「5年後、まだこの仕事が成り立っているか自信はない」:あるソーシャルメディアエディターの告白

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ブランドやパブリッシャーにとって、ソーシャルメディアは不可欠なものになった。その一方で、ソーシャルメディアの短所が目につくことも多い。たとえば、画面越しの見えない相手対して人間は、驚くほど失礼かつ傲慢になってしまうことをソーシャルメディアは繰り返し教えてくれる。また、我々の集中力が続く時間の短さもソーシャルメディアはありありと見せつけてくれるのだ。

こういった批判の矛先が向けられるのは消費者側だけではない。ブランドやパブリッシャーのソーシャル部門のスタッフも同様である。

ソーシャルへの依存が特に高いのは、ファッション業界だ。ソーシャルを通して自分のサイトへとトラフィックを導いている。クリックの成績に応じて、定期的にコンテンツをカスタマイズしている(ページのタイトルのフォーマットに至るまで)。

消費者を病みつきにするファッション/ビューティのソーシャルフィードの裏で働くのが、ソーシャルメディアエディターだ。アウトバウンドのソーシャルコンテンツをすべて扱うのに加えて、彼らはビデオ制作、コンテンツ戦略、分析と多くの分野に携わる。

匿名のインタビューで率直な意見を語ってもらう「告白」シリーズ。今回は業界で10年の経験があり、現在人気のファッションビューティサイトに勤務するソーシャルメディアエディターに語ってもらった。

彼女の現在の役職が曖昧なことについて同氏は「いまでは22歳の新卒が担当する仕事にソーシャルメディアエディターという役職名がつけられることもあれば、メディアの経験豊富な32歳のベテランの仕事を指すこともある」と語る。また、彼女の仕事に大いに関係する問題、釣りタイトル(クリックベイト)に対する不満、そして不確実なキャリア展望についても語った。

◆ ◆ ◆

――ソーシャルメディア分野で働くことにネガティブなイメージがついていると思うか?

ソーシャルメディアで嫌われている釣りタイトルの全責任が、我々にあると認識されているようだ。もちろんFacebookページのなかには、釣りタイトルコンテンツばかりを世に出しているメディアもあるが、私たちのほとんどがメディア、ファッションやジャーナリズムといった経験をきちんともっている人材だ。ユーザーにクリックしてもらうというタスクと、釣りタイトルのようなやり方を混同しないと常に心に留めている。

クリックベイトという言葉が私は嫌いだ。というのも、クリックベイトにはちゃんと定義がある。誤解を生む、もしくは炎上を狙った非常に大げさなヘッドラインが、クリックすると実際は異なる内容のページに飛ばされるものをクリックベイトという。たとえば「テイラー・スウィフトの新しい恋人」というタイトルで、クリックの後見せるのがテイラー・スウィフトと彼女の子猫だったら、それはクリックベイトだ。でも、テイラーと彼女がデートしている男性の写真ならクリックベイトではないということ。

クリックしないとコンテンツの話の全貌を知れないからといって、それはクリックベイトとは呼ばない。クリックは、楽しいコンテンツに対しての対価として存在すると考えるべきだ。

――自分の仕事で一番難しい、もしくは一番嫌なことは?

ソーシャル業界は常に変化を起こしている。日々の仕事において、それは楽しくてワクワクするものだけれど、長期のキャリア計画を考えると怖くなる。多くのプラットフォームが利益をあげようと試行錯誤するなかで、我々は彼らの一挙手一投足に完全にコントロールを奪われてしまうから。もしもユーザーが求める体験に、ブランドやパブリッシャーが含まれなくなったら、我々の仕事もないのだ。

それが実際に起きるとは思わない(少なくとも業界全体では)。けれど、ソーシャル上でこれまでと同様の勢いで成長を保っているブランドやパブリッシャーはいない。私の立場で価値を加えることが、以前に比べてずっと難しくなっている。だが、これは人材の責任ではない。使っているツールが、かつてほど効果的ではなくなった、というのが実態であるのに、まるで自分が失敗しているかのように感じられるのはストレスだ。

5年前であれば、いま私が担当する領域は、まさにこれからリアルな仕事として確立しはじめるところだった、けれど、いまから5年後にも同様にリアルな仕事として成立しているかは、自信がない。少なくとも成長の余地がある領域ではなくなるだろう。これから5年から10年でキャリアの転換をしないといけないことは分かっている。それがどんな形になるか、いまからすでに嫌気がさしている。

――ブランドやパブリッシャーが使用しているようなテクニックのなかで、ユーザーが気付いていないような秘密の技はある?

ビジネスのソーシャルの使い方は、一般ユーザーの使い方と大きく異なる。

もちろん我々のコンテンツはFacebookに流れるわけだが、スケジュール用ダッシュボード、リンク短縮ツール、画像テンプレートといった一般人が使わないツールをたくさん使う。面白いコンテンツを見つけたからリンクを直ぐにFacebookに投稿する、というのとは大きく違っている。コンテンツはずいぶん先のものまでスケジュールしてしまう。1日に40〜50投稿は、人々が考えるよりも多い投稿数だろう。それと同時に、ニュースに反応して即座にコンテンツを作るということもしている。それがオーガニックなコンテンツとなる。

また広告ツール、有料のプロモーション、投稿フォーマットといった単純に個人は利用できないものも使っている。消費者は我々の仕事について、ほとんど何も知らない。彼らが疑ってかかることはほとんどが間違っている。ブランドや有名人をフィーチャーすると、いつも「投稿に対して費用を支払っているんだろう」といったコメントが大量につく。しかし答えはノーだ。「彼らはフィーなどの費用は受け取っていない」。

もしフィーなどの取引があるとすれば、我々はそれを明記しないといけない。そうでなければ、連邦取引委員会(FTC)の規約違反になるからだ。その一方で、ほとんどの人が我々が広告として投稿しているものに反応しておらず、反応したとしても広告だと気付かずにエンゲージしている。このことは、ユーザーたちの興味、場所、年齢、所得、既婚未婚、といった特性を使ったターゲッティングが上手く機能していることを証明している。もし彼らがこれに気付けば、多くの消費者は気持ち悪いと思うだろう。

もちろん全部匿名なわけだが、もしもあなたのフィードにキム・カーダシアン関連のコンテンツが大量に現れていたら、それはどこかの秘密結社が陰謀を企んでいるのではない。ビッグデータがそう仕向けているだけだ。

――ファッション業界でのソーシャルメディアエディターたちの功績は、十分に認められていると思うか?

ファッションビューティ業界においてソーシャルメディアエディターたちは、確実に縁の下の力持ちだ。

コンテンツが成功しなければ、我々ソーシャルエディターたちが責められる。でも成功すれば、その功績は編集者たちのものだ。また、ソーシャルエディターはプロモーションするコンテンツをどれにするかといったことに発言権がないことが多い。編集者たちのように記名されることもないので、我々が享受する特典もない。もらうギフトも少ないし、プレストリップのオファーも少ない。何かもらえたとしても、すごく良いものであることは、非常に稀だ。

だが、正直いって、それは不満ではない。私は我々の会社の編集者の給料の20〜50%ほど多く給料をもらっている。編集を離れたのもより良い給料をもらうためだ。プレストリップは懐かしいと思う。でも、自分で旅行することができるし、マンションの頭金をプレゼントしてくれる人はいないのだから。

――ソーシャルで働くことは個人でソーシャルを使うときに影響を与えているか?

正直言って、そんな時間はない。ソーシャルエディターのなかには寝ても覚めてもソーシャルべったりで、個人としても自分のソーシャルを活用している人はいる。でも、仕事のためにやっていることを、お金にもならないのにやろうとは思えない。ソーシャルエディターの多くは、そもそも舞台裏で活躍するような性格の人が多いし、多くのフォロワーを抱える編集者たちのように個人のソーシャルアカウントまで運用するなんて不可能だ。

私が知っている仲間のなかでも、ソーシャル上ですでに大きな存在感をもっているソーシャルエディターのほとんどは、フルタイムの仕事としてその技術を活用している。ソーシャルエディターが個人アカウントで影響力をもつような、逆方向に発展した形は見たことがない。

それにこの仕事をやってきて長いが、自分の写真のクオリティが良いからとか戦略が良いからといって、ソーシャル上で大きな存在感を発揮できるわけではないことは明らかだ。正直にいって、すごくスタイルが良いとか、すごくオシャレな服を着て、自分の写真をたくさん撮るとかいったことが重要になる。でも、私にとって、そうしたことは重要なことではない。

次の仕事を手に入れるために、自分のブランドを構築する必要はそれほど感じていない。パワーポイントのデッキを取り出して、アナリティクスを見せることで、ブランド構築ができることは証明できる。編集といった定量化できない仕事をしている人の方がそれは難しいと思う。だから、彼らはより自分のブランドを作るプレッシャーを感じるのだろう。私の場合は、データがあるのでショーウィンドウの飾り付けのようなものは必要ない。

――ソーシャルメディアが嫌になることはある? ソーシャルで行き詰まってしまうことは?

ほかの誰でもそうだと思うが、仕事が嫌になる日はある。けれど、一般的にはインターネットが大好きだし、人と話すことも大好きだ。それらすべてから離れたいとは、一度も思ったことはない。インターネットから自分を完全に切り離してしまうことは、あまり私にとっては意味があることではないと学んだ。私は実は、若い世代にデジタルから離れるプレッシャーを与えたり、そうしなければ不健康になったり、不幸になるといったことを伝えるのは、心配性過ぎるし、公平ではないと思う。

――オンラインのコミュニティを相手にしてきたなかで、もっとも怒りを覚えた経験、もしくはもっとも奇妙な体験はなに?

誰も読んでないと思うと、人は本当に馬鹿げたことをいう。まだ、この領域に入って新しく、ほかの人々の意見を気にしていたとき、小さいタイポを見つけたユーザーからの「君のところのソーシャルメディアエディターをクビにしろ」といったメッセージを真に受け取ることがあった。

そんなとき私は「こんにちは! 私がソーシャルメディアエディターです。もしアナタが本当に私がクビになるべきだと思うのであれば、アナタのメッセージをボスに伝えます。けれど、実家に里帰りするようなことは、本当にしたくないんです」と返信したことがあった。基本的に、誘拐されたときに被害者がするべきことを私はしていた。名前を伝えて、自分も人間であると伝え、同情心をもってもらう。

ほとんどの人々が慌てて謝ってくれた。誰もメッセージなんて読まないだろうと思って書いたと返信してくれたり、その日は特に嫌なことがあって頭に来ていたとか、あとこれは私のお気に入りだが、ロボットと話してると思っていた、という返信も受け取ったことがある。いまとなってはそれもあり得る時代となった、まだそれほど普及してはいないけれど。

いまはインターネット上のいじめやデジタルコミュニティに関する議論が多くもたれるようになった、なので逆の問題を抱えるようになった。コンテンツやコミュニティや、戦略に至るまで気にかけてくれすぎるフォロワーがメッセージを送ってくるのだ。私たちのブランドを気にかけてくれるのは嬉しいけど、とりあえず今晩は外に出て友達と飲みにでも行けば? と言いたくなる。

Jessica Schiffer (原文 / 訳:塚本 紺)
Image from Getty Images