ボックスメディア(Vox Media)とグループ・ナイン・メディア(Group Nine Media)の合併は、業界の事情通から好意的に見られている。複数の業界関係者によると、この両社は、リーチするオーディエンスも強みも違うが、それぞれのスキルは双方にとってメリットになるだろうと見られている。
いまは昔、ベンチャーキャピタルの資金がデジタルメディアのスタートアップへと際限なく流れ込んでいたころ、オーディエンススケールはまさに北極星、ビジネスの長期的成長を測る指標だった。
ベンチャーキャピタルが業界から姿を消し、プライベートエクイティは物陰に潜み、業界全体でプライバシー重視への方向転換が進むなか、そのオーディエンススケールがまたもや脚光を浴びはじめている。
ボックスメディア(Vox Media)とグループ・ナイン・メディア(Group Nine Media)の合併も、業界の事情通から好意的に見られている。複数の業界関係者によると、この両社は、リーチするオーディエンスも強みも違うが、それぞれのスキルは双方にとってメリットになるだろうと見られている。実際、グループ・ナインがボックスメディアにSNS配信とSNS動画について指導し、ボックスメディアは逆に、ポッドキャスト化や、長尺動画ライセンス化などのフォーマット分野でサポートするという、グループ・ナインCEOベン・レーラー氏、ボックスメディアCEOのジム・バンコフ氏の発表は、信ぴょう性が高いという。
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合併は2022年早々に行われると見られており、もしその通りであれば、両社の複合的な実力が明らかになるにはしばらく時間がかかるかもしれない。だが見方を変えれば、両社にとってそれは、満足のいく結果を見せるための時間稼ぎにもなる。
「バンコフ氏とレーラー氏は、『マーケターを巻き込んで大きな変化をもたらすには、広さと深さの両方が必要である』ことに気付いている」。こう話すのは、プロハスカ・コンサルティング(Prohaska Consulting)のCEOマット・プロハスカ氏だ。「これは90年代後半にも見られた考え方だ。だが、当時企業はトラフィックをモニタリングすることに精一杯だったが、いまはその収益化を図っている点が以前と異なる」。
両社の規模の比較
単純に2社のスタートアップが所有する資産を考えれば、今回の合併は価値あるものだといえるが、決して改革をもたらすものとはいえない。インターネット調査企業のコムスコア(Comscore)の調べによれば、2021年10月、ボックスメディアの所有するメディアにおける、デスクトップとモバイルサイトのユニークユーザー数は9100万ユーザー、グループ・ナイン・メディアに関しては4200万に達している。しかし、合併により今後両社のオーディエンスが増加する可能性はあるが、コムスコアが発表した「デジタル・マルチ・プラットフォーム・プロパティ・ランキング」で、同社は24位にとどまっており、レッド・ベンチャーズ(Red Ventures)、ハースト(Hearst)、ペンスキー・メディア・コーポレーション(Penske Media Corporation)には及んでいない。
しかし、動画を含めるとその景色は変わる。グループ・ナインは長らくプラットフォーム向けの動画コンテンツを牽引してきた。ニールセン(Nielsen)の調べによると、グループ・ナイン単独で生み出されている月間の動画ビュー数は、70億にもおよぶという。
また、両社がこれまで気付いてきたオーディエンス構築スキルを、お互いに有効活用できるという点にも可能性がある。「ボックスやグループ・ナイン、ハフポスト(HuffPost)、バイス(VICE)など、各社が競い合う技術や能力の大半は、どのオーディエンスターゲットにも広げることが可能だ」と、動画分析ツールを提供するチューブラーラボ(Tubular Labs)創業者、ロブ・ガベル氏は話す。
異なるオーディエンス
しかしながら、今回の合併以前に見られるメディアの合併や買収では、それぞれのオーディエンスに類似性があるものの(たとえば、バズフィード/コンプレックスの合併ではミレニアル世代のオーディエンスが爆増、ドットダッシュ/メレディスの合併ではインテントメディア界のモンスターが誕生)、ボックスメディアとグループ・ナイン・メディアの場合はタイプの違うオーディエンスが目立つ。ニュース(ボックス[Vox]、リコード[Recode]、ナウディス[NowThis])と飲食(スリリスト[Thrillist]、グラブストリート[Grub Street]、イーター[Eater])では重なる部分もあるが、グループ・ナインのドードー(The Dodo)とポップシュガー(Popsugar)は、ボックスメディアのポートフォリオにはないライフスタイル系の要素をもたらすことになる。
グループ・ナインのオーディエンスは女性が多く、ボックスのオーディエンスは男性が多い。オーディエンスの所得はボックスのほうが大幅に高く、コムスコアの調査によると、ボックスメディアのユニークユーザーは大半が年収10万ドル(約1100万円)以上だという。
プラスαの影響力があれば、2社の訴求力は高まるはずだ。「カバーできるオーディエンスが増えるのであれば、訴求する買い手の幅もはるかに広がる」とデジタルマーケティングのケプラー・グループ(Kepler Group)で最適化・イノベーション担当バイスプレジデントを務めるジャスティン・スー氏は話す。
違うタイプのオーディエンスを相手にするのはときとして厄介だが、今回の合併でそれを憂慮する声はほとんど聞かれなかった。「バズフィードのニュースは軽いものもあれば、知的好奇心を刺激するものもある」と話すのはメディア投資マネジメントのグループエム(GroupM)でメディアインテリジェンスのプレジデントを担うブライアン・ウィーザー氏だ。「重要なのは、品質が予測範囲内であることだ」。
決して容易いことではないだろうが、新たなオーディエンスが加われば、これまでボックスがファーストパーティデータのプラットフォーム、フォルテ(Forte)で構築してきたオーディエンスのプロファイルがさらに豊かになるのは間違いないというのが専門家らの見立てだ。「ユーザーデータを統合して、(1)『より規模の大きなユーザーグラフ』を、(2)『より規模の大きなパブリッシャーのネットワーク』で構築できれば、メリットになるだろう」とスー氏はメールで回答している。
合併後の効果
合併の効果はすぐに確認できない可能性が高い。ほとんどのパブリッシャーがもうすでに2022年の計画を立てているこの段階で、両社のプロパティを伴うビジネスを売り込むことはおそらくむずかしいだろう。
「少なくとも2022年上半期は、今回の合併の旨味を得ることはできないだろう」とマイケル・ウェルトハイム氏は話す。同氏は、メディアアドバイザーとコンサルタントとして長らく活躍し、直近ではデジタルパブリッシャーのファーザーリー(Fatherly)で最高執行責任者(COO)を担い、マネー・ドット・コム(Money.com)で事業展開チームを率いている。「ひとつの事業体としてそれなりの体裁を整えるのは一筋縄ではいかないだろう。特に最初のステップがむずかしい」。
しかし何よりも、企業をひとつにして大きくなれば、「上場する」であれ、「さらに資金を調達する」であれ、次の一手を打つための時間を稼ぐことが可能になる。
「こうした企業はもはやスタートアップではない」とウェルトハイム氏は付け加える。「起業して10年、15年経過しているのだから……今すぐではないとしても、出口戦略を模索しているはずだ」
[原文:‘Breadth and depth’: Observers see more pluses than minuses in Vox Media, Group Nine merger]
MAX WILLENS(翻訳:SI Japan、編集:村上莞)