2014年に「ニューヨーク・タイムズ(New York Times)」のネイティブアド制作部門であるTブランドスタジオ(T Brand Studio)がオープンした。そのコンテンツは、同メディアのニュース記事と並んでも見劣りしない、派手な記事広告であった。
しかし現在、Tブランドで制作されているコンテンツには「ニューヨーク・タイムズ」のロゴはなく、掲載場所も依頼主の企業サイトとなっていることが多い。「ニューヨーク・タイムズ」は、Tブランドスタジオをマーケティングプロダクトやサービスをすべて揃えたエージェンシーとして、機能を拡大させようとしている。同社は2020年までにデジタル収益を現在の2倍となる8億ドル(約810億円)に伸ばすという目標を掲げており、これはそれを達成するための戦略のひとつのようだ。
2014年に「ニューヨーク・タイムズ(New York Times)」のネイティブアド制作部門であるTブランドスタジオ(T Brand Studio)がオープンした。そのコンテンツは、同メディアのニュース記事と並んでも見劣りしない、派手な記事広告であった。
しかし現在、Tブランドで制作されているコンテンツには「ニューヨーク・タイムズ」のロゴはなく、掲載場所も依頼主の企業サイトとなっていることが多い。「ニューヨーク・タイムズ」は、Tブランドスタジオをマーケティングプロダクトやサービスをすべて揃えたエージェンシーとして、機能を拡大させようとしている。同社は2020年までにデジタル収益を現在の2倍となる8億ドル(約810億円)に伸ばすという目標を掲げており、これはそれを達成するための戦略のひとつのようだ。
「ニューヨーク・タイムズ」のWebサイト以外で掲載されるキャンペーンは、ますます増えてきている。フィリップス(Philips)、チャールズ・シュワブ(Charles Schwab)、ナイキ(Nike)、そしてデロイト(Deloitte)といったクライアントたちがそこには含まれる。コンテンツの所有権はクライアントが擁するというのが、Tブランドの方針だ。
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フィリップス(Philips)のコンテンツには、5人編成の小さなニュースルームのようなチームが結成され、フィリップスの電化製品に関して、継続的に長編記事コンテンツが制作された。いまではTブランドのビジネスの3分の1がエージェンシータイプの仕事となっており、残りがネイティブ広告となっている。全体で見ると、100以上のキャンペーンを制作し、2016年の「ニューヨーク・タイムズ」のデジタル広告収益の20%から30%に貢献するペースだ。
エージェンシーとなりつつある理由
広告・イノベーション部門シニア・バイス・プレジデントであるセバスチャン・トミッチ氏は、「ブランドは我々の所にネイティブ広告という視点でアプローチしてくる。だが、私たちの理解では、たとえばコールハーンのビデオを『ニューヨーク・タイムズ』のサイトから離れて別の場所に掲載したとしても、十分機能すると思っている」と語った。
長い歴史とその読者に誇りをもつ「ニューヨーク・タイムズ」が、このような場所や形にとらわれないアプローチを取っていることは、驚きかもしれない。しかし近年、マーケターたちはますます従来のパブリッシャーを迂回して、FacebookやGoogleに直接アクセスするようになってきている。パブリッシャーたちがもつオーディエンスがブランドがどれほど必要としているものなのか、疑問の声もあがっているくらいだ。
たしかに、エディトリアルとして通用するようなネイティブ広告は、スケールや収益性といった面で大成功を収めるのは難しい。そのため、「ニューヨーク・タイムズ」は自らの専門知識を活かした形で、広告主にさまざまなサービスを売れないかとエージェンシーのような仕事をしはじめたのだ。
商材も掲載場所も仰せのままに
Tブランドはこの2年半のあいだに、100人の従業員を抱えるまでに膨れ上がった。トミッチ氏はエージェンシーとしてのアプローチならば、この大規模なスタッフ編成も正当化されるという。これまでは、ファストファッションやビューティ、そして食品や洗剤といった「パッケージ商品」と呼ばれるプロダクトは、「ニューヨーク・タイムズ」のネイティブ広告の商材として扱われてこなかったが、そういったカテゴリーも今後ネイティブ広告のペイドポスト(Paid Posts)として扱われることになる。
「ニューヨーク・タイムズ」のペイドポストのクオリティは、広告主たちを感心させている。しかし、エージェンシーとパブリッシャーはまったく違ったスキルを必要とするものだ。マーケターは、エージェンシーが常にあれこれと細かに対応してくれることを期待する。また、営業スタッフは、必ずしもプロジェクトマネジャーとしてのスキルをもっているわけではない。
だが、ペイドポストのコンテンツは、いかにもマーケターが自社サイトに欲しがるような、プロモーション風な記事コンテンツにはせず、編集記事のようなペイドポストを「ニューヨーク・タイムズ」は制作してきた。見たまんまプロモーション風なコンテンツを販売するエージェンシーは、たくさん存在するからだ。
加えて、「ニューヨーク・タイムズ」は、さらなるサービスを提供している。トミッチ氏は、7人編成のオーディエンス開発チームを雇い、クライアントがエージェンシーから受け取るような継続的なレポートを提供しはじめた。ロンドン支局をオープンし、2016年後半にはアジアにもスタッフを加える計画だ。これによってグローバルにリーチできるエージェンシーを求めるクライアントにアピールする狙いだ。
あくまでハンドメイドのコンテンツで
ラグジュアリーブランドは、プロダクトを中心に置いたコンテンツを欲しがる傾向にある。そこで、Tブランドはファッションとラグジュアリーのクリエイティブディレクターとしてトレイシー・ドイル氏を雇った。ネィティブアドコンテンツを書ける人員をさらに雇うことになるだろうと、Tブランドのエディトリアルディレクターかつバイスプレジデントのアダム・アストン氏は語る。
長い、よく考えの練られたストーリーテリングは「まだまだペイドポストの根本として存在している」と、アストン氏。「それはうまくいくからね。ハンドメイドのコンテンツだから、ほかとは違う。とはいっても、そういった種類のストーリーにも、ちゃんと受け皿(商材)が存在している。広告主たちは、いつでも『自分たち側のストーリー』を語りたいと思うものだ」。
また、広告・イノベーション部門シニア・バイス・プレジデントのトミッチ氏は「ニューヨーク・タイムズは、ただ何人ものエディターを雇おうとしているわけではない。それでは、ほかと一緒になってしまう」と、素早く指摘した。
利害の衝突をいかに解決するか
Tブランドの競合でもある、コンテンツ販売店グループSJR(Group SJR)の最高戦略責任者かつパートナーのトム・ブリム氏は、メディアとエージェンシー、両方のサービスを同時に売るという仕組みは非常に「利害の衝突を生みやすい」と指摘する。クライアントにメディアのコンテンツを売るだけでなく、エージェンシーとしての役割も提供するというビジネスを、どうやってパブリッシャーが保証するのかと、同氏は疑問を投げかける。
それを受けてトミッチ氏は、「ニューヨーク・タイムズ」が「プラットフォームにとらわれない」こと、そしてコンテンツの掲載場所がどこになるのかは、クライアントと早い段階で話し合うことを説明。
「自社メディアでの掲載を促したいとは我々は思っていない。もしクライアントがクリエイティブの仕事にしか興味がないのであれば、我々はクリエイティブを提供するだけだ」。
アトランティック・メディアのケース
「ニューヨーク・タイムズ」は、この分野に切り込もうとしてきた競合パブリッシャーとも競争することになる。ネイティブ広告プラットフォーム、ポーラー(Polar)の調査によると、ネイティブ広告の81%がメディアエージェンシーによって買われているのに対し、ブランドに直接販売しているパブリッシャーは67%であるという。
この分野で先手を仕掛けたのがアトランティック・メディア(Atlantic Media)だ。4年前にアトランティック・メディア・ストラテジーズ(AMS)を設立し、ブランド向けにコンサルティングサービスの提供をはじめた。これは彼らのネイティブ広告部門であるリ:シンク(Re:think)とは別部門だ。
アトランティックのプレジデントであるボブ・カーン氏は「2つを別々に分けてもつことで、AMSはコンサルティングとしてのアプローチを徹底できる。そして、リ:シンクはネイティブ広告の制作に集中できるという価値が生まれる。それらは異なるスキルであり、異なるミッションだ」と語った。
Tブランドスタジオのさらなる強み
これまでの「ニューヨーク・タイムズ」のパフォーマンスもクライアントをひきつけている。「Tブランドスタジオが設立以来示してきた仕事のレベルと、人材の層の厚さを考慮したうえで、価格が適正に設定されていれば、Tブランドでのコンテンツ制作を検討するだろう」と語ったのは、某トップ企業のマーケターだ。このマーケターは現在、「ニューヨーク・タイムズ」と話し合いが進行中であるためオフレコでの発言となった。
トミッチ氏は、通常のエージェンシーよりも安く請求できるという点で、「ニューヨーク・タイムズ」は有利だという。マルチメディアキャンペーンの平均的なプロダクション費用は10万ドル(約1000万円)から15万ドル(約1500万円)。ポーラーの調査によると、パブリッシャーの61%はブランデッドコンテンツの制作にフリーランスを使うそうだ。しかし、「ニューヨーク・タイムズ」は多くのフルタイムのスタッフを抱えているのが大きなセールスポイントだ。さらに、ビデオとVRチームを増強しているため、それらも含めたコンテンツ制作をすべて社内で賄うことができるようになる。
それでも、「ニューヨーク・タイムズ」が手を抜くことはない。「一番手になるという点ではうまく行った。しかし、先手の有利さはすぐに消えてしまうことは、我々もよく理解している」。レガシー・パブリッシャーの革新は止まらないようだ。