コロナウイルスによる規制が徐々に緩和されるなか、パブリッシャー業界でもオフィスへの復帰が検討されはじめている。そんななか料理動画や写真撮影のためのキッチンスタジオを所有する料理系パブリッシャーも、コンテンツ制作に向けて動き始めている。
コロナウイルスによる規制が徐々に緩和されるなか、パブリッシャー業界でもオフィスへの復帰が検討されはじめている。そんななか料理動画や写真撮影のためのキッチンスタジオを所有する料理系パブリッシャーも、コンテンツ制作に向けて動き始めている。
6月の時点ですでにテイストメイド(Tastemade)、TMBブランドのテイストオブホーム(Taste of Home)、アメリカズ・テスト・キッチン(America’s Test Kitchen)、BuzzFeedのテイスティ(Tasty)、メレディス(Meredith)のイーティング・ウェル(Eating Well)といったブランドが、3月から使われていなかったキッチンスタジオにスタッフを入れて活動を部分的に再開している。
- アメリカズ・テスト・キッチンは7月6日、ボストンの5100平米のスタジオの利用を再開した。社員数は200名の同社だが、最高クリエイティブ責任者のジャック・ビショップ氏によると一度にスタジオを利用できるのは20名以下と定めているという。
- またイーティングウェルの編集長ジェシー・プライス氏によれば、同社はバーモント州シェルバーンに位置するキッチンスタジオで7月27日から、10から20%の規模で利用を再開したとのことだ。
- テイストメイドでは、カリフォルニア州サンタモニカのスタジオを6月12日から最大14人規模で再始動している。またコンテンツ制作責任者のアマンダ・ダメロン氏によると、3月以降サンパウロ、ブエノスアイレス、東京、ロンドンではリモート制作を行っていたが、現在はスタジオ制作を再開しているとのことだ。
- テイスト・オブ・ホームの最高コンテンツ責任者ジーン・シンダー氏によると、ウィスコンシン州ミルウォーキーの同社のキッチンスタジオでは6月から定員の半分で利用を再開し、7月7日には20名規模にまで拡大している。
- テイスティの広報担当によると、ロサンゼルス、ロンドン、トロント、シドニーの同社のキッチンスタジオでは、現在12名規模で活動を再開しているとのことだ。
とはいえ、各社はそのまま利用を再開しているわけではない。米DIGIDAYが上記パブリッシャーのキッチンスタジオディレクターにインタビューを行ったところ、各社とも接触を減らすためのスケジューリングやチーム分け、場所分け、利用者数など、共有スペースの利用方法についてさまざまな工夫を試みていることが明らかになった。
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ソーシャルディスタンスでの活動再開
テイスト・オブ・ホームのシドナー氏によれば、同社は当初キッチンスタジオのスタッフを2チームに分ける「チームモデル」を採用していた。2チームが隔週で交互に利用する体制だ。
「こうすることでスタッフ皆が安全に、感染者を出さずに業務を行えるような安全対策や手順を実施できている」とシドナー氏は語る。
7月7日には約20名のチームが2つのキッチンスタジオに分かれて、同時にスタジオ入りする現行の「ゾーンシステム」が始まった。
これは動画撮影やキッチンスタジオのスタッフ4名から6名をそれぞれ「ゾーン1」と「ゾーン2」に配置するやり方で、それを8名または9名のマネージャーと準備担当スタッフがサポートする。
テイスティも似たようなモデルで進めており、プロデューサーや料理アシスタント、カメラアシスタント3名以下が撮影を担当する。さらに料理責任者やキッチンマネージャー、キッチンポーター、制作マネージャーといった役割を複数名が兼任しつつ、最大3セットの撮影を一度に行う。とはいえ大半の制作、撮影、編集、公開はいまだリモート業務で行われているようだ。
アメリカズ・テスト・キッチンでは20名のスタッフの半分が週4日(月曜から木曜までとサマーフライデー)スタジオ入りし、続く10日間は在宅勤務を行うあいだ、残りの半分のスタッフが1週間スタジオ入りするという「4-10」方式をとっている。
同社がキッチンスタジオの利用再開に踏み切った最大の理由は、リモートワークでの写真撮影ではカメラマンが下ごしらえをしてくれる料理人やキッチンアシスタントのサポートを受けられないという点だ。料理から後片付けまですべてをひとりで担当しなければならず、1日に1、2レシピ程度しか撮影できない状態に陥っていたという。同社はスタジオに復帰したことで、1日あたり6から8レシピという以前のペースで撮影を進められるようになっている。
イーティングウェルのプライス氏は、キッチンスタジオでの撮影再開に踏み切った理由はレシピのテストを合理化するためだったと語る。3月以降、同氏のチームはすべての料理を在宅で行い、会議も動画チャットで行っていたため非常に時間がかかっていたという。
現在はシェフに個別のキッチンスタジオが割り当てられており、1日あたり5から10のレシピをすべて制作できるようになっている。調理が終わるとサンプルの料理をスタッフが回収し、マスクを外して安全に試食できる隔離されたオフィスで試食を行う。プライス氏はこれにより生産性が向上し、必要なペースで制作が進んでいると語る。
毎日のチェックと予防対策
各社で共通しているのは、キッチンスタジオのスタッフに対して丹念な消毒と手指清掃、朝の健康状態チェックを義務づけるといった対策を行っている点だ。
テイスト・オブ・ホームもアメリカズ・テスト・キッチンも、現在建物の出入り口をそれぞれひとつに限定することで、人の流れを一方向に保っている。さらにビショップ氏によれば、毎朝スタッフのスタジオ入りの時間を5分単位で指定しているという。
またテイスト・オブ・ホーム、アメリカズ・テスト・キッチン、テイスティ、イーティングウェル、テイストメイドでは、スタッフが毎朝スタジオ入りする前に健康チェックをオンラインで提出することを義務付けている。チェックではCOVID-19の感染者と接触したか、症状があるか、過去14日の渡航歴があるかといった質問が設けられ、体温測定の結果も記載することになっている。
ダメロン氏によると、テイストメイドではさらに最初の撮影の10日前およびその後も毎月、FDA(アメリカ食品医薬品局)承認のCOVID-19テストを行い陰性であることを示すよう求めているという。大規模な撮影ではさらにテストの頻度は増える。
一時的なワークスペースとして一人ひとりに割り当てられたオフィスや会議室を除き、基本的にパブリッシャーの各オフィスではマスクの着用が義務付けられている。ただしテイスティの広報担当によれば、撮影中のスタジオでは全員のマスク着用が義務だが、カメラに映っているホストだけはマスクを付けなくても良い決まりになっているとのことだ。
制作スケジュールは伸び予算も増加
大半のパブリッシャーは、こういった新しい働き方のために追加予算を組んでいる。テイストメイドのダメロン氏は、スタジオ撮影の予算は安全対策のために15から20%増える見込みだという。さらにソーシャルディスタンスのため、それ以外の場所での撮影はさらに高コストになる場合もある。
制作のための商品の値段以上に、撮影時間の伸びが制作予算の増加につながっている。ダメロン氏は、撮影時間が最大50%長引くようになっていると明かし、次のように語った。
「スケジューリングでもかならず衛生対策のため十分な時間を設けている。また少人数で大規模な制作を行うための方法を模索しており、間違いなく新しい働き方といえるだろう」。
在宅のほうが上手くいく場合もある
キッチンスタジオは施設としても部分的な利用となっており、制作チームも縮小されているなかで、撮影現場の雰囲気も大きく異なっている。
そのため、アメリカズ・テスト・キッチンの第21シーズンは在宅で撮影を行っている。カメラ3台を使った撮影、音や照明の制御すべてを1人のカメラマンが担当しているのだ。
「200平米の誰もいないセットでひとり物寂しく料理をしている光景を映すよりは、自宅で行ったほうが良い」とビショップ氏は語る。
だが同氏によれば、スタジオでは1シーズン26話の撮影に通常3週間かかるところが自宅では10週間かかるという。それに加えてコロナ禍により同番組の制作は4月6日から7月まで中断していた。
コンデナスト(Condé Nast)の広報担当によれば、同社の大人気料理番組「ボナペティ」は制作を3カ月中断していたが、9月からホストの自宅で制作を再開するという。また現時点では、少なくともパンデミック前と同じ規模では同社のワン・ワールドトレードセンターのオフィスに戻る予定はないという。
同社はロックダウンが始まった頃にいくつかの動画をリモートで制作していた。だが6月に上層部によるボナペティの有色人種スタッフに対する扱いがスキャンダルになったことで制作は中断している。
ハースト(Hearst)のブランド、デリッシュ(Delish)の編集長ジョアンナ・サルツ氏もキッチンスタジオに戻る予定はないと述べている。同氏はスタジオであれば自宅にないような道具や調理器具が豊富に使えるが、3名以上のスタッフで撮影するのは難しかったと語る。だがリモートにすることで、1日あたり6から8名が自宅のキッチンから撮影できるようになったという。
さらにキッチンスタジオの設備を利用できないことが逆に、オーディエンスも自宅で簡単に作れるようなレシピの考案に役立っている。
「食後に山ほど積み上がった食器や道具を片付けるのは誰だって嫌だろう」と、サルツ氏は語る。
それでも、以前のような規模とスタッフ数でスタジオキッチンを再び利用できるようになれば、その利便性と魅力は疑いようもないはずだ。
KAYLEIGH BARBER(翻訳:SI Japan、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU