「 ブランデッドコンテンツ は『提灯記事』とは違う」: 日本のプロダクション現場担当者の告白

ブランデッドコンテンツという言葉に、いつも現場の担当者は振り回されている。

いまや日本のパブリッシャーにとっても重要な「業務」となっているブランデッドコンテンツ。だが、その理解がブランド・エージェンシー・パブリッシャーのあいだで明快かというと、そうでもない。「ネイティブアド」「スポンサードポスト」「記事広告」「ブランデッドコンテンツ」と、似たような意味の表現が、多数存在するからだ。

匿名を条件に業界の裏事情について赤裸々に語ってもらう「告白」シリーズ。今回は、日本の大手新聞社に由来するコンテンツプロダクションで、ブランデッドコンテンツ制作に携わる現場担当者に、それを巡る混乱に関して話を聞いた。以下、会話の詳細だ。一部編集してある。

ーーブランデッドコンテンツの制作はいつごろから手がけている?

日本でも大手パブリッシャーではブランドスタジオなどを設けているが、私が所属している会社は小規模だ。オリジナルコンテンツの発信だけでなくメディアも運営はしているが、主力はいわゆる受託案件。とはいえ、(大手新聞社由来の企業ながら)スタジオを名乗っているわけではなく、ブランデッドコンテンツ制作を看板として掲げてきたわけでもない。そんな状況にあっても、5〜6年ほど前から、いわゆるブランデッドコンテンツの依頼が増えてきた。記事広告やスポンサードポストは、もともと手がけていたし、自分自身はそれほど違和感なく関わってきた。

ーー確認しておきたいが、ブランデッドコンテンツをどう定義している?

会社がどう定義しているのかはよくわからないし、正直なところ私が教えて欲しいくらいだ。個人的にはブランディング目的であれ製品・サービス訴求であれ、オーディエンスとのコミュニケーションが生まれるコンテンツとして魅力のある広告だと考えている。本質的には広告であっても、パブリッシャーやプロダクションが蓄積してきたノウハウが生かされ、質の高いコンテンツとして成立しているブランデッドコンテンツは、国内外で数多くあると感じている。

ーーなにやら不満がありそうな言い方だが……。

別にブランド批判がしたいわけじゃない。確かに制作現場に長くいた人間は、体裁がどうであれクライアントに言われた通りのものを制作することに不満を覚えることもあるとは思う。とはいえ、それはブランドやブランデッドコンテンツの問題ではなく、単なる個人の心の持ちようだろう。不満があるとすれば、コンテンツとしての質と広告としての機能の両立についてだ。質と機能を実現するには制作側の努力だけでなく、ブランドの理解やブランデッドコンテンツを制作するうえでの確固たる指針や目的も不可欠になる。単なる広告制作では、パブリッシャーが取り組む意味がないと思う。そのことをよく理解してくれているブランドが大半ではあるが、「良質な」クライアントだけを選別するのは難しい。

ーーでは、「良質ではない」クライアントとは?

ありがちなのは、クライアントのなかでもブランデッドコンテンツがどのようなものなのか定義できておらず、結局「いつものノリ」で依頼をし、単なる広告クリエイティブ制作や記事広告(のようななにか)制作に陥ってしまうパターン。こちらから疑問を呈してみたり、アイデアを提案しても、クライアント側も明確な答えを持ち合わせていないのでゴールが見えない。あいだにエージェンシーが入るとさらにゴールが遠のいていく。当然だが、結果もクライアントが望んでいるものにならず、小さなプロジェクト単位で終了してしまった案件を、いくつも見てきた。

次によくあるのが、クライアント側の訴求したい内容が大きすぎて、コンテンツとしての質が軽視されるパターン。もちろん、クライアントとして投資した分は、訴求内容を盛り込みたいというのは理解できる。だが、製品が優れているとか素晴らしいサービスであることを、ただただ一方的に主張したいのであれば、普通に広告を作った方が手っ取り早い。こちらも根本的な問題は前者と同じ。ブランデッドコンテンツへの理解がないがゆえに起きることだと思う。

ーー制作側の問題は?

「そんな仕事はお断り」とは、誰も言えないこと。もちろん、時間やコストを言い訳に、自分が手がけているコンテンツの質を高めようとする努力が足りないことも多々あるのは認めるが。とはいえ、いくら提案しても「そういうのは、いままでやってきているから、もっと斬新な何かが欲しい」なんて言われると、「もう自分たちで好きなだけ斬新な何かをやってくれ」という気持ちにもなる。

コストと手間の問題もある。新聞社出身の幹部が「提灯記事を書くだけで済む、割のいい収入源」だと言ったこともあった。新聞や雑誌でそういう事例もあったかもしれないが、ブランデッドコンテンツにはアイデア出しから制作、内容によってはある程度の運用まで行う必要があり、ラクな商売などではない。身内ですら「提灯記事を書くだけで済む」というような意識だと、クライアントも当然そう考えてしまう。

あるコンプレックス商材の案件では、格安のフィーで相手の求める「斬新」なアイデアや企画を提案したが結局、成約しなかった。その後、別のプロダクションが見覚えのあるコンテンツを提供していたときは、おもわず笑ってしまった。

ーーこれらの問題の根幹にあるものは何か。

ブランデッドコンテンツを取り巻く我々全体の意識だろう。ブランデッドコンテンツという概念が一般化したことで、質の高いコンテンツを作る意識があまりないパブリッシャー・ブランドも増えたのでは。「我々はブランデッドコンテンツに関わっている」と言いたいだけなのではないかと感じている。陳腐な言い方だが、いいものを作るには手間もコストもかかる。そのことをブランド・パブリッシャーが膝を突き合わせて話し合い、双方が理解を深めるという当たり前のことを、いま一度やる必要があるのではないか。まあ、手間とコストの削減の観点から考えれば、そんな話し合いは無駄ということになるのだろうが。

Written by 分島翔平