2022年の広告取引をめぐる関係者間の協議が佳境に入っている。そこで新たなトピックとして注目を集めているのが、パブリッシャーが保有・提供するファーストパーティデータだ。ChromeブラウザでのサードパーティCookieサポート終了までの猶予は少なくとも1年半あるが、メディア業界関係者はすでに動いている。
2022年の広告取引をめぐる関係者間の協議が佳境に入っている。そこで新たなトピックとして注目を集めているのが、パブリッシャーが保有・提供するファーストパーティデータだ。
GoogleによるCookieサポート終了後の対応について広告主と代理店が(自信満々とはいかないにせよ)計画を進めるなか、2021年第4四半期、パブリッシャーは来期に向けてさまざまな業務をこなしている。たとえば、代理店が用意したテンプレートにデータを入力する。セカンドパーティデータの取引に必要なデータクリーンルームや、通年のパートナー契約で使える広告識別子を検討する。自社保有データに関し、オーディエンスセグメントの定義と設定をクライアントに説明する、などだ。
ChromeブラウザでのサードパーティCookieサポート終了までの猶予は少なくとも1年半あるが、メディア業界関係者はすでに動いている。以前と比べると、契約内容は複雑になり、一部では料金の上昇もあって、業界にとっては歓迎すべき状況といえる。一方、広告の売り手と買い手の双方が、パブリッシャーが保有するオーディエンスデータの真の価値を認識しつつある。その認識は、パブリッシャーが自社保有のデータを今後の広告取引に組み入れるか、別扱いにするかの判断を左右する。また、ファーストパーティデータのエンリッチ化による活用のメリットを広告主に訴求するパブリッシャーの活動にも影響を及ぼす可能性がある。
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「我々は、きわめて重要な局面を迎えている」と、シーメディア(SHE Media)の最高執行責任者、ライアン・ネイサンソン氏はいう。「いま下そうとしている決断が、先例を示すことになるからだ」。
この1年で取引需要が逆転
業界ではいま、ファーストパーティデータをめぐる議論が広がりを見せている。「ファーストパーティデータについては数年前から、メディア業界のパートナー間の商談でしばしば取り上げられてきた」と、ユーエム(UM)のデジタル/グローバルブランド・セイフティ部門最高責任者、ジョシュア・ロウコック氏はいう。「以前と違うのは、最近、放送など従来型メディアでも、ファーストパーティデータを保有する企業が増えたことだ」。
議論は2021年現在、さらに活発ている。広告の売り手と買い手の双方でファーストパーティデータの活用が進んでいるためだ。2020年、多くのパブリッシャーがファーストパーティデータ商品の準備段階か、提供開始直後だったのに対し、2021年は、大半がデータ商品販売に参入している。一方、広告主も自前のデータを取りそろえて、パブリッシャーに提供する構えだ。
従来型メディア大手の最高収益責任者は、匿名を条件にこう語った。「(2020年当時、翌21年に向けた商談では)80対20ぐらいの割合でファーストパーティデータ取引に乗り気でない企業が大多数を占めていた。しかし2022年に向けた2021年の商談では、その割合がほぼ逆転した。そう仕向けたのはAppleとGoogleだ。ATT(アプリのトラッキング透明性)とCookieの問題が浮上する前は、ファーストパーティデータ取引の必要がなかった」。
新しいビジネスチャンス
こうした状況の変化により、数カ月前なら広告の売り手も買い手も追求しなかったようなビジネスチャンスへの道が開かれた。
テクノロジー重視のパブリッシャーとして知られるデジタルトレンズ・メディアグループ(Digital Trends Media Group:以下DTMG)は2020年、ファーストパーティデータの活用について広告主と話を進めていた時点で、データ追加が可能な、ハッシュ化されたeメールアドレスを約500万保有していた。メールアドレス数は2021年に入って5500万を超え、結果として広告主が推進するデータ関連プロジェクトへの参加が容易になったと、DTMGの戦略/データ/パートナーシップ部門でシニアバイスプレジデントをつとめるジョナソン・シェヴィッツ氏はいう。
シェヴィッツ氏は、社名は明かさなかったが、DTMGとパートナーを組むことになったある広告主の取り組みを一例に挙げた。パブリッシャーのファーストパーティデータと広告主の顧客データを照合してオーディエンスを抽出する専用ネットワーク構築のプロジェクトで、参加の条件はハッシュ化されたユーザーデータ1000万件以上を有する企業であることだった。
課題ももちろん残されている
ただし、この種のプロジェクトには複雑な側面もある。たとえば、オンライン行動にもとづくオーディエンスセグメント定義の標準的な方法が存在しない。「ブランド各社の関心が高いのはオーディエンスセグメントの抽出方法で、それこそ、パートナー企業が切望しているものだ」と、シーメディアのメディアソリューション部門シニアバイスプレジデント、ケイト・カラブリーズ氏は述べている。
また、数百万人分にのぼる匿名ユーザーの情報を含むデータベースの照合と同期に使われる技術も標準化されていない。データクリーンルームによる処理では、パブリッシャーとパートナー候補の採用技術が異なる場合、ギャップを埋めるのに多大なコストがかかる。
DTMGは今後の展開に備え、データクリーンルーム技術のパートナー企業を1社から3社に増やす決定をしたが、そのため2022年には数百万ドル規模の支出が必要になる。「当社はレコード件数にして5000万を超える膨大なデータを保有しており、関連コストは大きい」とシェヴィッツ氏はいう。「大口のデータ取引でも、コストがかさめば利益率に響く」。
しかし、作業負荷が増えたとしても、質の高いオーディエンスセグメントデータが得られるなら、取り組む価値はありそうだ。シェヴィッツ氏によれば、ファーストパーティデータ加工処理によりDMTGのCPM(インプレッション単価)は50%から100%上昇するという。「CPMの改善がみられたため、いまのところコスト増については納得している」と、氏はつけ加えた。
開かれた世界のその先は?
取り組みの成果が現れてくると、広告の買い手と売り手は、どのパブリッシャーのデータや方法が最適か見きわめようとするはずだ。パブリッシャーとしては、詳細なオーディエンスデータを提供した結果、追加費用が発生したとみなされるより、ひと手間かけた仕事をしたと評価されることを望むだろう。特定のオーディエンスセグメント向けターゲティング広告は、クリエイティブ制作時に多くの工数がかかり、そのコストが料金に上乗せされる。すべてのクライアントが割増料金を喜んで支払うかどうかは疑問だ。質にこだわらない広告主のなかには、制作が容易な広告に流れる企業も出てくる可能性がある。
「我々が(ソーシャルメディア広告の経験を通じて)学んだのは、特定セグメントを対象とする広告が打てるからといって、効果的なメッセージを盛り込んだクリエイティブを用意できるとはかぎらないということだ」と、匿名を条件に取材に応じたメディア代理店大手の経営幹部は指摘する。「クリエイティブの観点からいえば、我々はソーシャルメディアを最大限に活用できていなかった」。
MAX WILLENS(翻訳:SI Japan、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU