Facebookへの広告出稿の取り止めは、パブリッシャーならば大抵尻込みしてしまうところだがデンマークのパブリッシャー、Zetlandは少数派の1社であり、いまのところ特に損害はこうむっていない。 ただし、同社はボイコット運動のために出稿を停止したわけではない。プラットフォームへの依存をやめるためだ。
Facebookへの広告出稿の取り止めは、パブリッシャーならば大抵尻込みしてしまうところだが例外もある。デンマークのパブリッシャー、ゼットランド(Zetland)もそんな少数派の1社であり、いまのところ特に損害はこうむっていない。
同社は今年7月一杯Facebookおよびインスタグラムへの広告出稿を止め、浮いた資金の一部をポッドキャスト広告のスポンサー料に当てた。同社は7月9日時点ですでに月間の新規会員獲得目標を50%達成しており、20%はポッドキャストに由来する。
「怖くて手が震える思い」
ゼットランドは2012年に30人強のスタッフで創業したサブスクリプションパブリッシャーで、2019年秋に損益分岐点に達したという。全収入を1万6000人の有料会員から得ており、通常の購読料は1カ月129デンマーククローネ(約2100円)。毎日、読み応えのある記事――平均気温が5度上昇した世界の様相、巨大テック企業がデンマークに巨大データセンターを建築など――を最大4本配信している。
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Facebookはその巨大なスケール、高精度のターゲティング、わかりやすいアトリビューションにより、いい月にはゼットランドに新規購読者の約1/3をもたらしてくれるという。もっとも、具体的な人数は明かされておらず、その数自体は少ないとゼットランドが述べている点は注目に値する。とはいえ今回の決断は容易なものではなかった。
「決して簡単ではなかった。それどころか、怖くて手が震える思いだった」と、同社CEOタヴ・キルトゴード氏は明かす。「我々はソーシャルメディアが象徴するものの対極に位置するが、その一方でこのビジネスには人々の注目が欠かせない。それがジレンマであり、しかもそのジレンマは簡単に解決できるものではない」。
ゼットランドも他社と同じく、新型コロナウイルス感染拡大の最中に新規会員数が急増――今月も前年同月比で70%増を記録――した。ただし、昨年から既存会員の口コミを利用したマーケティングを開始しており、それ以来成長軌道には乗り続けている。
「ボイコット運動に加担しているわけではない」
ヘイトの放置に端を発した抗議運動「ストップ・ヘイト・フォー・プロフィット(Stop Hate for Profit)」の一環として、7月から1000社を越える企業がFacebookへの出稿を停止した。その結果として多くのパブリッシャーは通常よりも低価格でFacebookによる需要創出、サブスクリプションの販促、広告キャンペーンにおけるリーチ数増という恩恵を享受している。そんななか、ゼットランドをはじめしばらく距離を置く構えを見せている少数派のパブリッシャーもいる。たとえば、ニュージーランドのニュースパブリッシャーであるスタッフ(Stuff)は7月第2週、Facebookへの記事投稿の停止を決めた。同社はその理由として、Facebookにおける信義に反する社会悪をいくつか挙げている。
「たしかに出稿を停止する勇気があるところは少ないが、私は(ほかのパブリッシャーたちに)試すべきだと強く勧めている。 2018年にデンマークのテレビ局・TVミッドヴィスト(Midtvest)がおこなった思いきった実験が、メディア企業がソーシャルメディアを非効率的に利用してしまう可能性を教えてくれた」と、メディアコンサルタントでTVミッドヴィストの元幹部ナディア・ニコライヴァ氏はいう。
もっとも、ゼットランドがいくつかの理由からほかのパブリッシャーよりもFacebookと手を切りやすいのも事実だ。規模の小さい専門性の高いパブリッシャーであり、購読者から利益を得ており、クリック数に左右される広告収入に依存していない。助けを求めれば、読者は応えてくれる。ゼットランドの動きを単純にボイコットとはいえない。「我々はボイコット運動に加担しているわけではない。そういう発言は偽善的だ」とキルトゴード氏も認める。「たとえ我々が離れても、Facebookが倒れることはない。だからそういう大それた物言いはしたくないが、賛同はできる」。そうした理由から、同社はFacebookに対しブランドがしているような具体的な要求は出していない。
そもそもゼットランドは2019年初頭以来、マーケティングチャネルとしてのFacebookへの依存度を下げたいと考えていた。ただし、Facebookとインスグラムにはいまも新規購読者の獲得と記事に関する会話の促進を狙い、自社記事へのリンクは貼っている。 ウェブ分析サービス、シミラーウェブ(SimilarWeb)の統計によれば、ゼットランドにおける他サイトからのトラフィックのうち29%近くがソーシャルメディア由来であり、その85%がFacebookとなっている。有料会員がFacebookでゼットランドの記事をシェアすれば、誰でも読むことができる。
「広告ベースのジャーナリズムは厳しくなる」
これまで、ゼットランドはマーケティング予算の98%をFacebookに費やし、顧客獲得単価(CPA)は約300デンマーククローネ(約4900円)だった。今後はその資金を使い、記事を執筆するジャーナリストの数を増やしていくという。また、ゼットランドが支援すべきだと考える小規模で草の根的な会社の情報も読者から募っている。キルトゴード氏によれば7月のコンバージョン率は通常よりも高かったが、これには既存読者に新規会員の紹介を募ったおかげもあるという。しかし、Facebookに頼れない現在、その流入経路の正確な把握はより困難になっている。
ゼットランドにしてみれば、Facebookの問題の核はプラットフォームのビジネスモデルが人々の注目を最大限集めることに頼っている点にほかならない。つまるところ、それがクリックベイトや社会の分断、ヘイトスピーチの跋扈につながっている。
たしかにFacebookはマーケティングチャネルとして代替のきかない存在だ。ただし、ほかのチャネルでもそれぞれの得意分野においてFacebookに匹敵するパフォーマンスを生むことはできる。たとえばポッドキャストはアトリビューションのわかりやすさならばFacebookと肩を並べる。
「ザック(マーク・ザッカーバーグ氏)は正しい。なんといってもFacebookはほかよりも優れたプロダクトを持っているし、我々のような企業は顧客との関係構築ができ(他社との)戦いの最前線に立つことができる。ボイコットをしている企業の多くは結局戻ることになるだろう」とキルトゴード氏は語る。「3カ月では大して変わらないだろうが、5年から10年となると話は別だ。さすがのFacebookもやり方を変えざるをえなくなるだろうし、広告ベースのジャーナリズムはますます厳しくなるだろう」。
[原文:Danish publisher Zetland is driving more new members since quitting Facebook]
LUCINDA SOUTHERN(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)