パンデミックの影響が容赦なく長続きするなかで、サブスクモデルを採用するパブリッシャーは絶えず不安に晒されてきた。しかし、パブリッシャーによって状況は異なるものの、コロナ禍においてもデジタルにおけるサブスクリプションモデルには「耐久性」があることを示す証拠が集まっているのだ。その事例をいくつかまとめた。
パンデミックの影響が容赦なく長続きするなかで、サブスクライバーたちの行動や市場ダイナミクスに対する警戒感はパブリッシャーを絶えず不安にさせてきた。
しかし、時間がたち信頼できるデータが集まることで、これらの不安のうちいくつかの要素は緩和されつつある。パブリッシャーによって状況は異なるものの、コロナ禍においてもデジタルにおけるサブスクリプションモデルの耐久性を示す証拠が集まっている。
リサーチやパブリッシャー自身のデータを見ると、ここ6カ月においてサブスクリプション数は健全に増加を見せたことがわかるが、ピーク値は横ばいだ。多くのパブリッシャーは3月以前と比べると大きな成長をいまだに見せている。懸念のいくつかがどのように軽減されたか、以下に一部をまとめた。
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ボリュームと収益の隔たり
ニュースに対する関心が高まり、読者が料金をより支払う意識を高めていることを契機と捉えて、パブリッシャーたちは特別価格のトライアルを売り出した。これによって顧客生涯価値が下げられた。お金に困った読者にアカウントの一時停止のオプションを提供したパブリッシャーもある。これは読者との関係性という点ではいいが、直近の収益に関しては問題を生む。
デロイト(Deloitte)とオンラインパブリッシャー協会(Association of Online Publishers)の調査によると、英国デジタルパブリッシャーのサブスクリプション収益は2020年の最初の3カ月で19.3%増加している。協会のメンバーであるテレグラフ(The Telegraph)は、プリント版とデジタル版双方のサブスクライバー51万1837人を合算した8月のユーザーひとりあたりのサブスクリプション平均収益は197.06ポンド(約2万7000円)だった。
テレグラフの平均収益はここ数カ月197ポンドから200ポンド(約2万7000〜2万7500円)のあいだで低迷しているが、傾向としてはよい方向をみせている。2019年12月、プリント版とデジタル版の合計サブスクライバー数は42万3311人で、平均収益は194ポンド(約2万6700円)であった。ざっくりと言えば、収益を減らすことなくサブスクライバー数を増やしているわけだ。
テレグラフによると、サブスクライバーの増加はエディトリアルニュースレターの発行によるものだという。
有料コンテンツへの需要はいまだに高い
多くの業界人が抱えるもうひとつの不安は、次から次へと変化を見せるニュースの流れに追いつくことが重要なサブスクライバーたちが、ニュースを生み出している「危機」が収まったときにサブスクリプションへの興味を失うのではないかというものだ(残念ながら危機は収まる様子を見せていないのだが)。
サブスクリプションモデルにパブリッシャーたちと取り組むピアノ(Piano)によると、300のパブリッシャーからなるデータベースにおいて、オーディエンスが有料オファーを目にする割合の中央値が4月の6%から8月の14%に増加したことがわかっている。
「これはオーディエンスのエンゲージメントが高まったことに牽引された。人々の訪問数が増えたことで見るページ数が増え、それによってペイウォールにぶつかる頻度が高くなったのだ」とピアノの戦略部門シニアバイスプレジデントであるマイケル・シルバーマン氏は言う。「ユーザーの需要と緊迫した状況に応えながら、減少する広告収益を代替する」ため「より積極的にサブスクリプションを宣伝するパブリッシャーの戦略」が、この現象をさらに加速させたというわけだ。
通常であれば、ペイウォールにぶつかる頻度が上がればコンバージョン率が下がる。サブスクリプションには関心のないユーザーにも売り込みをする頻度が高くなるからだ。しかし、今回のケースではコンバージョン率は低下しておらず、有料コンテンツに対する需要が高いままだ。
一度限りの参加なのか
特別価格で参加した読者たちは、無料トライアルなどが終わったあとにサッと消えてしまうのではないか、という不安もある。
さまざまな分野にサブスクリプションテクノロジーを販売するビジネスを運営するズオラ(Zuora)は先日、500社のクライアントを対象とした 「サブスクリプション・エコノミー・インデックス(Subscription Economy Index)」 を発表し、このパンデミックによってパブリッシャーの解約率が上昇したわけではないことを明らかにした。第2四半期における年間解約率は26.2%となっており、これは全分野における平均解約率の25.7%とも矛盾していない。特に低い解約率を見せたパブリッシャーは月単位ではなく年単位の長期な契約を提供しているところだ。
「人々はこの増加が一度限りのものか心配している」とデータマーケティング支援企業、スターリング・ウッズ・グループ(The Sterling Woods Group)のCEOであるロブ・リスタグノ氏は言う。「サブスクリプション疲れやキャンセルカルチャー(企業や著名人の過去の言動を過度に問題視し、ボイコットする行為。米国ではパブリッシャーの人種問題に対する姿勢がたびたび批判の対象となっている)についての話を絶え間なく耳にするが、パブリッシャーたちは既存のオーディエンスを維持することに成功している」。
サブスクリプションモデルにパブリッシャーたちが長く取り組めば取り組むほど、サブスクライバーたちが何を求め、それをどのように提供できるかについて理解が深まる。時間が経つにつれて、それはさらに深化することになる。
過去1年で30万人の新しいサブスクライバーを獲得したアトランティック(The Atlantic)のようなパブリッシャーは、ここ数カ月で突然登録をした読者たちをCovidグループとして分類し、彼らの購読習慣を確立するため通常よりも綿密にトラッキングしている。ニュースレターへの登録や、メディア、ライターたちをSNSでフォローしているか、などが肯定的な兆候とみなされる。1カ月に3度のサイト訪問があれば、習慣が途切れることをさけられる。また、この1年間においてエコノミスト(The Economist)は、エンゲージメントとリテンションの相関関係に基づいた独自の指標である「エンゲージメントが高い」サブスクライバー数が21%増加している。
ここ最近、読者を維持するための手法として勢いを増しているのがブルームバーグ・メディア(Bloomberg Media)やアスレチック(Athletic)によるバンドルサービスや、ワシントン・ポスト(The Washington Post)とフィナンシャル・タイムズ(Financial Times)のデュアルオファーなどだ。業界で確立したブランドの2社が抱き合わせ販売をすることでサブスクライバー数を伸ばしている。
将来的な共食いの危険性
とあるパブリッシャーの幹部は8月、発行する雑誌のサブスクライバー数が60%も増加し、6カ月間にデジタルサブスクリプションがもたらした何百万ドルといった収益に勇気づけられた。しかし同時に、このエグゼクティブは2021年にこのことがプリント版の収益との共食いを起こしてしまう可能性を予期している。
この状況はパブリッシャーにとって、コロナウイルス以前に始まった認識の転換を必要とする。ズオラのサブスクライブ戦略グループ(Subscribed Strategy Group)グローバルバイスプレジデントであるエイミー・コナリー氏によると「(所有することが前提の)オーナーシップを中心としたビジネスモデルを持つ企業は、その蛇口をひねって開いてしまうことを恐れている」と表現する。彼らは「(サービスやコンテンツを利用はするが所有はしない)ユーザーシップモデルが自分たちのビジネスを破壊してしまうのではないか」と恐れているのだ。
コロナ以前におこなわれたズオラと調査会社ハリス・ポール(Harris Poll)の共同レポートによると、この行動の変化はすでに始まっていた。このレポートによると、世界規模で74%の人々が、将来的に物理的なものを所有する度合いが下り、サービスにサブスクライブする度合いが高まると考えていることがわかった。そして70%の人々がサブスクリプションはメンテナンスや部屋の散らかり、経年による価値の減少といった物品の所有からくる負担から自分たちを自由にしてくれると回答した。
こうした価値観を持つ新しいサブスクライバーたちは「新しい人」であり、新しい市場のチャンスを示している。また、デジタルサブクライバーとの関係はニューススタンドで新聞や雑誌を購入する「消費者」との関係に比べ長続きする。「レガシーパブリッシャーにとっては、若いオーディエンスにおけるデジタルとプリントの好む割合が5対1となっている事実が、サブスクリプションビジネス構築の重要性をさらに強調する」とジャーナリズムスクールであるポインター学院(Poynter)のメディアビジネスアナリスト、リック・エドマンズ氏は指摘している。
「メディアや出版業界がサブスクリプションモデルについて考えることに駆り立てられる大きな要因は、広告収益の衰退だ」とコナリー氏は言う。「経済危機の時代においては、サブスクリプションのビジネスが加速する。特に逆境においては非常に魅力的なモデルだ」。
LUCINDA SOUTHERN(翻訳:塚本 紺、編集:分島 翔平)
Illustration by IVY LIU