パブリッシャー5社の売上担当幹部に米DIGIDAYが話を聞いたところ、多くの広告主が、これまでよりもはるかに高い柔軟性を持たせた契約を要求してきているという。柔軟性というのは基本的に、支払いを一時停止にする権利を持たせたり、広告出稿の確約をしないといった条件を付けたりすることだ。
ボックスメディア(Vox Media)のCRO(最高売上責任者)、ライアン・ポーリー氏は、2021年をアップフロント(広告枠の先行一括販売)の年にしたいと考えている。
デジタルネイティブパブリッシャーであるボックスメディアは昨年秋、老舗出版社のニューヨーク・メディア(New York Media)を買収して規模を拡大しており(当時の発表では、月間ユニークビジター数が1億2500万人にのぼるとされていた)、広告主に売り出せるタイトルも増えている。この買収以降、ポーリー氏は、ブランドやホールディングカンパニーとのアップフロント契約を増やしたいと模索を続けていた。
そして、その戦略はすぐに実を結ぶ。ポーリー氏の話では、2020年に獲得したブランドとの年間パートナーシップ契約数は、2019年の3倍になったという。ただし具体的な数字は明らかにされていない。
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しかも、この好調ぶりは来年も続きそうだ。「2021年に向けての商談を始めているが、ブランドが以前にも増して意欲的になっているのを感じる」と、ポーリー氏は語っている。
だが、ボックスメディアをはじめとする大手メディア企業が挑む、今年のアップフロント契約交渉は、これまでとは少々様子が変わってきそうだ。
言うことばかりを聞いていられない
パブリッシャー5社の売上担当幹部に米DIGIDAYが話を聞いたところ、多くの広告主が、これまでよりもはるかに高い柔軟性を持たせた契約を要求してきているという。柔軟性というのは基本的に、支払いを一時停止にする権利を持たせたり、広告出稿の確約をしないといった条件を付けたりすることだ。
実はこうした要求の種は、今年の3月下旬にまかれていた。当時ブランド各社は、新型コロナウイルス感染症の蔓延で発生した、資金繰り面、経営面、ブランディング面などでの数々の問題に取り組んでいた頃で、広告出稿も止まっていた。そこで多くのパブリッシャーはクライアントの事情に理解を示し、ギリギリでの出稿キャンセルや、数カ月間のキャンペーン停止などを受け入れていたのだ。また、年度初めに交わしたアップフロント契約にあった出稿の確約が、ただただ守られないというケースもあった。
しかし当時は大抵のパブリッシャーが、2020年は尋常ではない状況にある尋常ではない年であることを考慮して、クライアントの訴えに理解を示したものの、もはやそうしてクライアントの言うことばかりを聞いていられない、となっているパブリッシャーが多いのが現状だ。
パブリッシャーが広告主やエージェンシーと結ぶアップフロント契約には、人気広告枠の割引や、新規広告製品や広告パッケージへの早期アクセス、年間を通じての事細かなクライアントサービスなど、特別な特典を多数盛り込むのが通例だ。それが当然とされてきたのは、クライアントが年間数百万ドル(数億円)を支出するとパブリッシャーに約束し、その約束がこれまで守られていたからにほかならない。
だが、そうした約束が反故にされたり、拘束力が弱まったりするのであれば、パブリッシャーの手元には、大手広告主の仕事につきものの、片付けなければならない山のような問題が残されるだけになってしまう。しかも、そうした広告主の多くはすでに支払いサイトなどの条件を極限のところに設定しているのだ。
「なんでも思うようになると、広告主は味をしめてしまったのではないか」と、ある売上担当幹部は話す。
とはいえ、大型契約は減っていない
ここ数年、ブランドやエージェンシーは、パートナー数を減らして効率よく広告活動を進めようとしてきた。そのため最大手のパブリッシャーは、ブランドやエージェンシーのホールディングカンパニーと大きな契約を結びやすくなっている。それは、しばらく一緒に仕事をしてきた相手なら、なおさらだ。
「これは、ある程度の健全性を持ちながら状況に即した対応ができる唯一の方法だ」。そう語るのは、インサイダー(Insider Inc.,)のCRO、ピート・スパンデ氏だ。同氏は大手企業との大規模な契約形態を支持しているという。そして、そうした契約には通常、厳しい確定約定は盛り込まれていない。「エージェンシーから見れば、パブリッシャーとの取引は非常に複雑になってきている。年間ベースの契約を結び、何ができるかを取捨選択するのは理にかなっている」。
しかし今年のように、社会不安、公衆衛生の惨状、経済破綻、党派間の敵対で大混乱になれば、安定的広告出稿の契約を遵守するのは困難になる。多くの広告主がメディアプランニングのサイクルを半分に短縮し、パブリッシャーもブランドも年間を通じて小規模で期間の短いキャンペーンへの取り組みを余儀なくされた。それはブランドが不本意ながらも短期的アプローチに頼らざるをえなかったからだ。
ただ、そうした短期的取り組みに目を向けるしかない状況が、2021年に向けて大規模で長期的な契約を結ぼうというブランドの意欲に影響を及ぼしているかというと、今のところはそうでもなさそうだ。今回話を聞いた5人の売上担当幹部によれば、昨年特に大きな契約を結んでいたパートナー企業は、最低でも今年と同程度のアップフロント契約は検討しているという。
「200万ドル(約2億円)を超える規模の契約は揺らいでいない」と、あるCROは名前を明かさないことを条件に、現在契約交渉中の案件についてそう語ってくれた。
広告主のニーズに合わせるチャンス
ただ広告主側は、自分たちが何を必要としているかについて考え方を改めたようだ。そして、パブリッシャーはそれを広告主のニーズに合わせるチャンスと捉えている。
「広告主は短期的な計画を立てられるようにしておきたいのだが、パートナーが自分たちに必要なものをきちんと提供してくれるという確信も必要としている」と、ポーリー氏はいう。「メディア購入のプロセスを進化させなければならない。テレビやラジオ、メディア企業のニーズよりも、ブランドのニーズを軸に考えるべきだろう」。
しかし、こうした問題にありがちな話として、パブリッシャーはそこにチャンスを見出していてもいなくても、流れに乗るしかない可能性がある。
「事態が悪化したときに、パブリッシャーが焦土作戦のようなことをするのは正しいとは思えない」と、前出の幹部は語る。「パブリッシャーは何のメリットも得られない立場に置かれることになる」。
[原文:Brands are demanding more flexibility in their digital upfront negotiations with publishers]
MAX WILLENS(翻訳:半井明里/ガリレオ、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU