2020年は新型コロナウイルス感染症の世界的大流行を背景に、テレビの視聴者はこぞって動画配信サービスに乗り換え、CTV広告費は急増した。この状況がもたらす影響について、我々はまだ何も理解していない。しかし、コロナ禍と言えどテレビのビジネスが止まるはずもなく、2021年も悩ましい話題に事欠くことはないだろう。
2020年はテレビ業界の歴史における重要な変曲点として記憶されるだろう。新型コロナウイルス感染症の世界的大流行を背景に、テレビの視聴者はこぞって動画配信サービスに乗り換え、CTV(コネクテッドTV)広告費は急増し、アップフロント市場(テレビ広告枠の先行販売)はキャンセルと柔軟性の拡大を求める声に押されて動揺した。
この状況がもたらす影響について、我々はまだ何も理解していない。しかし、コロナ禍と言えどテレビのビジネスが止まるはずもなく、2021年も悩ましい話題に事欠くことはないだろう。米DIGIDAYが5月20日と21日の2日にわたって開催した「Business of TV Forum」では、業界の著名人が一堂に会し、広告枠購入の柔軟性やCTVのターゲティング、視聴者のアイデンティティや透明性の問題など、テレビの未来を形づくる最新のトレンドについて議論した。
01:柔軟化は一時の流行ではない
業界の誰もが広告取引の柔軟化に注目している。米インタラクティブ広告協議会(IAB)のCEOとして登壇したデヴィッド・コーエン氏は、近く改定される予定のIAB規約について語った。この改定では、広告取引のキャンセルについて規定する、IABの柔軟性基準の変更がおこなわれる模様だ。コーエン氏によると、2022年のどこかの時点で詳細を発表する予定という。
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今回のフォーラムでは、IABの新規約に反映させるべき内容について、登壇者たちに聞いてみた。電通イージス・ネットワーク傘下のアンプリファイ(Amplifi)で、米国における動画投資担当エグゼクティブバイスプレジデントを務めるデイヴ・セダーバウム氏は、共通の用語と一定の基準を整備して、より公平な競争の場をつくり、広告バイヤーたちに売買の柔軟性を提供することについて語った。ほかの登壇者たちは、柔軟性について段階的に理解することの必要性を説いた。エージェンシーのRPAで戦略的投資を統括するシニアバイスプレジデント兼エグゼクティブディレクターのリサ・ハードマン氏はこう述べている。「柔軟性をそれほど必要としない顧客もいれば、大幅な柔軟性を求める顧客もいる。標準化はむしろ不要なのではないか」。
一方、買い手と売り手は、買い手には柔軟性を、売り手には最低限の予見性を保証するような、新しい枠組みをつくろうとしている。いわゆる「努力目標型」の取引形態はその一例で、買い手は最低保証金額の支払を約束するが、この金額を引き上げることにより、追加的な特典を享受できる。ただし、効果が費用を正当化できない場合や、その他の事情が発生した場合、買い手は追加支払のオプションを行使しないこともできる。
コーエン氏は、このような取引形態の長期的な実効性は、パフォーマンスと当事者間の生産的な関係にかかっていると指摘する。「努力目標というのなら、誠意を持って、目標達成に力を尽くすことが必要だ」と同氏は話す。「そうでないと、このような取引は長続きしない。誰も努力目標など信じなくなるからだ」。
あるいは、サービスの統合を通じて買い手と売り手の取引を簡素化しつつ、メディアエージェンシーやクライアントに対しては、広告費をどこでどのように使うかという予算配分の柔軟性を保証する手法も考えられる。ピュブリシスメディア(Publicis Media)でアドバンストTVおよびクライアントサクセスを担当するEVPのニコール・ワイトセル氏はこう話す。「クライアントの立場から見ると、この手法なら、データを活用しながら多様な取引をおこなうことができて、しかも、そのために25件もの契約を個別に結ぶ必要もない」。
02:クライアントもCTVに注目
サムスンTVプラス(Samsung TV Plus)で事業開発とコンテンツパートナーシップを統括するステファニー・ズロフ氏によると、コロナ禍を背景に加速したストリーミングサービスへのシフトは、定着の兆しを見せているという。当然、広告主たちもCTVへの予算配分を増やしつづけている。ズロフ氏はさらにこう話す。「TVプラスのユーザーの90%は、ほかの接続機器をテレビにつないでいない。つまり、彼らは従来のケーブルテレビを見ていない人々だ。CTV広告を購入しない限り、この人々にリーチすることはできない」。
メディアエージェンシーのスパークファウンドリ(Spark Foundry)でテクノロジーおよびアクティベーション部門を統括するバイスプレジデントのケイティ・ワトソン氏によると、CTVにおけるブランドセーフティをめぐるクライアントの懸念は大幅に緩和されているという。ビューアビリティ、安全性、効果についての懸念は残るが、具体的な問題はクライアントによって異なるようだ。マーケティングエージェンシーであるロッカード・アンド・ウェクスラー・ダイレクト(Lockard and Wechsler Direct)のディック・ウェクスラーCEOは、「クライアントにCTVの説明ができるようになれば、それは有益なことだ」と述べている。ウェクスラー氏は、CTVはダイレクトメールキャンペーンに通ずるところがあり、洗練されたマルチチャネル戦略の有効な施策のひとつだと見ている。
広告主たちも、CTVへの投資を正当化する、もっとも説得力のある根拠のひとつが、来店率やクーポンの償還率を計測できることだと理解しはじめている。医薬品・医療機器メーカーのアラガン(Allergan)でシニアマーケティングマネジャーを務めるマイルス・ダシオ氏は、「QRコードやSMSコードを用いてCTVキャンペーンにショッパビリティを組み込めば、直接的なインパクトを期待できる」と述べている。「まさしくゲームチェンジャーだ。ブランド認知の向上だけでなく、下位ファネルでの施策にも有効なのだから」。
ストリーミングサービスの視聴者は確かに増えているが、CTVのオーディエンスがテレビ視聴にまつわる従来の習慣を根本から変えてしまったわけではない。サムスンのズロフ氏は、「数年前は、誰もがオンデマンドを歓迎すると考えられていた」と指摘する。「だが実際は、オンデマンドで何が見たいのか分からないユーザーが大勢いる」。
03:プログラマティックの優位とアップフロントの位置づけ
2020年のコロナ危機を生き延びたアップフロントだが、いまから数年後の市場がどうなっているのか、そもそもアップフロント自体が存在しているのかという疑問は当然ある。IABのコーエン氏は、たとえばスポーツ大会や大規模イベントなど、希少な広告枠の取引では、今後も先行販売という手法が継続されるだろうと述べている。だが反面、「リニア放送にしろCTVにしろ、さまざまな要素が組み込まれ、自動化は現在よりもはるかに進むだろう」とも話す。長い目で見れば、プログラマティックの優位が続くのは必然だろう。
コストの上昇もアップフロント市場に影響を与えている。アンプリファイのセダーバウム氏は、コストがかかることは認めながらも、買い手を保護するための柔軟性というパラメータが導入されるなら、アップフロント市場には依然大きな魅力があると述べている。「全体的な事業目標が達成されている限り、従来のテレビ広告を購入するなら、アップフロントはもっとも費用効果の高い方法だ」。
04:ターゲティングをめぐる問題
プログラマティック広告とは異なり、テレビにはCookieの問題はない。それでも、テレビにはテレビならではのターゲティングの問題が存在する。大手テレビネットワーク各社が出資して設立した広告会社オープンAP(OpenAP)が新たに発表したオープンID識別子は、標準化に近づく一歩のようにも見えるが、課題は山積している。ホライゾンメディア(Horizon Media)でアドバンストTVおよび動画ソリューション担当のシニアバイスプレジデントを務めるサマンサ・ローズ氏は、ホライゾン独自のアイデンティティフレームワーク「ブルー(blu)」について語った。同社は現在、このフレームワークとオープンAPを含むパートナー企業との連携を進めている。
「重要な転換期に来ていることを実感している。もはや机上の空論ではなく、実質的な進捗を遂げている」と、ローズ氏は述べている。
ターゲティングミックスの最適化についても議論が続いている。モバイルとは異なり、CTVは世帯レベルのターゲティングが中心となる。今回のフォーラムでは、豊富なデータを活用することにより、CTVでは粒度の高いターゲティングが可能になるという話を多くの登壇者から聞いた。しかし、特定の視聴者に的を絞れるとしても、そうすべきとは限らない。クライアントは、ひとつの世帯で複数の人が視聴している可能性を忘れてはならないし、そこに子どもが含まれるなら、この点はよりいっそう重要だ。
ローズ氏はこう話す。「我々のブルーは、豊富で多様なデータソースを用いているため、詳細なターゲティングが設定できる。しかし当然のことながら、メディアバイイング的に正しい詳細さとのバランスを図らなければならない」。
05:透明性の追求
透明性は依然、重要な問題だ。複数の動画配信サービスを同じプラットフォーム上で取り扱う、ストリーミングアグリゲータを介して購入する場合はなおさらである。新しいウォールドガーデンの登場も、透明性の問題に影響を与えうる新たな展開だが、ローズ氏によると、そこには緊張と期待が相半ばするという。
ローズ氏は、従来のテレビネットワークから派生しストリーミングサービスは、透明性についてはそれほど大きな不安を抱く必要はないと述べている。「テレビ系列のストリーミングサービスは、人々が求める情報、クライアントや広告主やエージェンシーが求める情報について理解しているし、その情報を共有することに前向きだ。それはいつでもテレビ側で入手できる類いの情報だからだ」。
06:スキャター市場とは何か?
一般的に融通の利かないアップフロント市場において、一定のCM枠を随時に購入できるのがスキャター市場だ。アップフロントの売買は実際の放映より何カ月も先行しておこなわれ、広告主は自社のターゲット層に合う特定のCM枠を契約する。アップフロントで取引されなかったCM枠はスキャター市場で販売され、広告主は放送間際に広告枠を購入できる。通常、スキャター広告はアップフロントよりも高額で取引されるが、価格がすべてではない。ほかの広告枠購入に対するリスクヘッジとして、あるいは有利な景気や経済状況に乗じてスキャター広告を購入することもあるだろう。2020年のスキャター市場は巨額にのぼり、買い手にとっては相変わらず、柔軟性を担保する場を提供している。
07:登壇者のコメント
- 「2020年という年から学んだことがあるとすれば、すべての投資には必ずリターンがなければならないということだ」 ― デイヴ・セダーバウム氏(アンプリファイ、米国動画投資部門EVP)
セダーバウム氏は、従来的なテレビのアップフロント市場に柔軟性を持たせるという文脈で、ROIについて語った。同氏の見解は、「アップフロントは基本的には効果的な取引方法だが、そのプロセスは近代化する必要がある」というものだ。従来的なテレビの視聴者が減少の一途をたどるなか、柔軟な取引条件が実現すれば、メディアバイイングを代行するエージェンシーは、投資利益を確実に確保できるようになる。セダーバウム氏はこう説明する。「2年前におこなった投資が無駄だったとは言わない。だが、経済的に厳しい状況になれば、あらゆる活動で必ず結果を出す必要に迫られる」。コロナ危機の克服に際して、買い手にも売り手にも有用な考え方と言えるだろう。
- 「より個人的なレベルで消費者とつながるメッセージを考えなければいけない。メッセージとはクリエイティブで、イノベーティブなものだ。それは価値を提供するものであって、この分野で時折り起こる、不快な迷惑行為であってはならない」 ― ステファニー・ジェノ氏(イノヴィッド、CMO)
コンテンツ配信の観点から見ると、CTVの価値提案の中心を占めるのは、アルゴリズムによるレコメンデーションやキュレーションされたウォッチリストなどのパーソナライゼーションだ。ジェノ氏は、広告主も同様に、視聴者の心に響くメッセージを考えなければならないと述べている。一方、リーチだけに頼ったROIの追求はうまくいかない。過剰なパーソナライゼーションは「海の水を沸騰させる」ような行いで、不必要だし実現不可能だとジェノ氏は話す。他方、アドバンスト広告に対するイノヴィッド(Innovid)の投資は顕著な成果をあげているという。
- 「我々は新しい語彙を確立しなければならない。ビジネスモデルに照らして合理的な測定方法と目標を考える必要がある。最終的に重要なのはROIだ」 ― ディック・ウェクスラー氏(ロッカード・アンド・ウェクスラー・ダイレクト、CEO)
業界が直面している喫緊の課題のひとつは、広告、パフォーマンス、効果測定について議論するための用語や定義を統一することだ。ウェクスラー氏によると、従来のテレビ視聴者が崩壊し、ローカル市場では視聴率1%当たりのコストという指標が無意味と化したいまも、クライアントはまだこの指標を使いつづけているという。コミュニケーションの断絶は、誰にとってもビジネスを難しくする。広告の売り手とエージェンシーは、議論の向きを変える必要があるとウェクスラー氏は話す。時間をかけてCTVに対するクライアントの理解を深め、積極的な試行錯誤を促す必要があるという。
それでも、業界は用語や測定方法の標準化を切実に求めている。ウェクスラー氏は、「ニールセンは、長い間、我々のビジネスをとても楽にしてくれた」と述べている。「ニールセンは都合の良いスケープゴートだった。だが実際には、ニールセンは通貨であり、言語だった。ニールセンのおかげで、我々は同じ言葉を話し、コミュニケーションを図ることができた」。
08:注目すべき数字
イノヴィッドのジェノ氏によると、同社のCTV実験では、アドバンスト広告は標準的なプレロール広告よりも、はるかに高いパフォーマンスを示したという。さらにジェノ氏はこう話す。「アドバンスト広告を活用することで、エンゲージメントは309%向上し、平均34秒の追加的な広告視聴時間を獲得した。さらに、インタラクティブCTVでは、63秒の追加視聴時間を獲得している。つまり、標準的な30秒のテレビCMと比べて、視聴者はブランドとの交流に1分以上の時間を費やすことを自ら選択しているということだ」。
IAIN SHAW(翻訳:英じゅんこ、編集:分島 翔平)