「モノからコト」への転換、つまり、サービスや商品の提供に止まらず、消費者に「顧客体験(CX)」を提供しようとする動きが活発化している。どうすれば最適なCXを実現できるのか。最新の知見や事例を紹介するイベント「CX DIVE 2018」で行われた多様なテーマのセッションから、その一部をレポートする。
優れた、あるいは新しい顧客体験は、どうすれば実現できるのか。
CXプラットフォーム「KARTE」の開発・運営を手がけるプレイドは、CXと向き合い、考えるイベント「CX DIVE 2018」を2018年9月4日に虎ノ門ヒルズフォーラムで開催。デジタルアートやフードビジネス、エンターテインメントなど11の異なるテーマで、多様なCXの取り組みや知見が紹介された。
消費者のニーズの細分化が進み、サービスや商品の差別化が困難になるなか、多くの企業が顧客満足度を高める上での課題として認識しつつあるのが、「モノからコト」への転換だ。ただサービスや商品を提供するのではなく、それらの認知や購買・利用などを通し、消費者が満足感を得られる価値や経験を、「顧客体験(CX/Customer Experience)」として提供することを目指す動きは活発になっている。
Advertisement
体験で何を成し遂げるか
CXの興味深い事例のひとつと言えるのが、森ビルとチームラボの共同事業として2018年6月にお台場にオープンしたデジタルアート美術館、「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボ ボーダレス」だろう。約1万平方メートルという巨大な施設の内部は迷路のように複雑な構造になっており、デジタルテクノロジーを駆使した数々の展示を、来場者は体感しながら楽しむことになる。
基調講演「チームラボ・ボーダレスで目指した、これからの顧客体験」に登壇した、森ビル・MORI Building DIGITAL ART MUSEUM企画運営室長の杉山央氏は同施設について、「順路も展示の説明もなく、迷って混乱してしまうような構造になっており、一見すると来場者には不便さを感じさせる場所」と話す。ともに登壇したチームラボ代表・猪子寿之氏も、「事前調査では9割以上がクレームだった」と苦笑した。
そこで、「さまよい 探索し 発見する」という施設のテーマを設定し、マインドセットによって「不便」から作品を見つけ出す「喜び」へと変換。デジタルアートを通じて身体的な経験を楽しむという、チームラボ・ボーダレスでしか提供できないCXを実現した。
では、このCXによって森ビルは何を目指すのか。まず、都市開発に携わる企業として、文化・芸術面で東京という都市の魅力を高めるという狙いがある。これは従来から森ビルが積極的に取り組んできたものだ。さらに杉山氏は、不動産デベロッパーならではの意図も挙げた。
「デジタルが発達しているからこそ、リアルな『場』を持つ不動産デベロッパーとして、あえて身体的な経験という顧客体験を提供することを大切にしたいと考えている」。デベロッパーが自らコンテンツをプロデュースし、所有するスペースを活用してくことで、賃貸契約ビジネスモデルからの脱却を図っていく狙いもある。
ビジョンのもとに体験を設計
企業として目指す方向性に合わせ、CXを設計する。これを突き詰め大きな成功を収めた事例が、Niantic(ナイアンテック)の「Ingress(イングレス)」「ポケモンGO(Pokémon GO)」だ。
いずれも拡張現実(AR)を活用したリアルワールドゲームであり、ポータルやポケモンなどの情報を現実世界に拡張することで、その場にいるすべてのユーザーが共通の体験を共有するという、独自のCXを提供している。
NianticのポケモンGOグローバルマーケティングリードである須賀健人氏は、両ゲームのCXの根底にあるのは同社が設立当初から掲げてきた、「人々を外に出す」というビジョンだったと語った。
「ゲームを通して実現したいのは、『Exploration(探検)』『Exercise(運動)』『Real-world social(現実世界での人との繋がり)』。リアルイベントもゲームをプレイしてもらうためではなく、外に出て新しい場所を知り、新しい人たちと出会ってほしいという思いで実施してきた」。
新たな施策や機能追加を行う際も、ビジョン達成に貢献できるかを重視する。目標値や評価指標も、ユーザーの歩行距離はどの程度増えたのか、「冒険し、人が繋がっていく」という価値が提供できているか、といった視点になる。
「ポケモンGOやIngressをゲームではなく、ライフスタイルのひとつにしたい。ゲームによって現実世界を魅力的にし、ゲームをしているときだけではなく、たとえゲームを開いていなくても、それまでに得た知識や人とのつながりを楽しめる。そんな顧客体験の実現を目指している」。
顧客との関係構築のための体験
商品開発からCX開発への転換は業界全体の課題だと警鐘を鳴らしたのは、飲食店向けの予約・顧客台帳サービスを提供するトレタの代表取締役・中村仁氏だ。商品開発を経営の主体としてきた外食産業だが、それにより消費者のニーズも高度化・ニッチ化。セグメントも細分化され尽くし、「もはや商品開発では差別化できず、繁盛店の店舗規模も縮小している状況」だという。
「これまでの飲食店経営のあり方が『商品の時代』だとするなら、これからは顧客との『関係の時代』。商品ではなく体験を開発しなければいけない。求められるのは新規性ではなく、顧客の共感や店舗の世界観、物語になる」。
近年の外食産業におけるCX開発の一例として中村氏が挙げたのが、日本各地の原野で一夜限りの野外レストランをオープンする「DINING OUT(ダイニングアウト)」。世界観に共感した人々だけが集まり、客単価は約10〜15万円に達する。同氏は「CXを突き詰めると、収益性が高まると言ってもいい」と語った。

過去に開催された「DNING OUT」の模様
「これからの飲食店は料理を提供する場所ではなく、コミュニティビジネスとしての側面を強めて行くのではないか。適切なCXを提供し、リピート客や常連育成を図る。顧客と価値観の共有やある種の絆のような関係性を作り、LTVを向上させる、サブスクリプション的な方向を志向すべきだろう」。
データに固執せず顧客の求めを探る
CXを提供するためには、当然、顧客が何を期待しているのか知る必要がある。これは体験に限らず、サービス・商品を販売するうえでも不可欠なものだが、これまで以上にさらに踏み込んで顧客を知らなければ、提供する体験の幅を狭めてしまう可能性があると語ったのは、LDH JAPANのCDO兼執行役員である長瀬次英氏。
「顧客が欲しているものは、そもそもはっきりしておらず、データ化しづらく見つけづらい。見つけだすための鍵となるのは、顧客と向かい合っている現場、つまり店舗やライブ会場になる。現場でしか知り得ないニュアンスや雰囲気を、デジタルを活用しながら洗い出していくしかない」。
もはや、これまで収集されてきた年齢や性別といったデータは意味をなさないかもしれない。長瀬氏は「性別や年齢データを活用しても、現場のパフォーマンスや顧客満足度向上にはつながらない」と指摘した。「極端ではあるが、データは不要とすら言えるかもしれない」。
現在、長瀬氏が身を置くのはエンターテイメント業界であり、顧客、すなわちファンが音楽を通してどのような体験を求めているのかを知ろうとする意識が特に強い。そこには、「顧客の求める体験がわかれば、ヒット曲が作れるかもしれない」という意図がある。そこで、同氏が目指しているのが、顧客の求める体験をリアルタイムで把握することだ。
「注目しているのは、顧客の表情だ。エンターテイメントにおいては特にその傾向があるが、顧客がどのようなエモーショナルな反応をした部分で対価を払ったのか、を知ることが重要になるだろう」。
Written by Shohei Wakejima