パンデミックによる2020年の広告ビジネスの荒廃ぶりを考えれば、米・テレビのアップフロント(先行販売)市場は比較的安定していたといえる。少なくとも、表面上は。しかし、今年のアップフロント契約の根底には一貫した不安定さがある。
パンデミックによる2020年の広告ビジネスの荒廃ぶりを考えれば、米・テレビのアップフロント(先行販売)市場は比較的安定していたといえる。少なくとも、表面上は。
しかし、今年のアップフロント契約の根底には一貫した不安定さがある。顕在化するのは2021年の第1または第2四半期になるだろうが、一部の広告主は、例年よりもコミットメントから手を引く自由度が高い条件で契約を結んでいるのだ。
あるテレビネットワーク幹部の推定では、アップフロントで約束された広告費のうち確実なのは、例年なら70%のところ、今年は約50%にすぎない。
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「現時点でクライアントに2021年の第3四半期までの契約を求めるのは難しい状況だった。第4四半期のコミットメントに問題があったためだ」と、あるエージェンシー幹部はいう。
ふたつの流動化を促す動き
今年のアップフロントのテーマは「柔軟性」であり、キャンセル期間の短縮とキャンセル料の引き上げが条件の変化の主な傾向だった。さらにあとふたつ、表立ってはいないが、広告主のアップフロントへのコミットメントを流動化させる動きがあったと、エージェンシーやテレビネットワークの幹部らは語る。ひとつは、より有利なキャンセルオプションを利用するためにコミットメントを分割すること。もうひとつは、従来のアップフロント契約よりも資金の安全性が低い条件でサインすることだ。
一部の広告主やエージェンシーは、キャンセルオプションがより有利な第2四半期と第3四半期に通常よりも大きな割合の資金拠出を確約する「バックローディング」をおこなった。「(1年間のアップフロント契約期間のうち)後半により多くの資金をつぎこめば、自動的にキャンセル能力は改善する」と、先の人物とは別のエージェンシー幹部は指摘する。
第2に、アップフロント契約のうち、通常より高い割合でいわゆる「エンデバー(endeavor:努力)」モデルが採用されている。このモデルでは、広告主に1年分の広告を前倒しで購入することを求めないため、コミットメントはより流動的だ。「今回のアップフロントでは多くのエンデバーモデル契約があった。今年の広告購入で起きている大きな潮流だ」と、また別のエージェンシー幹部はいう。
エンデバーモデル契約の内容
エンデバーモデル契約でも、従来のアップフロント契約と同様、広告主は1年間に一定額の広告費を支払うことを確約する。しかし従来の契約とは異なり、広告主は資金の使い道について、あとになるまで発注をかける必要がない。
「たとえば5000万ドル(約52億円)の広告費拠出を約束したとする。最初の段階で2500万ドル(約26億円)を支払い、その後は1年間をかけて残りの2500万ドルを段階的に支払う努力をする」と、先の3人目のエージェンシー幹部は説明する。つまり広告主は、実際には2500万ドルしか先払いしていないにもかかわらず、それより大きな額の5000万ドルの割引価格で契約を結べるのだ。
広告主には残金を支払う意思があるものの、発注が遅れることで、広告主が撤退する機会が生まれる。また、より可能性の高いシナリオとして、広告主は残りの発注をかけるタイミングで、拠出額の再交渉を試みるだろうと、エージェンシー幹部はみている。
広告主が当初の契約での残金よりも広告費を抑えたい場合、割高な支払いに同意せざるを得ないかもしれないが、それでも広告主へのメリットはある。というのも、再交渉は当初の大口契約に基づく低価格を基準としておこなわれるため、再交渉で決定された割高な価格も、当初の契約の規模がより小さかった場合に支払っていたであろう価格と比べれば、まだ低い可能性があるからだ。
しかし、もちろん代償もある
しかし、エンデバーモデル契約にも代償はある。特に重要なものとして、広告主はふつう発注日時を遅らせるか、あるいはより有利なキャンセルオプション(たとえば30日間の移動キャンセル期間)のどちらかを選択しなければならない。だが、より深刻なのは、エンデバーモデル契約を悪用してコミットメントを反故にした広告主は、今年のアップフロントではペナルティを課されないにしても、来年のアップフロントに参加すればそこで代償を支払うはめになることだ。
「(エンデバーモデル契約には)見返りも代償もある。確約した広告費をすべて拠出できれば、よいパートナーシップを結べる。だが資金不足になり、再交渉に臨むとなったら、余裕をもって交渉はできない」と、3人目のエージェンシー幹部は述べた。
TIM PETERSON(翻訳:的場知之/ガリレオ、編集:長田真)