネクテッドTVで視聴できるようにするだけで満足するパブリッシャーがいる理由がわかるだろう。
では、今後パブリッシャーのコネクテッドTV展開はどうなるのか。恐らくは(独自アプリではなく)かつてモバイル版ウェブサイトを構築したのと同じ動きを取ることになる。なぜなら、スタンドアロンアプリの利用者はパブリッシャーのオーディエンスのなかでも特にロイヤルティが高い会員に限られ、大半の視聴者はほかのプラットフォームにいる可能性が高い。加えて、パブリッシャーは自社のコネクテッドTVアプリを積極的に売り込む、つまり、ほかのメディアで宣伝したりコネクテッドTVプラットフォームに広告を流す必要が生じる。一方、ストリーミングチャンネルは、プラットフォーム上で番組ガイドをスクロールしている人々の流入が期待できる。
広告付きストリーミングに好機
「マーケティング展開なしで自社が所有・運営するコネクテッドTVアプリを構築、維持することは、新しいメディアブランドであればあるほど本当に難しい」と、前述とは別の大手デジタルパブリッシャーの幹部は話す。対照的に、「独自のメディアブランドを所有するコンテンツクリエイターにとって最大の機会は、今のところ無料の広告付きストリーミングTV(FAST)にある」。
この幹部の発言には、裏付けがある。過去数年間、この大手デジタルパブリッシャーは独自のコネクテッドTVアプリと、ほかのストリーミングプラットフォーム上で展開するストリーミングチャンネルを運営してきた。そして、同社のコネクテッドTVアプリのオーディエンスは、ストリーミングチャンネルのオーディエンスより「はるかに多かった」。だがこの2年間で視聴者数は反転し、「おそらく55%」のオーディエンスがアプリではなくストリーミングチャンネルを介して視聴するようになり、過半数を占めるようになった。
売上の点ではこのパブリッシャーの場合、ストリーミングチャンネルの視聴者よりもアプリユーザーから多くの売上を得ている。また、アプリの方がオーディエンスに関するデータが豊富かつ詳細で、プラットフォームのコントロール下にあるストリーミングチャンネルと比べ、多くのターゲティング広告の販売に利用できる。だが、この状態も流動的だ。広告主がFASTへの投資額を増やし、FAST側の広告技術も向上して高い水準のターゲティングを実現しつつあるなか、視聴者ひとり当たりの平均売上高は両者のアプリとストリーミングチャンネルで等しくなっていくと幹部は見込んでいる。「すでにその釣り合いが取れ始めている」と、この幹部は語った。
[原文:Digital publishers hunt for home on connected TV]
TIM PETERSON(翻訳:矢倉美登里/ガリレオ、編集:分島 翔平)