ワシントン・ポスト(The Washington Post)のアーク(Arc)とボックス・メディア(Vox Media)のコーラス(Chorus)、ふたつのパブリッシャーで自ら制作しているパブリッシングプラットフォームの戦いが激しさを増している。両製品の背景と可能性を探る。
2019年の春にCEOとしてディス・オールド・ハウス(This Old House)に入社して間もなく、エバン・シルバーマン氏は新しいデジタルパブリッシングプラットフォーム探しに着手しはじめた。
動画中心のサブスクリプションプロダクトと、いつまでも新鮮なサービスコンテンツを収蔵する大規模ライブラリを支援可能なプロダクト、およびさまざまな広告をダイレクトかつプログラマティックに販売するセールスチームを同サイトは必要としており、ちょうど再設計の時期を迎えようとしていた。だが、シルバーマン氏は、自身の選択がとてもまれであることにすぐに気がついた。
最終的にディス・オールド・ハウスは、2018年の夏にボックス・メディア(Vox Media)が市場に出したパブリッシングプラットフォームであるコーラス(Chorus)を選択することにした。「我々のニーズは、彼らがやり取りをしている大半のニュースパブリッシャーたちとは少し違う。彼らは、我々がコーラスのプラットフォームを活かすやり方でローンチできるようなロードマップを描くことができた」と、シルバーマン氏はいう。
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アークとコーラスの戦い
シルバーマン氏の選択は、パブリッシングプラットフォームのアーク(Arc)を運営し、使用許可を与えているワシントン・ポスト(The Washington Post)とボックス・メディアとのあいだで緩やかに過熱している争いの渦中でひとつの戦いを終結させた。シルバーマン氏は両社のプロダクトを検討していた。
コーラスは、ボックスが自身のプロパティを支援するために構築してから7年が経過したプロダクトだが、正式に市場投入されてからはわずか1年ほどしか経っていない。しかし、両プラットフォームの親会社は、市場シェアを拡大するために自社製品にリソースを注ぎ続けている。この1年間でその広告ネットワークのコンサート(Concert)、コミュニティツールスイートのコーラル・プロジェクト(Coral Project)などコーラスをサポートするチームは150人に拡大し、今年の後半にはさらに50%の成長が見込まれている。
アークとコーラスの価格設定は異なっている。コーラスは、パブリッシャーがリーチを期待するオーディエンスの規模に基づいて前もって算出した価格に加え、一律のオンボーディング手数料を交渉しているのに対し、アークはユーザー数に応じた価格モデル、およびインプレッション数と処理能力に基づいた出来高モデルの両方を提示している。どちらのプロダクトも安くはない。コーラスのコストはアークと同様に、年間6桁から7桁の範囲で変動している。
パブリッシャーの台所事情
ウォールストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)によると、ボックス・メディアは2018年の収益目標に対し15%以上未達であり、ベンチャーの支援を受けている自社の黒字化推進にコーラスが貢献することを期待しているという。ボックスの広報担当者は、ウォールストリート・ジャーナルの収支報告は不正確だとしている。非公開企業のワシントン・ポストに関しては、同社がサブスクリプションによって生み出される経常収益を重視するようになるにつれて、アークの成功は新たな収入源の提供にひと役買うことになるだろう。幹部たちは、アークがワシントン・ポストにとって最終的に1億ドル(約100億円)規模の事業になると見ていると述べている。
すでに250人の従業員を誇るワシントン・ポストは、事実上、毎月アーク向けに新機能を生み出し続ける、集中的なプロダクトアップデートキャンペーンに乗り出している。5月にサブスクリプションツールを追加し、6月にゼウス(Zeus)と呼ばれる収益化プラットフォームをローンチし、そしてわずか2週間前にウェブサイトやプラットフォーム全体にライブストリーミング動画をキャプチャおよび配信するためのツール、ブロードキャスト(Broadcast)をローンチした。今月後半には、クライアントが30日足らずで新しいサイト立ち上げられるように設計された新しい一連のプロダクトであるページビルダーテーマ(PageBuilder Themes)をローンチする予定だ。
これらふたつのプラットフォームを合わせると、世界12カ国以上にわたる約10億人の月間ユニークユーザーにリーチしていることになる。しかし、アークとコーラスの争いは、パブリッシャーたちが事業を多様化し、限られた開発リソースで持続可能な収入源を見つけたいという強いプレッシャーに直面しており、激しさを増している。
「複数の技術に精通している無限のリソースを実際に保有できる贅沢ができればいいのだが……(それはかなわない)」と、2017年にアークを自社のポートフォリオへ統合することを開始したトリビューン・パブリッシング(Tribune Publishing)のチーフプロダクトオフィサー、ダニエル・ストラウス氏は語る。「しかし、自分は有効な方策を選びたい。チームがアークを当初から評価していく過程で、この一連の機能を繰り返すことに、多くのコミットメントがあることを我々は見てきている。彼らはいずれ、とてもアグレッシブになるだろう。しかし、我々は決して、彼らほどはアグレッシブにはならないだろう」。
アプローチは対極から
アークとコーラスは、現在同じ機会を追求しているが、彼らのアプローチは対極からはじまっている。何年ものあいだ、パブリッシャー仲間に対するボックスのピッチは、ボックス・メディアとNBCユニバーサル(Universal)が主導し、クオーツ(Quartz)からBuzzFeed、そしてサロン(Salon)といったパブリッシャーらに利用されているディスプレイ・マーケットプレイスのコンサートに焦点を当てていた。コンサートは2億人の月間ユニークユーザーにリーチしている。コンサートのクライアントはコーラスを利用する義務を負わず、その逆もまた然りだが、ボックス・メディアは現在、コンサートをコーラスの一部として売り込んでいる。
それとは対照的に、CMSとして始まり、ワシントン・ポストのニュース編集室およびセールスチームをサポートするためにワシントン・ポストのエンジニアたちが構築したプロダクトとして拡大したアークは、市場に投入するのに十分なほど安定して強力に成長した。アークのツール一式は互いにうまく機能し合うものの、初期の段階では実装に時間がかかった。たとえば、2017年にクライアントとしての参加が初めて発表されたトリビューンは、まだそのサイトのすべてをそこに組み入れることができていない。
「トリビューンは、無数の当社システムにまたがるテクノロジーの観点から大きな影響力をもつ知的財産を有していた。乗り越えるにはたくさんの従属関係が存在していた」と、ストラウス氏は述べた。
しかし、それらを乗り切ってしまうと、実装はもっと速く進みはじめた。過去5カ月間で、残されていたトリビューンの8大出版物のうち6つをアークに取り込んだ。残りのは2019年8月末までに取り込むことを目論んでいる。
いまのところ違う漁場
より最近では、アークチームは、顧客がもっと早くツールを追加できるよう、さらに多くのツールを構築することに取り組んでいる。広告商品を開発するワシントン・ポストのREDチームは、15以上のプロプライエタリーコマーシャルプロダクトを開発しており、そのうちのいくつかは準備が整い次第、アークやゼウスに取り入れられるだろうとワシントン・ポストのコマーシャルテクノロジーおよび開発バイスプレジデント、ジャロッド・ディッカー氏は述べた。ゼウスはパブリッシャーのサイトや広告の読み込みを高速化するラッパーおよびレンダリングツールを使い、3週間以内で実装が可能であるとディッカー氏は語る。
「パブリッシャーやブランドのもとに踏み込んで、彼らのやっていることが間違っていることを伝えるのは、多くのクライアントには受け入れられない売り込みだ。彼らをベンダー契約から解き放つことは難しい」とディッカー氏は述べた。
高次元ではこれらのツール間に類似点があるが、それらは重複しない。たとえば、コーラスにはサブスクリプションツールはないが、いずれ加わるだろう。また、アークのコミュニティ構築ツールは、コーラスが提供するツールよりも多くの制限がある。
アークとコーラスは、さまざまな種類の顧客の役に立つことができることを証明することに意欲的であり、どちらも自社の製品は、従来型の新聞や雑誌出版社からブランドにいたるまで、デジタルパブリッシングを必要とするあらゆる種類の企業に対応できると述べている。しかし、彼らはいまのところ違う漁場で顧客を捕まえることに焦点を当てているようだ。ボックスのCOO、トレイ・ブランドレット氏は、同社はいまのところデジタルメディア企業をその顧客リストに追加することに注力していくつもりだといい、アークはその顧客リストにマーケターやブランドを加えることに熱心であるように見える。進行が緩やかなプロジェクトであるが、アークの幹部は長年にわたりブランドクライアントを追加することの重要性を語ってきた。ワシントン・ポストは今年初頭に、ブランド側のクライアント追加に専念する営業担当者をはじめて雇用している。
パブリッシャーのため製品
最終的に、両者とも同じブランド側の事業を追いかけることになるが、ブランドに全面的に同意してもらうことは難しいだろう。「ブランドたちと非常に良い関係を築いていたとしても、彼らはまったく異なる人々と話をする可能性がある。彼らはまったく別の話を切り出さなくてはならなくなるだろう。CIOと話をしているとき、彼らの関心事は異なるものになるはずだ」と、ガートナー・フォー・マーケターズ(Gartner for Marketers)のVPアナリスト、クリス・ロス氏はいう。
しかし、彼らのコア顧客基盤から離れて多様化することになったとしても、ボックス・メディアとワシントン・ポストは、ブランドだけでなくメディア企業に価値を提供する製品を作り続けることができるだろうと期待している。「これは、パブリッシャーのための、パブリッシャーによって構築されたプラットフォームなのだ」と、ブランドレット氏は述べた。