インサイダー(INSIDER)は、すべての記者に対し、毎月一定のページビュー、ユニークビジター数、有料購読者数を獲得するよう義務付けている。そして、同社が有料購読者の獲得に重点を移してから、こうした責任を記者に課すシステムが、ストレスをもたらすものから混乱をもたらすものへと変わってきた。
メディア企業のニュースルームは、本質的にオーディエンス指標を測定し、会社の成長を達成する義務を負っている。どのメディア企業も、ビジネスを維持しながら、読者の求める情報を提供し続けなければならないからだ。
アクセル・シュプリンガー(Axel Springer)傘下のインサイダー(INSIDER)は、すべての記者に対し、毎月一定のページビュー、ユニークビジター数、有料購読者数を獲得するよう義務付けている。そして、同社が有料購読者の獲得に重点を移してから、こうした責任を記者に課すシステムが、ストレスをもたらすものから混乱をもたらすものへと変わってきた。
だが、従業員が組合の結成を決めたことで、一部の記者が退職してしまうほどのストレスをもたらしていたこのシステムが変わるかもしれない。
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「ニュースルームとして成長し、報道の幅や深みが増すにつれて、我々は厳格な測定システムと衝突するようになってきた」と、インサイダー・ユニオン(Insider Union)で組織委員会のメンバーを務めるレベッカ・ウンガリーノ氏は述べている。同氏は金融が専門のベテラン記者だ。
このような測定システムが編集業務にとって必要なのか、あるいは有益なのかといった点については意見が分かれている。だが、少なくともこのシステムをよく理解すること(そしてその利用方法について交渉すること)が、4月末に発表された組合の綱領の骨子だった。この組合を結成したのは、インサイダーのニュースルームに所属する米国在住のジャーナリストたちだ。
ウンガリーノ氏によれば、この組合は「『指標の廃止』を目標に掲げて戦略を立てている」わけではなく、システムに柔軟性を持たせて、従業員のストレスや混乱を軽減することに重点を置いているという。このような方針が大きな魅力となって、本稿の執筆時点で、組合加入資格を持つニュースルームのスタッフ(300人超)の83%が、報道機関の同業者組合ニューズギルド・オブ・ニューヨーク(NewsGuild of New York)への加入に応じたと同氏は付け加えた。組合は現在、給与の1.38%を組合費として徴収している。
インサイダー・ユニオンは、システムの変更案についてまだ経営陣と正式な話し合いをしていないが、「我々が望んでいるのは、有料購読者数の指標とインパクトの融合を進めることだ」と、ウンガリーノ氏はいう。「インパクトという言葉が当社のニュースルームで議論になっていることは承知しているが、(質的測定と量的測定を)融合して、それほど厳格ではない目標にすること」が第一歩だと、ウンガリーノ氏は説明した。
インサイダーは、2007年にシリコン・アレー・インサイダー(Silicon Alley Insider)として設立されて以来、測定システムを利用している。2008年にインサイダーに入社し、現在編集長を務めているニコラス・カールソン氏は、「我々はジャーナリストのパフォーマンスを定量的に測定しており、今後もそうするつもりだ」と話す。
カールソン氏が組合に参加する予定はない。また、同氏より職位が低い編集者の組合加入資格については、話し合いが始まってから交渉することになると、ウンガリーノ氏はいう。
量的な指標はトラフィックまたは有料購読者数のいずれかに関連付けられている。さらに、記事のインパクトや有用性に関する測定も行われているが、まだ正式な指標にはなっていない。各記者は、専門分野、チーム、職位、経験に応じて、毎月または四半期ごとに達成すべき目標を課せられる。インパクトと有用性の指標は、一連のガイドラインに基づいて記者が自己申告する形だ。トラフィックと有料購読者数が自動的に記録されるのに対し、インパクトと有用性は、毎年行われる目標達成度の評価の際に記者が自己申告しなければならない。

インサイダーの記者がインパクトを記載するために使用するガイダンス付き自己評価フォームの一部(インサイダーの現役記者が米DIGIDAYに提供)。
米DIGIDAYでは、匿名を条件にインサイダーの現役記者と元記者の6名を取材し、各記者の目標について詳しく話を聞いた。彼らが課せられた目標は、四半期のユニークビュー数が150万件、月間ページビュー数が500万~1000万件、月間有料購読者数が120人などさまざまだ。コムスコア(Comscore)によれば、インサイダーの月間ユニークビュー数は、2020年3月~2021年2月までの1年間で平均4400万件だった。また、ウォールストリート・ジャーナル(Thw Wall Street Journal)が1月に報じた記事によれば、インサイダーの有料購読者数は10万人超となっている。
インサイダーには500人以上の記者が在籍しているが、そのうちの135人は昨年に採用されたと、カールソン氏はいう。
記者を指標で評価するというシステムは、何よりもページビューを重視するミレニアム初期のデジタルメディア企業で一般的な慣行だった。ゴーカー(Gawker)が2012年に行った「トラフィック集め(traffic-whoring)」の実験や、パフォーマンスの高い記事を表示するダッシュボードをニュースルームに設置する取り組みなども、そうした例のひとつだ。このような取り組みが業界で見られることはほぼなくなっていたが、最近になって、一部のメディアブランドが再びこのモデルを検討し始めている。
報道によると、英国のニュースサイト「デイリー・テレグラフ(The Daily Telegraph)」は、記者の報酬を記事の人気度と連動させることを検討し始めたという。3月には、フォーチュン(Fortune)の組合が、記者に課せられた新たなトラフィックのノルマに抗議して1日間のストライキに踏み切ったと、インサイダーは報じている。
「完璧ではないが、ベストなソリューション」
カールソン氏によると、インサイダーの測定システムは長年にわたって変更が加えられ、改良が繰り返されてきたという。その結果、ページビューを測定するだけではなく、有料購読者の指標も組み込まれるようになった。
こうした変更は、会社の目標を反映させるとともに、パフォーマンスをより公平に測定する手段を提供するためのものだ。だが、標準化がほとんど行われていないため、休暇の取得が毎月の目標に与える影響や、ベテラン記者と新人記者でトラフィックや有料購読者数の目標値が同じである理由など、さまざまな点で記者を混乱させてきた。
もっとも、こうした目標はノルマではなく、目標を達成できなかった記者がすぐに解雇されるわけではないと、カールソン氏は明言している。「すべての人が、アルゴリズムではなく人間によって評価される」と、同氏は語る。目標は全体的な評価プロセスの一部であり、目標の未達成は昇進や昇格の機会を逃す一因となる可能性があるという。
したがって、編集者に気に入られるかどうかが重大事となるメディア企業もあるなかで、明確な評価基準を設けることは、ジャーナリストに昇進とキャリアを積む機会を与える公平な方法だと、同氏は付け加えた。
「完璧ではないが、現時点ではベストなソリューションだ」と、カールソン氏は評している。
ただし、休暇制度については、インサイダーに休暇取得日数の制限がないことが、独自の問題をもたらしている。カールソン氏によれば、同氏のチームは数週間前から、休暇を取った従業員にはその月の労働時間に応じて目標値を割り当てなおすという標準ルールの策定に取り組んできたという。
ただし、先月まではこのような標準的なルールはなかった。そのため、月の目標を達成するために有給休暇の前に労働時間を倍にするのはストレスに見合わないとの理由で、休暇を取るつもりはないと話す記者たちもいた。
「自身の仕事を根本的に変える変更」
昨年秋、インサイダーは購読料収入の拡大に注力するため、専門記者に与える目標をトラフィックの獲得から有料購読者向けコンテンツの制作に変更した。そのため、業界向けの報道を専門とする記者は、自分の記事で何人の読者を有料購読者に変えたかという点で評価されるようになった。一方、ビジネスニュースのデスクは、これまでどおり速報性の高い無料記事の制作に従事し、トラフィックの獲得という目標を課せられている。
しかし、この変更に伴って、記者らはファイリング戦略を急いで変更する必要に迫られた。日々報じられる速報性の高い記事ではなく、読者がお金を払ってでも読んでくれる可能性が高い、徹底取材に基づく記事の制作に時間を費やすことになったからだ。
「この変更に関して、私が相談を受けたことは一度もなかった。私の仕事を根本的に変える変更であったにもかかわらず、誰からも意見を求められなかったのだ」と、ある元記者は語っている。
また、有料購読者へのコンバージョンを測定するシステムは、ひとつの記事ページで発生したコンバージョンしかカウントしない。経営陣はインサイダーのジャーナリズムとしての価値とインパクトをさらに正確に測定する方法を検討しており、カールソン氏も現在のシステムが現状を半分しか把握できていないと認めている。「多くの広告主がGoogleに不満を持っているのは、アトリビューションの測定に問題があるからだが、有料購読者の測定も同じような問題を抱えている」と、カールソン氏は述べている。
インパクトと有用性の自己評価はこのような問題に対処するためのしくみで、記者は自分の記事がインターネット上で読まれ、リンクされ、共有されたことを自己申告する。先日、インサイダーの「インパクト指標」ガイドラインに関するメールがTwitterに流出したが、このメールは、記事がどのメディアに取り上げられたり、どのジャーナリストにリツイートされた場合に「インパクトがある」と判断するのかを説明したものだった。
Insider just sent out an email defining "impact points," which is one way beyond traffic or subscriptions the company measures a story's success. Apparently RTs from some journalists count as impact points, unless that journalist is me :( pic.twitter.com/Yx00AfP8Gz
— Max Tani (@maxwelltani) April 6, 2021
「これは、優れたジャーナリズムにはトラフィックや有料購読者を獲得する以上の意味があることを把握しようという試みだ。(トラフィックと有料購読者の獲得は)どちらも非常に価値があり、視聴者の関心の高さを表すものだが、我々はそれ以上のものがあると考えている」と、カールソン氏は語った。
「2020年版のクリックベイト」
「ニコラス(カールソン氏)のいう『何にもまして神聖なジャーナリズム』という考え方に従って、(有料購読者数の獲得という目標を課せられた)少数の記者はフルタイムでその仕事に従事し、柔軟な評価の対象とされている。だが、(トラフィックチームにとって)本当の目標は、広告ビューを販売するためにクリックされやすいコンテンツを作ることしかないように思えた」と、元記者のひとりは述べている。「収益面ではうまくいっているようで、パンデミックのあいだも会社は利益を上げていた。だが、それと引き換えに、この馬鹿げたシステムや仕事の基準がある」。
カールソン氏によれば、インサイダーのページビューは、ページがクリックされた回数ではなく、読者が記事に費やした時間と、記事を読んだり見たりしている読者のエンゲージメントレベルによって測定されるという。同社は1年ほど前にシステムを更新し、記者が自分の目標に合わせてエンゲージメントを測定できるようにした。
たとえば、50枚の画像があるスライドショーでは、画像が1枚表示されるごとに1ページビューとカウントされる。また、テキストベースの記事では、50ワード分のスクロールが1ページビューに相当すると、元記者は述べている。これはほぼその間隔でページ上に新しい広告が表示されるためで、ページビューと広告ビューを同等に扱おうとするものだ。データはすべて自動的に収集、生成され「Chartbeat(チャートビート)」という共有オーディエンスデータプラットフォームにまとめられる。
「私はジャーナリストとしての倫理観から、ビジネスと編集業務のあいだには大きな壁があるべきだという考えをいつも持っていた。だが、このモデルには壁があるように思えない」と、元記者はいう。「記者に求められているのは、記事を販売」し、キャンペーンの目標を達成することのようだったと、この元記者は語った。
また、別の元記者によれば、クリックベイト(釣りタイトル)の記事を公開したり、不正確で誤解を招くような見出しを付けたりしようと意図したことは一度もなかったが、自分の専門分野から見ればセンセーショナルに感じられるような形で記事が公開されていたという。業界に詳しい人から見ればごくありきたりな内容の記事にも、派手な見出しを付けることを編集者から奨励されることが多かったからだ。
「2010年頃のクリックベイトではなく、2020年版のクリックベイトのようだった」と、この元記者は語っている。
「ストレスが最高潮に達する」
米DIGIDAYの取材に応じた記者らによれば、自分の目標が簡単に達成できるかどうか、あるいはこのシステムが会社にとって有益だと思われるかどうかはともかく、毎週のようにこれらの指標に向けて積極的に取り組まなければいけないことが、さらなるストレスになっていたようだ。
ある元記者は、目標を達成することは比較的簡単だったと述べたうえで、「目標を高くされるので昇進したいと思わなかった」と明かしている。
また、四半期で150万アクセスという目標を課せられている現役記者は、必ずしも簡単なことではないこの目標を達成するまで、取材に時間がかかるような掘り下げた記事を書くことはできないと感じているという。記者らによれば、1週間のスケジュールは目標達成のペースに基づいて決定されるため、ほとんど1時間ごとにChartbeatをチェックして、作業計画を更新しているという。
「月の最後の週には、いつもストレスが最高潮に達する。その後いったん解放されるが、また元に戻り始める。まるでハムスターの回し車のように終わりがなかった」と別の元記者は語った。
さらに、トラフィックの目標達成期限が迫ると、自分の専門外の分野で、ニュースルームのほかのデスクとスクープ記事を争いたくなる誘惑にかられるという。
「トラフィックシステムのおかげで、記者たちは互いの仕事を奪い合わなければならなかった」と、別の元記者はいう。ただし彼らは、このシステムが記者を互いに競わせるために組織が作ったしくみだと理解していたので、互いに悪い印象を持つようなことはなかった。とはいえ、「チームの指標ではなく、個人の指標を優先するシステムでは、共同作業が行われることはほとんどなかった」という。
米DIGIDAYの取材に応じた記者らによれば、彼らはよく、専門外の分野でトラフィックの目標を課せられたビジネスニュースデスクのメンバーから、お勧めの取材源を「Slack(スラック)」で尋ねられることがあるという。だが記者らは、こうした要請を必ずしも快く思っていたわけではない。
「ビジネスニュース(の記者たち)は、その分野についてトラフィック狙いの中身の薄い記事を書いているだけなので、その分野の状況を把握しているとはとても思えなかった」と、ある元記者は振り返る。
これに対してカールソン氏は、記者らは共同で記事を執筆することを奨励されており、ひとりで記事を公開した場合に得られるページビューや有料購読者数と同じ評価を受けられるようになっていると反論した。
それでも、競争がニュースルームを支配しているように思えたと、インタビューに応じた記者らは述べている。インサイダーでは、社内の全員がユニークビジター数とページビューでランク付けされ、その最新の結果をまとめたスプレッドシートが編集チーム全体で共有されているという。
「常に比較が行われていた。自分が能力の低い人間だと思われたい人はいない」と、ある元記者は語った。
KAYLEIGH BARBER(翻訳:佐藤 卓/ガリレオ、編集:長田真)